長篇
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*****
都大会も迫ったある休日。午前中で部活が終わったその日、あかりは以前から充実していると聞いていた都内の大きな図書館へ足を運んでいた。しかし現在、あかりの歩みは止まっている。初めての土地で住所だけを頼りにした結果、この辺りなんだけど……というところまで来て立ち往生を食らってしまっているのだった。
「多分、近くまでは来てるはずなんだけど……」
大きい図書館だと聞いたから近くまで行けば建物が見えるだろうと考えていたあかりだが、辺りを見回してみてもそれらしい建物は見つからない。そこで、今一度場所を確認しようと携帯電話を取り出すと、辺りには誰もいないと思っていたのに突然声を掛けられる。
「何かお困りですか?」
「え?」
声のした方を見ればそこには、この辺りの学校なのか見たことのない制服を身に纏った少年が立っていた。
「いえ、先程からこの辺りを行ったり来たりしていたようですから」
そう言って時折、髪の毛を弄る仕草をする少年。知らない人に話しかけられた驚きはあったが少年の物腰柔らかな様子や、自分が困っているらしい姿を気にしてわざわざ声を掛けてくれた優しさにあかりの緊張は幾らか解れた。
「あ、あの、この辺りにあると聞いた図書館に行きたいのですが」
あかりが住所をメモした紙を見せようとするより先に少年は「ああ、図書館ですか」と言って頷いた。そして、「僕もこれから行くところですから、よろしければ案内しますよ」と願ってもない提案をしてくれる。
「え、いいんですか?」
「はい、構いませんよ」
「じゃあ、あの、よろしくお願いします」
「はい」
少年は柔らかく微笑むと歩き出し、あかりはその隣に並んだ。少し歩いて横断歩道の前で止まった時、少年ははたと気付いた様子であかりの方を見た。
「ああ、まだ名乗っていませんでしたね、失礼しました。僕は観月はじめといいます」
「私は伊吹あかりです。観月さんのお陰でとっても助かりました。私一人じゃ図書館へ着けなかったかも」
メモを見つめながら肩を落とすあかりに観月は小さく笑いを零すと、そっと住所の書かれたメモを抜き取った。
「この辺りでは同じ地名でも飛び地になっている地域があるんで、少し分かりにくいんですよ。でも、図書館もすぐ近くのところですから」
「そうなんですか」
どうりで電信柱の住所で地名が合っていても番地が見当たらなかった筈だとあかりが先程の状況を顧みていると、観月は「信号、変わりましたよ」と知らせてメモを返した。それから観月とどんなジャンルの本が好きかという話で盛り上がっている内に視界の奥に開けた場所が見え、噴水のある大きな広場へ出た。更に進んで行けば体育館や陸上トラックなども見えてくる。
「色々な施設が集まっているんですね」
「ええ、野球場やテニスコートなんかもあるんですよ」
「へえ、良いところですね」
興味津々とあちこちに視線を移しながら並木道を抜けると遂に目的の建物に辿り着いた。近所にある図書館の何倍程大きいのだろうと感じさせるレンガ造りのそれは、ただ大きいだけではなく入り口や窓枠の形に拘りを感じさせるものとなっていて、心地良い空間を提供してくれるだろう期待にあかりの胸は躍った。そして、あかりの期待はそれを上回るという形で裏切られることとなった。
「凄い図書館ですね。観月さんに案内してもらわなかったら中でも迷子になっていたかもしれません」
中に入ってからも観月は膨大な数の本から目当てのものを探すのを手伝ってくれたり、貸し出しカードを作る為の手続きまで手伝ってくれていた。
「観月さんも図書館に用があって来たのに、私に付き合わせてしまってすみません」
「いいえ、僕の用は本の返却だけですから。それよりも、同じように本を読む人と話すことが出来て楽しかったです」
観月は鞄から借りていた数冊の本を取り出すと返却カウンターに座る司書に渡し、顔馴染みなのか司書と幾つか言葉を交わす。すると、あかりがその様子を眺めている横をスッと通り抜けていった人物が観月を呼んだ。
「観月さん、全然来ないと思ったら」
「おや、わざわざ迎えに来たんですか。携帯は……ああ、切ってました」
「はあ……」
突然現れた少年と観月とのやり取りを見ていたあかりは、観月には予定があったのだということが分かって二人の会話に入った。
「あの、ごめんなさい。観月さんは私が道に迷っていたところを助けてくれて、図書館の中も案内してくれて。それで……」
自分のせいで約束に遅れてしまったのだということを伝えようとするあかりだったが、少年は突然会話に入ってきた見知らぬ少女に訝しむような視線を向ける。観月はそんな二人の様子を見てひとまず外へ出るよう促した。
「誰っスか」
「彼女は伊吹あかりさん。近くで道に迷っていらっしゃったので目的地も同じでしたし、ご一緒させてもらったんです」
「は、初めまして、伊吹あかりです!」
改めて説明してくれた観月の言葉に続けてあかりが言えば、少年は幾らか釈然としない様子を残しながらも応じてくれる。
「不二、裕太……っス」
「ふじ、さん?」
身近に居る珍しい名字のその人が頭を過ぎりながらあかりが首を傾げると観月は、裕太もあかりと同じ二年生だからそんなに畏まらなくていいとした後に「そういえば」と続けた。
「伊吹さんの制服は青学のものですよね。お知り合いでしたか?青学の不二周助くんとは」
「え?」
「ちょ、観月さん」
突然出て来た不二の名前に驚くあかりとはまた別の動揺を見せる裕太。そして、あかりが何の気なしに「親戚とか、ですか?」と聞けば、裕太は無言で鋭く睨んできた。そんな裕太を宥める素振りをした後に、観月はあかりに「兄弟なんですよ」と言った。
不二裕太と不二周助は兄弟。裕太はあかりと同学年の二年生で、周助は先輩の三年生。となれば、裕太は弟で周助が兄となる。
そこまでを考えたあかりが「じゃあ不二くんのお兄さんが不二先輩なんですね」と言うと、裕太も観月も一瞬だけ動きが止まった。二人の反応にあかりが間違えただろうかと不安そうな顔をすると裕太が口を開いた。
「いや、アンタの言った通り。俺は……、アイツは俺の兄貴だよ」
そう言った裕太の顔はどことなく影があった。あかりはそれを感じ取ると、みだりに他人に兄弟のことを聞かれるのはいい気がしないのかもしれないと「こんな形で知り合いが繋がるなんて世間は狭いですね」なんて、当たり障りのない言葉で切り上げた。それから、裕太が観月をわざわざ迎えに来たのが予定があったからだということを思い出し、あかりはお礼を言って二人と別れた。そして、観月と裕太も練習に戻るため学校へ向かう。その途中、裕太は恨めしそうな表情を半歩ほど先を歩く観月の背中に向け尋ねた。
「観月さん」
「なんですか?」
「わざと……っスか」
何についてかはっきりとさせずにそう聞けば観月は立ち止まって振り返り笑顔を崩さないままに、「なにがですか?」と言うと再び歩き出してしまった。それ以上聞くことが出来なくなった裕太は「いや、別に……」とそれ以上は何も言えずに観月の少し後ろを歩いた。
*****
二人と別れ戻ってきたあかりが家路の途中、学校近くを歩いていると不意に声を掛けられる。どこからだろうと首を左右に振っていると今度はシャッター音がして、やっとその声の主が視界に入った。
「不二先輩」
「やあ」
あかりが振り返った先にはファインダー越しにこちらを覗く不二の姿があった。装いが私服であることから帰宅した後、カメラを持ってこの辺りを歩いていたことが窺える。そう考えるあかりと同じく、午前中で部活が終わったにも関わらず彼女が制服のままで学校近くに居ることに不二も気付く。
「今、帰りかい?」
「えっと、ちょっと図書館へ本を借りに行ってきた帰りなんです」
あかりが借りてきた本を見せると不二は背表紙に貼られたラベルを見て「ああ、あそこの図書館か」と呟いた。
「不二先輩も行かれるんですか?」
「……まあ、たまにね」
構えていたカメラが下を向き一瞬の間の後に肯定してみせた不二。だが、次の瞬間には再びファインダーを覗いて「ちょっとそこに立ってみてくれないかな」と木漏れ日のさす木の下を指さした。
「え、ここですか?」
言われた場所にあかりが立つと不二は「そこで適当にしてみて」と難しい指示を続けた。どうしたらいいのかもよく分からないままあかりは少し遠くへ視線を向けてみたり、木の幹に手を添えてみたり、本を開いて読む仕草などをしてみる。何回かのシャッター音がした後に不二にありがとうと言われ、緊張から解放されたあかりは小さく息を吐いた。
「不二先輩はカメラが趣味なんですか?」
「うん、ちょっとね」
撮った写真を確認する不二の隣へ移動して小さな画面を一緒に覗くあかり。そこには、人物をメインにしたというより空間を切り取ったような、被写体となっていていうのも何だが物語を感じさせるワンシーンのような写真が映っていて、あかりは照れ臭くも感心した。
「普段は風景ばかりだから、人物を撮るのはやっぱり難しいね」
「そうなんですか。でも、とても素敵な写真になってると思いますよ……って私が言うのも変ですよね」
素直に腕前に賛辞を贈りたいものの間接的に自分を褒めているような形になってしまい慌てるあかりに不二は、「モデルが良かったからかな」なんて恥ずかしいお世辞をサラリと言ってのけた。あかりがさらに慌てふためき顔を赤く染める様子に笑みを深めると再びカメラを向けようとするものだから、あかりは耳まで染めながらそれを制した。
それから、不二が今まで撮った写真を見せてもらったり、良い撮影スポットを探したりした後、あかりは不二と別れた。別れ際、また明日と言おうとして翌日が休みでさらに次の日には都大会当日であることを思い出し言葉に詰まったあかりを見ると、不二が「それじゃあ、都大会の日に」微笑んだのであかりも同じように笑って返した。
*****
都大会前日。
気が早いとは分かっていながらも逸る気持ちが抑えられず既に明日の荷物を万全に整えたあかりは、自分を落ち着かせようと借りてきた本を開いていた。長らくそうして過ごし空に夕焼けが迫ってきた頃、朝の練習以降は止んでいたテニスボールが弾む音が再び聞こえてきた。音を辿りお寺の境内の方へ行くとテニスコートにはリョーマと何故か桃城の姿があり、それを見ているとどこからか現れたカルピンが腕の中に飛び込んできた。受け止めたカルピンと二人の様子を観察していると、ラリーを終えた桃城が漸くあかりの存在に気付く。
「あれ、伊吹さん?ってそうか、越前の家に住んでんだっけか」
「うん。ここで会うと何だか不思議な感じだね」
朝にリョーマの迎えをすることはあっても大抵の場合、あかりは先に家を出ているため顔を合わせることのなかった桃城。後輩の家に私服姿でいる同級生を見て、一緒に暮らしているんだなあと改めて思いながらあかりの腕の中のカルピンを撫でた。
「桃城くんはよくリョーマくんのお迎えに来てくれてるんだよね」
「まあ、時々な」
まるで母親か何かのように「ありがとうね」と言い出すあかりの腕からカルピンを攫い、不服を申し立てようとするリョーマに「明日は寝坊したら洒落にならねーぞ」カルピンを撫でていた手をリョーマの頭に移した桃城。
「しないっスよ」
「本当に?私、明日は早めに会場に行っちゃうから気を付けてね」
乗せられた手から逃れてあかりの隣へ逃げてきたというのに、釘を刺され眉間に皺を寄せるリョーマを見て笑い出す桃城。今にも頬を膨れさせそうなリョーマに「ごめんごめん」と謝りながら、この様子であれば明日の遅刻は心配ないかなとあかりは思った。
*****
そして都大会当日。
青学の集合時間である午前10時まで10分を切った会場にリョーマの姿は無く、真っ青な顔をしたあかりが右往左往していた。
第4話 終
都大会も迫ったある休日。午前中で部活が終わったその日、あかりは以前から充実していると聞いていた都内の大きな図書館へ足を運んでいた。しかし現在、あかりの歩みは止まっている。初めての土地で住所だけを頼りにした結果、この辺りなんだけど……というところまで来て立ち往生を食らってしまっているのだった。
「多分、近くまでは来てるはずなんだけど……」
大きい図書館だと聞いたから近くまで行けば建物が見えるだろうと考えていたあかりだが、辺りを見回してみてもそれらしい建物は見つからない。そこで、今一度場所を確認しようと携帯電話を取り出すと、辺りには誰もいないと思っていたのに突然声を掛けられる。
「何かお困りですか?」
「え?」
声のした方を見ればそこには、この辺りの学校なのか見たことのない制服を身に纏った少年が立っていた。
「いえ、先程からこの辺りを行ったり来たりしていたようですから」
そう言って時折、髪の毛を弄る仕草をする少年。知らない人に話しかけられた驚きはあったが少年の物腰柔らかな様子や、自分が困っているらしい姿を気にしてわざわざ声を掛けてくれた優しさにあかりの緊張は幾らか解れた。
「あ、あの、この辺りにあると聞いた図書館に行きたいのですが」
あかりが住所をメモした紙を見せようとするより先に少年は「ああ、図書館ですか」と言って頷いた。そして、「僕もこれから行くところですから、よろしければ案内しますよ」と願ってもない提案をしてくれる。
「え、いいんですか?」
「はい、構いませんよ」
「じゃあ、あの、よろしくお願いします」
「はい」
少年は柔らかく微笑むと歩き出し、あかりはその隣に並んだ。少し歩いて横断歩道の前で止まった時、少年ははたと気付いた様子であかりの方を見た。
「ああ、まだ名乗っていませんでしたね、失礼しました。僕は観月はじめといいます」
「私は伊吹あかりです。観月さんのお陰でとっても助かりました。私一人じゃ図書館へ着けなかったかも」
メモを見つめながら肩を落とすあかりに観月は小さく笑いを零すと、そっと住所の書かれたメモを抜き取った。
「この辺りでは同じ地名でも飛び地になっている地域があるんで、少し分かりにくいんですよ。でも、図書館もすぐ近くのところですから」
「そうなんですか」
どうりで電信柱の住所で地名が合っていても番地が見当たらなかった筈だとあかりが先程の状況を顧みていると、観月は「信号、変わりましたよ」と知らせてメモを返した。それから観月とどんなジャンルの本が好きかという話で盛り上がっている内に視界の奥に開けた場所が見え、噴水のある大きな広場へ出た。更に進んで行けば体育館や陸上トラックなども見えてくる。
「色々な施設が集まっているんですね」
「ええ、野球場やテニスコートなんかもあるんですよ」
「へえ、良いところですね」
興味津々とあちこちに視線を移しながら並木道を抜けると遂に目的の建物に辿り着いた。近所にある図書館の何倍程大きいのだろうと感じさせるレンガ造りのそれは、ただ大きいだけではなく入り口や窓枠の形に拘りを感じさせるものとなっていて、心地良い空間を提供してくれるだろう期待にあかりの胸は躍った。そして、あかりの期待はそれを上回るという形で裏切られることとなった。
「凄い図書館ですね。観月さんに案内してもらわなかったら中でも迷子になっていたかもしれません」
中に入ってからも観月は膨大な数の本から目当てのものを探すのを手伝ってくれたり、貸し出しカードを作る為の手続きまで手伝ってくれていた。
「観月さんも図書館に用があって来たのに、私に付き合わせてしまってすみません」
「いいえ、僕の用は本の返却だけですから。それよりも、同じように本を読む人と話すことが出来て楽しかったです」
観月は鞄から借りていた数冊の本を取り出すと返却カウンターに座る司書に渡し、顔馴染みなのか司書と幾つか言葉を交わす。すると、あかりがその様子を眺めている横をスッと通り抜けていった人物が観月を呼んだ。
「観月さん、全然来ないと思ったら」
「おや、わざわざ迎えに来たんですか。携帯は……ああ、切ってました」
「はあ……」
突然現れた少年と観月とのやり取りを見ていたあかりは、観月には予定があったのだということが分かって二人の会話に入った。
「あの、ごめんなさい。観月さんは私が道に迷っていたところを助けてくれて、図書館の中も案内してくれて。それで……」
自分のせいで約束に遅れてしまったのだということを伝えようとするあかりだったが、少年は突然会話に入ってきた見知らぬ少女に訝しむような視線を向ける。観月はそんな二人の様子を見てひとまず外へ出るよう促した。
「誰っスか」
「彼女は伊吹あかりさん。近くで道に迷っていらっしゃったので目的地も同じでしたし、ご一緒させてもらったんです」
「は、初めまして、伊吹あかりです!」
改めて説明してくれた観月の言葉に続けてあかりが言えば、少年は幾らか釈然としない様子を残しながらも応じてくれる。
「不二、裕太……っス」
「ふじ、さん?」
身近に居る珍しい名字のその人が頭を過ぎりながらあかりが首を傾げると観月は、裕太もあかりと同じ二年生だからそんなに畏まらなくていいとした後に「そういえば」と続けた。
「伊吹さんの制服は青学のものですよね。お知り合いでしたか?青学の不二周助くんとは」
「え?」
「ちょ、観月さん」
突然出て来た不二の名前に驚くあかりとはまた別の動揺を見せる裕太。そして、あかりが何の気なしに「親戚とか、ですか?」と聞けば、裕太は無言で鋭く睨んできた。そんな裕太を宥める素振りをした後に、観月はあかりに「兄弟なんですよ」と言った。
不二裕太と不二周助は兄弟。裕太はあかりと同学年の二年生で、周助は先輩の三年生。となれば、裕太は弟で周助が兄となる。
そこまでを考えたあかりが「じゃあ不二くんのお兄さんが不二先輩なんですね」と言うと、裕太も観月も一瞬だけ動きが止まった。二人の反応にあかりが間違えただろうかと不安そうな顔をすると裕太が口を開いた。
「いや、アンタの言った通り。俺は……、アイツは俺の兄貴だよ」
そう言った裕太の顔はどことなく影があった。あかりはそれを感じ取ると、みだりに他人に兄弟のことを聞かれるのはいい気がしないのかもしれないと「こんな形で知り合いが繋がるなんて世間は狭いですね」なんて、当たり障りのない言葉で切り上げた。それから、裕太が観月をわざわざ迎えに来たのが予定があったからだということを思い出し、あかりはお礼を言って二人と別れた。そして、観月と裕太も練習に戻るため学校へ向かう。その途中、裕太は恨めしそうな表情を半歩ほど先を歩く観月の背中に向け尋ねた。
「観月さん」
「なんですか?」
「わざと……っスか」
何についてかはっきりとさせずにそう聞けば観月は立ち止まって振り返り笑顔を崩さないままに、「なにがですか?」と言うと再び歩き出してしまった。それ以上聞くことが出来なくなった裕太は「いや、別に……」とそれ以上は何も言えずに観月の少し後ろを歩いた。
*****
二人と別れ戻ってきたあかりが家路の途中、学校近くを歩いていると不意に声を掛けられる。どこからだろうと首を左右に振っていると今度はシャッター音がして、やっとその声の主が視界に入った。
「不二先輩」
「やあ」
あかりが振り返った先にはファインダー越しにこちらを覗く不二の姿があった。装いが私服であることから帰宅した後、カメラを持ってこの辺りを歩いていたことが窺える。そう考えるあかりと同じく、午前中で部活が終わったにも関わらず彼女が制服のままで学校近くに居ることに不二も気付く。
「今、帰りかい?」
「えっと、ちょっと図書館へ本を借りに行ってきた帰りなんです」
あかりが借りてきた本を見せると不二は背表紙に貼られたラベルを見て「ああ、あそこの図書館か」と呟いた。
「不二先輩も行かれるんですか?」
「……まあ、たまにね」
構えていたカメラが下を向き一瞬の間の後に肯定してみせた不二。だが、次の瞬間には再びファインダーを覗いて「ちょっとそこに立ってみてくれないかな」と木漏れ日のさす木の下を指さした。
「え、ここですか?」
言われた場所にあかりが立つと不二は「そこで適当にしてみて」と難しい指示を続けた。どうしたらいいのかもよく分からないままあかりは少し遠くへ視線を向けてみたり、木の幹に手を添えてみたり、本を開いて読む仕草などをしてみる。何回かのシャッター音がした後に不二にありがとうと言われ、緊張から解放されたあかりは小さく息を吐いた。
「不二先輩はカメラが趣味なんですか?」
「うん、ちょっとね」
撮った写真を確認する不二の隣へ移動して小さな画面を一緒に覗くあかり。そこには、人物をメインにしたというより空間を切り取ったような、被写体となっていていうのも何だが物語を感じさせるワンシーンのような写真が映っていて、あかりは照れ臭くも感心した。
「普段は風景ばかりだから、人物を撮るのはやっぱり難しいね」
「そうなんですか。でも、とても素敵な写真になってると思いますよ……って私が言うのも変ですよね」
素直に腕前に賛辞を贈りたいものの間接的に自分を褒めているような形になってしまい慌てるあかりに不二は、「モデルが良かったからかな」なんて恥ずかしいお世辞をサラリと言ってのけた。あかりがさらに慌てふためき顔を赤く染める様子に笑みを深めると再びカメラを向けようとするものだから、あかりは耳まで染めながらそれを制した。
それから、不二が今まで撮った写真を見せてもらったり、良い撮影スポットを探したりした後、あかりは不二と別れた。別れ際、また明日と言おうとして翌日が休みでさらに次の日には都大会当日であることを思い出し言葉に詰まったあかりを見ると、不二が「それじゃあ、都大会の日に」微笑んだのであかりも同じように笑って返した。
*****
都大会前日。
気が早いとは分かっていながらも逸る気持ちが抑えられず既に明日の荷物を万全に整えたあかりは、自分を落ち着かせようと借りてきた本を開いていた。長らくそうして過ごし空に夕焼けが迫ってきた頃、朝の練習以降は止んでいたテニスボールが弾む音が再び聞こえてきた。音を辿りお寺の境内の方へ行くとテニスコートにはリョーマと何故か桃城の姿があり、それを見ているとどこからか現れたカルピンが腕の中に飛び込んできた。受け止めたカルピンと二人の様子を観察していると、ラリーを終えた桃城が漸くあかりの存在に気付く。
「あれ、伊吹さん?ってそうか、越前の家に住んでんだっけか」
「うん。ここで会うと何だか不思議な感じだね」
朝にリョーマの迎えをすることはあっても大抵の場合、あかりは先に家を出ているため顔を合わせることのなかった桃城。後輩の家に私服姿でいる同級生を見て、一緒に暮らしているんだなあと改めて思いながらあかりの腕の中のカルピンを撫でた。
「桃城くんはよくリョーマくんのお迎えに来てくれてるんだよね」
「まあ、時々な」
まるで母親か何かのように「ありがとうね」と言い出すあかりの腕からカルピンを攫い、不服を申し立てようとするリョーマに「明日は寝坊したら洒落にならねーぞ」カルピンを撫でていた手をリョーマの頭に移した桃城。
「しないっスよ」
「本当に?私、明日は早めに会場に行っちゃうから気を付けてね」
乗せられた手から逃れてあかりの隣へ逃げてきたというのに、釘を刺され眉間に皺を寄せるリョーマを見て笑い出す桃城。今にも頬を膨れさせそうなリョーマに「ごめんごめん」と謝りながら、この様子であれば明日の遅刻は心配ないかなとあかりは思った。
*****
そして都大会当日。
青学の集合時間である午前10時まで10分を切った会場にリョーマの姿は無く、真っ青な顔をしたあかりが右往左往していた。
第4話 終