長篇
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
意地でも試合を続けようとするリョーマを呼びつけた竜崎は、急場の止血を施して彼を送り出す。しかし、ラケットを渡そうとした桃城の前には大石が入り、諭そうとしているのか真剣な眼差しを向けた。双方が譲らない中、桃城の手からラケットを取った手塚が「10分で決着をつけろ」とタイムリミットを設けた。部長に決断されてはもう認めるしかない。大石はこれ以上無茶はしないようにとして続行を認めた。
コートへ向かうリョーマをただただ見つめることしか出来ずにいたあかりに気付きリョーマは振り返ると、「なんでアンタが泣きそうな顔してるの」と笑った。指摘されて初めて自分がそんな顔をしているのだと気付いたあかりは、桜乃には大丈夫と言っておきながら、怪我をした本人に気遣われる有り様に不甲斐なさを感じ、熱くなる目頭をぐっとこらえて微笑み返し「泣いてない!」と言った。くすりと口元に笑みを浮かべたリョーマは試合に戻ると加減など不要だとでも言うように、怪我の前より格段にスピードの上がったサーブを繰り出した。
上下の回転を交互に打ち相手の筋肉を一時的に麻痺させる「スポット」という技術に二刀流で対抗し、更に手段として外せない回転の一つトップスピンを封じて伊武の戦術を攻略したリョーマ。なんと反撃の勢いのまま駈け上がるようにして、時間制限を守った上で勝利を手中に収めてしまった。
これにより青学は3勝を先取し地区予選優勝が決まった。
*****
互いに健闘を讃え合い部員達からの祝福や労いの言葉が交わされた後、手塚からの挨拶があってからその日は解散となった。
波乱の展開となりながらも掴んだ優勝を噛み締めつつあかりが帰り支度をしていると、更衣室へと向かう選手達の中から捕まったらしいリョーマを連れた竜崎に呼び止められた。そして病院に向かうから後部座席でリョーマを見張ってくれと冗談めかして頼まれ、あかりも同行することとなった。
「別に逃げないし」
治療を終えたリョーマは、竜崎の言葉通りにがっちりと自分を捉え続けるあかりの視線に溜め息を吐きながらそう言った。
「怪我、そんなに長引かないみたいで良かった。血が沢山出てたから」
「聞いてないし……」
「桜乃ちゃんもすごく心配してたんだよ?」
「えっ、伊吹先輩!?」
「へー。そりゃ、どうも」
頭部だったことから出血こそ多かったが適切な治療を済ませ、医師の診断から思っていたより完治が早いことが分かり一同が安堵していると、車は見慣れない店の前で停まってリョーマとあかりはその場で降ろされた。
それは趣のある寿司屋前で当然あかりには縁がないものだった。隣に立つリョーマは知っているのだろうかと見やると、「どこっスか」なんて言っていて知らない店のようだった。「いいから覗いて見ろ」と竜崎に言われ引き戸を開けたリョーマだったが、あかりが中の様子を確認しようと覗き込むより早く閉められてしまった。何を見たのか聞こうとすればそれより早く戸が開いて、中からの手にリョーマは攫われてしまった。よく見るとその手の主は河村で「さあ、伊吹さんも入って」と促された。あかりは一度振り返り送ってくれた竜崎にお辞儀をし、桜乃に手を振ってから店内に入った。
店内にはレギュラーメンバーと乾が勢揃いしていて、入るや否や湯飲みを持たされ乾杯の声が上がった。聞けばここは河村の実家で父はこの寿司屋の大将とのことだった。
「伊吹さん、いいよ、そんなに働かなくてっ」
「ああ、駄目ですよ!河村先輩は手首を痛めてるんですから!」
少しお寿司を頂いてからはすっかり給仕に勤しみだすあかりを客人だからと河村は止めるが、怪我人だからと返されては大人しくなるしかなかった。
騒がしいくらい賑やかにお寿司を楽しむ面々の部活で見る時とは違う様子があかりには可愛く見えて店内の空気を楽しんでいると、河村の父が手塚を顧問の先生だと勘違いするシーンを目撃してしまった。手塚はさして気に留めていないようだったが大将が顔を引きつらせたものだから、空気を変えようとあかりは手塚の湯飲みに茶を足しに向かった。
「手塚部長、お茶のおかわり注いでいいですか?」
「ああ、頼む」
真っ直ぐこちらを見て返事をしてくれる手塚はいつも通りなのだけど、確かに彼の容姿や居住まいは貫禄のあるもので、これは先生だと間違われても無理がないかもとあかりも心の中で同意した。
「なあ、伊吹さん。寿司屋の女将になってみる気はないかい?」
「女将さん、ですか?」
「な、なに言ってるんだよ親父!」
テキパキと店内を動いて回るあかりを見て大将がそんなことを言い出し、河村は一気に頬を紅潮させた。他の面々もその会話が聞こえていたのか、あかりが何と返すのかを待って黙った。そんな周りの視線を受けているとも知らず、女将の自分を想像でもしているのかあかりは目を閉じ考える様子を見せ、そして口を開く。
「お寿司屋さんの女将さんなんて素敵ですねー。それに、こんなに美味しいお寿司が毎日……」
「食べられるわけないでしょ」
「あはは、やっぱりそう?」
うっとりとしながら美味しいお寿司に想いを馳せるあかりに呆れたと口を挟むリョーマ。そして店内は笑い声に包まれて、河村はもう一度「変なこと言うなよ」と父である大将に釘を刺した。
途中、学校への報告もあり手塚と大石が店を出ようとしたのであかりも席を立とうとすると、リョーマの怪我のこともあるから一緒に帰ってやってくれと断られたのであかりはその場に残った。
*****
遠慮も無しに食べ、その後は散々ゲームなどを楽しんで帰る頃には日が殆ど沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
「あー、楽しかったし美味しかったねリョーマくん!」
「アンタは殆ど店員だったけどね」
「それも楽しかった!」
薄暗い住宅街をリョーマの歩調に合わせピッタリと並んで歩くあかり。
「……ねえ、気ぃ使うの下手過ぎでしょ?」
「な、何のことかなっ?」
突然足を止めたリョーマに遅れてあかりが立ち止まると、ほんの少しあかりより背の低いリョーマがこちらを見上げていた。
「さっきからずっと左側歩いてる」
「そ、そうかな?」
「俺、何度か入れ替わろうとしたけど、させなかったでしょ」
「それは、偶然じゃないかな?」
確かにあかりは怪我をして眼帯を着けた左目の視界を補おうとリョーマの左側に立つことを意識していたが、こんなにすぐに本人に気取られるなんてとあからさまに目線を外す。こちらを見ずに忙しなく瞬きをするという古典的なあかりの反応にリョーマは小さく噴き出すと「いや、別に嫌とか迷惑とかじゃないんだけど」と言った。嫌な気分にさせていたわけでは無かったと分かり安心したあかりが、今度は分かり易いくらい目線を合わせてきたものだからリョーマはまた笑ってしまう。
「……もう、何がそんなにおかしいの」
「おかしくない。でも、俺としては見えない左隣に立たれるより、見える方に立ってくれた方がなんか良いから」
「それだけ」と言ってスタスタと歩き出したリョーマ。その場に残されたあかりは言葉の意味を噛み砕こうとするも推し量ることは出来なかった。しかし追い付いた今度は「なんか良い」と言われた右隣の側に立って、眼帯の無いリョーマの横顔を見てみた。
「リョーマくん」
「んー」
呼べば僅かに顔を傾けて視線を寄越す。
「今日は本当にお疲れさま」
「ほんっとう、疲れた」
そして怪我の見えない横顔を見せてリョーマは笑った。
第3話 終
コートへ向かうリョーマをただただ見つめることしか出来ずにいたあかりに気付きリョーマは振り返ると、「なんでアンタが泣きそうな顔してるの」と笑った。指摘されて初めて自分がそんな顔をしているのだと気付いたあかりは、桜乃には大丈夫と言っておきながら、怪我をした本人に気遣われる有り様に不甲斐なさを感じ、熱くなる目頭をぐっとこらえて微笑み返し「泣いてない!」と言った。くすりと口元に笑みを浮かべたリョーマは試合に戻ると加減など不要だとでも言うように、怪我の前より格段にスピードの上がったサーブを繰り出した。
上下の回転を交互に打ち相手の筋肉を一時的に麻痺させる「スポット」という技術に二刀流で対抗し、更に手段として外せない回転の一つトップスピンを封じて伊武の戦術を攻略したリョーマ。なんと反撃の勢いのまま駈け上がるようにして、時間制限を守った上で勝利を手中に収めてしまった。
これにより青学は3勝を先取し地区予選優勝が決まった。
*****
互いに健闘を讃え合い部員達からの祝福や労いの言葉が交わされた後、手塚からの挨拶があってからその日は解散となった。
波乱の展開となりながらも掴んだ優勝を噛み締めつつあかりが帰り支度をしていると、更衣室へと向かう選手達の中から捕まったらしいリョーマを連れた竜崎に呼び止められた。そして病院に向かうから後部座席でリョーマを見張ってくれと冗談めかして頼まれ、あかりも同行することとなった。
「別に逃げないし」
治療を終えたリョーマは、竜崎の言葉通りにがっちりと自分を捉え続けるあかりの視線に溜め息を吐きながらそう言った。
「怪我、そんなに長引かないみたいで良かった。血が沢山出てたから」
「聞いてないし……」
「桜乃ちゃんもすごく心配してたんだよ?」
「えっ、伊吹先輩!?」
「へー。そりゃ、どうも」
頭部だったことから出血こそ多かったが適切な治療を済ませ、医師の診断から思っていたより完治が早いことが分かり一同が安堵していると、車は見慣れない店の前で停まってリョーマとあかりはその場で降ろされた。
それは趣のある寿司屋前で当然あかりには縁がないものだった。隣に立つリョーマは知っているのだろうかと見やると、「どこっスか」なんて言っていて知らない店のようだった。「いいから覗いて見ろ」と竜崎に言われ引き戸を開けたリョーマだったが、あかりが中の様子を確認しようと覗き込むより早く閉められてしまった。何を見たのか聞こうとすればそれより早く戸が開いて、中からの手にリョーマは攫われてしまった。よく見るとその手の主は河村で「さあ、伊吹さんも入って」と促された。あかりは一度振り返り送ってくれた竜崎にお辞儀をし、桜乃に手を振ってから店内に入った。
店内にはレギュラーメンバーと乾が勢揃いしていて、入るや否や湯飲みを持たされ乾杯の声が上がった。聞けばここは河村の実家で父はこの寿司屋の大将とのことだった。
「伊吹さん、いいよ、そんなに働かなくてっ」
「ああ、駄目ですよ!河村先輩は手首を痛めてるんですから!」
少しお寿司を頂いてからはすっかり給仕に勤しみだすあかりを客人だからと河村は止めるが、怪我人だからと返されては大人しくなるしかなかった。
騒がしいくらい賑やかにお寿司を楽しむ面々の部活で見る時とは違う様子があかりには可愛く見えて店内の空気を楽しんでいると、河村の父が手塚を顧問の先生だと勘違いするシーンを目撃してしまった。手塚はさして気に留めていないようだったが大将が顔を引きつらせたものだから、空気を変えようとあかりは手塚の湯飲みに茶を足しに向かった。
「手塚部長、お茶のおかわり注いでいいですか?」
「ああ、頼む」
真っ直ぐこちらを見て返事をしてくれる手塚はいつも通りなのだけど、確かに彼の容姿や居住まいは貫禄のあるもので、これは先生だと間違われても無理がないかもとあかりも心の中で同意した。
「なあ、伊吹さん。寿司屋の女将になってみる気はないかい?」
「女将さん、ですか?」
「な、なに言ってるんだよ親父!」
テキパキと店内を動いて回るあかりを見て大将がそんなことを言い出し、河村は一気に頬を紅潮させた。他の面々もその会話が聞こえていたのか、あかりが何と返すのかを待って黙った。そんな周りの視線を受けているとも知らず、女将の自分を想像でもしているのかあかりは目を閉じ考える様子を見せ、そして口を開く。
「お寿司屋さんの女将さんなんて素敵ですねー。それに、こんなに美味しいお寿司が毎日……」
「食べられるわけないでしょ」
「あはは、やっぱりそう?」
うっとりとしながら美味しいお寿司に想いを馳せるあかりに呆れたと口を挟むリョーマ。そして店内は笑い声に包まれて、河村はもう一度「変なこと言うなよ」と父である大将に釘を刺した。
途中、学校への報告もあり手塚と大石が店を出ようとしたのであかりも席を立とうとすると、リョーマの怪我のこともあるから一緒に帰ってやってくれと断られたのであかりはその場に残った。
*****
遠慮も無しに食べ、その後は散々ゲームなどを楽しんで帰る頃には日が殆ど沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
「あー、楽しかったし美味しかったねリョーマくん!」
「アンタは殆ど店員だったけどね」
「それも楽しかった!」
薄暗い住宅街をリョーマの歩調に合わせピッタリと並んで歩くあかり。
「……ねえ、気ぃ使うの下手過ぎでしょ?」
「な、何のことかなっ?」
突然足を止めたリョーマに遅れてあかりが立ち止まると、ほんの少しあかりより背の低いリョーマがこちらを見上げていた。
「さっきからずっと左側歩いてる」
「そ、そうかな?」
「俺、何度か入れ替わろうとしたけど、させなかったでしょ」
「それは、偶然じゃないかな?」
確かにあかりは怪我をして眼帯を着けた左目の視界を補おうとリョーマの左側に立つことを意識していたが、こんなにすぐに本人に気取られるなんてとあからさまに目線を外す。こちらを見ずに忙しなく瞬きをするという古典的なあかりの反応にリョーマは小さく噴き出すと「いや、別に嫌とか迷惑とかじゃないんだけど」と言った。嫌な気分にさせていたわけでは無かったと分かり安心したあかりが、今度は分かり易いくらい目線を合わせてきたものだからリョーマはまた笑ってしまう。
「……もう、何がそんなにおかしいの」
「おかしくない。でも、俺としては見えない左隣に立たれるより、見える方に立ってくれた方がなんか良いから」
「それだけ」と言ってスタスタと歩き出したリョーマ。その場に残されたあかりは言葉の意味を噛み砕こうとするも推し量ることは出来なかった。しかし追い付いた今度は「なんか良い」と言われた右隣の側に立って、眼帯の無いリョーマの横顔を見てみた。
「リョーマくん」
「んー」
呼べば僅かに顔を傾けて視線を寄越す。
「今日は本当にお疲れさま」
「ほんっとう、疲れた」
そして怪我の見えない横顔を見せてリョーマは笑った。
第3話 終