長篇
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*****
そして、遂にやってきた地区予選当日。
出場校12校によるトーナメント戦。青学はシード校の一つなので集合も一時間ほど遅くなっている。
しかし、あかりは第一試合が始まる前に会場へ到着していた。初めて見ることになる公式戦。試合の空気、相手校の選手層など、どれも見ていて損はないものばかりと考えたのだ。ノートとペンを握り、ストップウォッチを首から下げた姿は、見るからに敵情視察といった出で立ちだった。どの試合から見ようかとトーナメント表を眺める。どの学校も見てみたいが、ひとまずは青学が対戦する相手が決まる玉林と大藤竹に狙いを定めてコートのある方へ移動する。
そこではダブルスの試合が始まっていて、それはもう見事なコンビネーションを見せる二人が玉林のコートに居り、相手校である大藤竹の選手を翻弄していた。コートを囲むフェンスに沿って並んだ各校の部員達は絶えず声援を浴びせているし、良い球が決まると観戦に来ている人達からも声が上がった。
シングルス3まで終わって玉林の勝利が決まったが、試合はシングルス1まで行われる。あかりがこのまま試合を見ていようか別の学校の試合に移ろうかと考えていると、別のコートの方から大きな歓声上がった。盛り上がっているらしい様子に興味が湧き、あかりはそちらのコートへと足を運んだ。
「えーと、ここは……不動峰対大五所の試合か」
フェンスの近くにはもう人が居たのでその間を覗き込む様にしてコートを窺う。真っ黒なジャージの不動峰の選手がサーブを打つと、バウンドしたボールが相手選手の顔目掛けて跳ね上がってきた。
「なに、今のサーブ」
あかりがサーブに見とれていると審判により不動峰の勝利が宣言されて、今の勝負がシングルス1であったことに気が付く。こんなに早く、しかも周囲の人々の声を聞くとストレートで勝っているらしくあかりは驚く。
ノーシード校である不動峰。前情報で見た限りではこの地区予選では柿ノ木が上がってくると考えていたあかりの頭に、こちらの試合をもっと早くに見ておくべきだったのかも、という思いが浮かぶ。出場校の中でもどこか纏った空気が違う気迫さえ感じる彼らの姿に、思わず背筋に緊張が走った。
「……ジャマ」
「えっ?」
ぼうっとその場に立っていたあかりの頭上から不意に声がかかる。その声に気付いた時には視界には黒が広がっていて、あかりが驚き後退ると目の前にはさっきまでコートの中に居た不動峰の選手達が立っていた。
「聞こえなかった?ジャマって言ったんだけど。もしかして、聞こえてないフリ?ムカツクなあ」
「……あっ、ご、ごめんなさい!!」
あかりの立っていた所は選手達がコートを出入りする場所のすぐ近くで、彼らの進路を妨げていたのだ。素早くあかりが横に避けると、邪魔と言った人のすぐ後ろを歩いていた人が「もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」と小突いた。小突かれたことに反論しだしたその人を見て、何だか雲行きの怪しさを感じたあかり。もう一度謝ってこの場を去ろうとすると、今度は背後から声をかけられた。女の子の声だ。
「みんなお疲れ様!あら、その制服……あなた青学の人?」
振り返るとテニスウェアを着た年頃の近い女の子が立っていた。髪は肩につかないくらいで綺麗に切り揃えられていて、しっかりと出された額の下にはどこか鋭さも感じられるような大きな瞳が輝いていて、とても溌剌とした女の子だった。
「は、はい。青学2年の伊吹あかりです」
「私も2年よ。橘杏、よろしくね」
落ち着いた様子の杏の登場にあかりが少し安心していると、再び少し煩わしそうな語気でポツリと言葉が発せられる。
「青学って……スパイじゃん」
語気は強くないし表情も比較的変わらないので、本気で言っているのか冗談なのかが分かりにくい様子に戸惑うあかり。すると、先程小突いた人が「試合なんだからスパイも何もないだろ」とフォローを入れてくれる。そして、二人の後ろから背の高い人が出て来た。
「青学からのスパイとは光栄だな。俺は部長の橘だ」
決して嫌みったらしくなく、あくまで爽やかにそう言った橘は小さく微笑んだ。
「は、はじめまして!青学2年、テニス部マネージャーをしています伊吹あかりです!……って、あれ、橘さん?」
「似てないでしょ?」
今、自己紹介をしてくれた女の子へと振り返ると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ところで、あなた。伊吹さん。自分の学校の方には行かなくて良いの?」
橘の後ろに居た部員にも挨拶をしようとするあかりを遮り、会場にある大きな時計を指さした杏。時間ギリギリという訳ではなかったが、大石や手塚辺りは早めに来ると考えられるのでそろそろ良い頃合いだった。
「では、私はこれで失礼します!あの、不動峰のみなさんも試合頑張って下さい!」
勢い良くお辞儀をして会場入り口の方へ駆けていったあかり。
「何で敵を応援してんのかな。バカなのかな、あの子」
「いや、普通に良い子なんだろ」
途中までその背を見送って、不動峰の面々は次の試合へと向かっていった。
*****
会場となっている公園の入り口にやってきたあかり。幸い、まだ誰も到着していないようだと見回していると、公園前に停まったバスから手塚と大石が降りてきた。
「手塚部長、大石先輩、おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「おはよう、伊吹さん。早いね。何時頃に来てたんだい?」
大会の始まりから居ると伝えると驚かれたが好きでやっていて、楽しんでいたことも話すと「それなら良かった」と大石は微笑んだ。青学最初の試合が玉林だと伝えたあかりが気になる学校として不動峰の話をしようとするが、続々と青学の部員達が会場に到着してきたのでそれは叶わなかった。
青学テニス部が集まり出すと部員の多さもそうだが、レギュラーメンバー自体がその存在を知られているらしく周囲の視線が集まった。その中でも一際身体が小さいリョーマは目立つようで、勝負を捨てただとか、試合を経験させる枠だというような言葉が耳に入る。気分の良いものではなかったが、そんなことはリョーマが試合に出れば実力で選ばれていると分かるのだと考えると、あかりは少しワクワクもした。するとコートに入る前のリョーマがあかりの元へやってきた。
「ニヤニヤして気持ち悪いんだけど」
「失礼な!ワクワクしてるの。……リョーマくん、頑張ってね」
あかりはニヤニヤしてと評された顔を引き締めてリョーマにエールを送ると、「当然」とだけ返してフェンスの向こうへ入っていった。生意気だけど頼もしいリョーマの普段通りの態度に思わず関心していると、試合のオーダーを見た部員が驚きの声を上げる。
「ええっ、手塚部長、玉林戦に出ないんですか?」
それを聞いてあかりも乾が手にしていたオーダー表を見る。確かにオーダーの中に手塚の名前がない。しかし、もっと驚くことがその紙には書かれていた。
「乾先輩、これって間違いじゃないですよね?」
ダブルス2に書かれたリョーマと桃城の名前を指してあかりが尋ねると、他の部員達も驚きの声を上げた。この二人がダブルスをすることに驚いたのは自分だけではなかったのだと若干安堵して乾を見るも、返ってきた言葉は二人の希望でそうなったというものだった。
「二人の希望って……」
金曜日にリョーマのバッグからダブルスの初心者本が出て来たことを思い出して、大丈夫なのかとフェンスの向こうでベンチに座るリョーマを見やる。ベンチの上では、言葉にすることなくとも互いの必要なものが分かる意志の疎通を見せる大石と菊丸の隣で、リョーマが桃城のタオルをお尻の下に敷いていた。
「これ……本当に大丈夫なの?」
一抹の不安を抱えながらも青学の地区予選は始まる。
第2話 終
そして、遂にやってきた地区予選当日。
出場校12校によるトーナメント戦。青学はシード校の一つなので集合も一時間ほど遅くなっている。
しかし、あかりは第一試合が始まる前に会場へ到着していた。初めて見ることになる公式戦。試合の空気、相手校の選手層など、どれも見ていて損はないものばかりと考えたのだ。ノートとペンを握り、ストップウォッチを首から下げた姿は、見るからに敵情視察といった出で立ちだった。どの試合から見ようかとトーナメント表を眺める。どの学校も見てみたいが、ひとまずは青学が対戦する相手が決まる玉林と大藤竹に狙いを定めてコートのある方へ移動する。
そこではダブルスの試合が始まっていて、それはもう見事なコンビネーションを見せる二人が玉林のコートに居り、相手校である大藤竹の選手を翻弄していた。コートを囲むフェンスに沿って並んだ各校の部員達は絶えず声援を浴びせているし、良い球が決まると観戦に来ている人達からも声が上がった。
シングルス3まで終わって玉林の勝利が決まったが、試合はシングルス1まで行われる。あかりがこのまま試合を見ていようか別の学校の試合に移ろうかと考えていると、別のコートの方から大きな歓声上がった。盛り上がっているらしい様子に興味が湧き、あかりはそちらのコートへと足を運んだ。
「えーと、ここは……不動峰対大五所の試合か」
フェンスの近くにはもう人が居たのでその間を覗き込む様にしてコートを窺う。真っ黒なジャージの不動峰の選手がサーブを打つと、バウンドしたボールが相手選手の顔目掛けて跳ね上がってきた。
「なに、今のサーブ」
あかりがサーブに見とれていると審判により不動峰の勝利が宣言されて、今の勝負がシングルス1であったことに気が付く。こんなに早く、しかも周囲の人々の声を聞くとストレートで勝っているらしくあかりは驚く。
ノーシード校である不動峰。前情報で見た限りではこの地区予選では柿ノ木が上がってくると考えていたあかりの頭に、こちらの試合をもっと早くに見ておくべきだったのかも、という思いが浮かぶ。出場校の中でもどこか纏った空気が違う気迫さえ感じる彼らの姿に、思わず背筋に緊張が走った。
「……ジャマ」
「えっ?」
ぼうっとその場に立っていたあかりの頭上から不意に声がかかる。その声に気付いた時には視界には黒が広がっていて、あかりが驚き後退ると目の前にはさっきまでコートの中に居た不動峰の選手達が立っていた。
「聞こえなかった?ジャマって言ったんだけど。もしかして、聞こえてないフリ?ムカツクなあ」
「……あっ、ご、ごめんなさい!!」
あかりの立っていた所は選手達がコートを出入りする場所のすぐ近くで、彼らの進路を妨げていたのだ。素早くあかりが横に避けると、邪魔と言った人のすぐ後ろを歩いていた人が「もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」と小突いた。小突かれたことに反論しだしたその人を見て、何だか雲行きの怪しさを感じたあかり。もう一度謝ってこの場を去ろうとすると、今度は背後から声をかけられた。女の子の声だ。
「みんなお疲れ様!あら、その制服……あなた青学の人?」
振り返るとテニスウェアを着た年頃の近い女の子が立っていた。髪は肩につかないくらいで綺麗に切り揃えられていて、しっかりと出された額の下にはどこか鋭さも感じられるような大きな瞳が輝いていて、とても溌剌とした女の子だった。
「は、はい。青学2年の伊吹あかりです」
「私も2年よ。橘杏、よろしくね」
落ち着いた様子の杏の登場にあかりが少し安心していると、再び少し煩わしそうな語気でポツリと言葉が発せられる。
「青学って……スパイじゃん」
語気は強くないし表情も比較的変わらないので、本気で言っているのか冗談なのかが分かりにくい様子に戸惑うあかり。すると、先程小突いた人が「試合なんだからスパイも何もないだろ」とフォローを入れてくれる。そして、二人の後ろから背の高い人が出て来た。
「青学からのスパイとは光栄だな。俺は部長の橘だ」
決して嫌みったらしくなく、あくまで爽やかにそう言った橘は小さく微笑んだ。
「は、はじめまして!青学2年、テニス部マネージャーをしています伊吹あかりです!……って、あれ、橘さん?」
「似てないでしょ?」
今、自己紹介をしてくれた女の子へと振り返ると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ところで、あなた。伊吹さん。自分の学校の方には行かなくて良いの?」
橘の後ろに居た部員にも挨拶をしようとするあかりを遮り、会場にある大きな時計を指さした杏。時間ギリギリという訳ではなかったが、大石や手塚辺りは早めに来ると考えられるのでそろそろ良い頃合いだった。
「では、私はこれで失礼します!あの、不動峰のみなさんも試合頑張って下さい!」
勢い良くお辞儀をして会場入り口の方へ駆けていったあかり。
「何で敵を応援してんのかな。バカなのかな、あの子」
「いや、普通に良い子なんだろ」
途中までその背を見送って、不動峰の面々は次の試合へと向かっていった。
*****
会場となっている公園の入り口にやってきたあかり。幸い、まだ誰も到着していないようだと見回していると、公園前に停まったバスから手塚と大石が降りてきた。
「手塚部長、大石先輩、おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「おはよう、伊吹さん。早いね。何時頃に来てたんだい?」
大会の始まりから居ると伝えると驚かれたが好きでやっていて、楽しんでいたことも話すと「それなら良かった」と大石は微笑んだ。青学最初の試合が玉林だと伝えたあかりが気になる学校として不動峰の話をしようとするが、続々と青学の部員達が会場に到着してきたのでそれは叶わなかった。
青学テニス部が集まり出すと部員の多さもそうだが、レギュラーメンバー自体がその存在を知られているらしく周囲の視線が集まった。その中でも一際身体が小さいリョーマは目立つようで、勝負を捨てただとか、試合を経験させる枠だというような言葉が耳に入る。気分の良いものではなかったが、そんなことはリョーマが試合に出れば実力で選ばれていると分かるのだと考えると、あかりは少しワクワクもした。するとコートに入る前のリョーマがあかりの元へやってきた。
「ニヤニヤして気持ち悪いんだけど」
「失礼な!ワクワクしてるの。……リョーマくん、頑張ってね」
あかりはニヤニヤしてと評された顔を引き締めてリョーマにエールを送ると、「当然」とだけ返してフェンスの向こうへ入っていった。生意気だけど頼もしいリョーマの普段通りの態度に思わず関心していると、試合のオーダーを見た部員が驚きの声を上げる。
「ええっ、手塚部長、玉林戦に出ないんですか?」
それを聞いてあかりも乾が手にしていたオーダー表を見る。確かにオーダーの中に手塚の名前がない。しかし、もっと驚くことがその紙には書かれていた。
「乾先輩、これって間違いじゃないですよね?」
ダブルス2に書かれたリョーマと桃城の名前を指してあかりが尋ねると、他の部員達も驚きの声を上げた。この二人がダブルスをすることに驚いたのは自分だけではなかったのだと若干安堵して乾を見るも、返ってきた言葉は二人の希望でそうなったというものだった。
「二人の希望って……」
金曜日にリョーマのバッグからダブルスの初心者本が出て来たことを思い出して、大丈夫なのかとフェンスの向こうでベンチに座るリョーマを見やる。ベンチの上では、言葉にすることなくとも互いの必要なものが分かる意志の疎通を見せる大石と菊丸の隣で、リョーマが桃城のタオルをお尻の下に敷いていた。
「これ……本当に大丈夫なの?」
一抹の不安を抱えながらも青学の地区予選は始まる。
第2話 終