長篇
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「何でお前がここに居る」
仕事も一段落ついた所で一服しようと自室の襖を開けた土方の前には、昨晩、嵐の如く去っていった(厳密に言うと連れ戻されていった)女と部下の山崎が机の上に並べた求人広告とにらめっこをしていた。
「あ、副長お疲れ様です」
襖の開いた音で土方が戻って来たことに気が付いた山崎が広告から顔を上げて言うと、あかりも慌てて挨拶をした。
「お疲れ様です。あの……お邪魔してます」
ぺこりと頭を下げながら、申し訳なさそうな顔をするあかり。それを見て昨日の出来事を思い出した土方の眉間には、無意識の内にシワが寄った。そんな土方の変化にいち早く気付いた山崎は、すかさず二人の間に入る。
「あかりさん昨日のお詫びにって、わざわざ来てくれたんですよ!」
ほら、とあかりが持って来た包みを土方に見せる山崎。紙袋の中にはお菓子の詰め合わせらしき箱が三つ程入っていて、説明する山崎の傍らには更に同じ紙袋が三つも並んでいた。恐らく隊士達の事も考えて多めに用意したのだろう。
無駄に律儀な奴だ。
土方はそう思いながらも害が無いことを知るとあかりの隣に胡座をかき、内ポケットから出した煙草に慣れた手つきで火を着ける。
「ちょっとちょっと、何未成年の隣で平然と煙草吸いだしてるんですか!」
二人の向かいに座る山崎が机に手をつき身を乗り出すと土方の手元を指差す。
「ああ?」
自分の部屋で煙草を吸って何が悪い。まして、勝手に居座ってる奴らにどうして気を使わなければならないのか。どすの効いた声で山崎を一瞥しつつも、せめて一声掛けるべきだっただろうかと思い、隣に座るあかりを見る。一方のあかりは喫煙に対してさしたる嫌悪感も無いのかまでは分からないが、土方の視線にはっとした姿を見せると机の端に置かれていた灰皿を手に取り、土方の前にスッと置いた。
「ど、どうぞ」
「……おう」
深く吸って肺一杯に煙を巡らせ、鼻からすっと吐く。二三度繰り返しニコチンが身体に染み渡っていくのを感じながら、あかりから受け取った灰皿に短くなっていく煙草を置いて一息。
「で、お前らはここで何してる」
「それがですね、副長っ」
第2話 16歳のハローワーク
「それじゃあ、行ってきます!」
「何もそんなに急いで職を探すこと無いじゃないかい。銀時だって店を手伝ってくれればいいって、言ってるんだろう?」
朝、スナックお登勢の扉から出て行こうとするのは、昨日とは打って変わって明るい表情のあかりだった。
「はい、でもただの穀潰しではいたくないですし。勿論、お登勢さんのお店も万事屋もお手伝いします。その上で僅かでも生活の足しになるように、働きたいんです」
家賃だって大事な収入の一つだろうにあかりが手伝って賃金を受け取り、お登勢に返すのでは意味が無い。同様に万事屋として働く事もだ。一人前として仕事はこなせないだろうし、人数が増えれば一件の依頼に対しての報酬の割合が減ってしまう。そう考えれば、外へ働きに出ようという思いに至るまでにそう時間はかからなかった。
「それに今日は、昨日のお詫びと、その後どうなったかの報告もしに行こうと思って」
昨日世話になった真選組へ挨拶に行くと言うあかりに、やれやれという仕草を見せながらも着物の袖から何かを取り出し、それをあかりに手渡す。
「難儀な娘だねぇ。なら、これ持っていきな」
あかりの手を取り握らせたそれは、畳まれた三枚のお札だった。
「お、お登勢さんっ?」
「菓子折りくらい必要だろう?あそこは数も多いからねえ」
そう言って腕を組み、顔触れや人数を思い浮かべるような表情をし、あかりに向かってウィンクを一つして見せたお登勢。
「お登勢さん、有難うございます。お金、必ずお返しします!」
受け取ったお金をポケットに仕舞い礼をすると、あかりは江戸の街へと繰り出していった。
*****
『16歳?駄目駄目、ウチの店は18からだよ』
『履歴書と身分証明出来る物を持って来て、面接はそれからだな』
『悪いけど今は人が足りてるから』
「はあ……、仕事を探すって大変なんだな。やっぱり」
意気揚々と出て行ったあかりであったが、行く所行く所で年齢は引っ掛かる、経歴は不詳、身分証明が出来るものが無いで働く所か面接にさえこぎつけずにいた。覚悟はしていたがこれ程だとは……とがっくり肩を落とし、とぼとぼと活気溢れる江戸の街を歩くあかり。心なしか働いている人々がキラキラと輝いているように見えて、少し恨めしい。しかし、店側のこんなどこの馬の骨とも分からない子供を容易に受け入れられない、という気持ちもあかり自身理解は出来る。
「そんな簡単にはいかないよね。もう少し歩いてみよう!」
嘆いていても始まらないと自分自身に喝を入れ、再び探し出そうと意気込み顔を上げるとふと視界に和菓子屋さんが映った。そして、お登勢さんに借りたポケットのお金を思い出す。
「そうだ。真選組の皆さんに挨拶をしに行くんだった」
街へ出たもう一つの用事を思い出したあかりは忘れる所だった、と駆け足でお店の暖簾を潜った。丁度この和菓子屋さんはお持ち帰りやお土産としての商品がメインのようで、ガラスケースに綺麗に並べられた和菓子や詰め合わせのディスプレイがあかりを出迎えた。
「わあっ、凄く綺麗。宝石みたい」
入って直ぐに感じたままの気持ちを零すと、店の奥から店主らしきおじさんが「嬉しいねえ」と言いながら出て来た。それからあかりは店主の薦めを聞きながら、幾つかの詰め合わせを選んで包装して貰う。お会計をしながら駄目元でアルバイトを募集していないかと聞いてはみたが、答えはやっぱりノー。紙袋を受け取ったあかりはお礼をして、店主の笑顔に見送られながら店を後にした。両手に紙袋をぶら下げて通りのお店を右から左から一軒一軒眺める。こうして探している時に限ってアルバイト募集の貼り紙は一枚も見つからないものだ。
「夜のお仕事とかじゃないと働けないのかな……。年齢は、サバ……読めるかな?」
営業前となっている一軒のスナックの前でガラスに映る自分を見てみる。しかし、どうにもお酒を嗜む大人の女性には無理がありそうだった。
「流石に無理があるよなー……」
自分で言うのも哀しいものがあるがこれが現実、地道に探して行こう。きっと良い仕事に巡り逢えるさ、とガラスに映る自分を慰め歩き出す。すると、方向転換をして直ぐに前から歩いてくる人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
相手の姿を確認する間もなく頭を下げると穏和な人だったのか「いいえ、こちらこそすみません」と返された。危ない人じゃなくて良かった、と胸を撫で下ろすとその人から更に言葉が続いた。
「あれ、あかりさん?」
自分を知っている人なんてまだ数限られている、その中で名前を呼んでくれたこの優しい声は―――
「山崎さん?」
顔を上げて声の主を確認すると、それはやはり真選組の山崎だった。そして山崎もあかりの顔を見ると「あ、やっぱりあかりさんだ」と言って微笑んだ。
「昨日はあの後、大丈夫だった?心配したんだよ?」
山崎はあかりが銀時によって連れ戻された後も気にかけてくれていたらしく、その後のことをあかりに尋ねた。
「昨夜はご迷惑をお掛けしました。今日はお詫びとお礼とご報告にと思って」
そこまで言うと手に提げていた紙袋で顔をすっぽりと隠すあかり。山崎はそんなに気にしなくていいのにと微笑み返すとあかりの手から優しく荷物をさらって、「それじゃ、行こっか」と来た道を戻り始めた。
「ところで、さっきは立ち止まって何してたの?」
二人で並んで街を歩いていると山崎は思い出したように尋ねた。
「いや、えーっとですね……」
「ガラスに映る自分を自分で慰めていました」とは言えないあかりは、仕事を探している事や、それが中々上手くいかないことを山崎に話した。それと、自分のように身分の定かでない人間は夜の仕事くらいしか働ける場所は無いのだろうか……ということも。
「えーっ、ダメだよ、ダメダメ!それってスナックやキャバクラで働くってことでしょ?ダメ……絶対ダメ!」
夜の仕事と聞くや否や断固反対の姿勢を見せる山崎。
「そういうお店っていうのは親会社が普通じゃなかったり、嫌でも危ない連中と関わってくるんだから!」
「だから絶対にダメ!」と強く念を押されあかりは頷くことしか出来なかった。考えてみれば真選組は警察の一部隊、江戸を護る彼らは江戸の街にもその裏の社会にも詳しいのだろう。その彼がこんなに反対するのだから、不用意にそういう職業には就かない方が懸命なのかもしれない。
「……ですよね。頑張って普通のお仕事探します」
「その方がいいよ!」
あかりからその言葉を聞くと山崎は穏やかな様子に戻り、「屯所に着いたら俺も一緒に探すからさ」とお店の出入口付近に置かれている求人情報誌や求人広告を手当たり次第に取っていった。屯所までの道のりでは万事屋で世話になることやあかりが去った後の土方達の様子など、お互いに話しながら歩いた。
*****
「……ということがあって現在に至ります、副長」
「最後は随分雑な繋げ方だったな」
今こうして屯所に居る理由を山崎とあかりで説明すると、土方は吸い終えた二本目の煙草を灰皿に押し付け、三本目に手をかけていた。
「つまりなんだ、お前はここをハローワークかなんかと勘違いしてるのか」
「ひ、否定はしかねます……」
火を着け煙が漂い始めた煙草をあかりに向けると、土方は二人の説明を大幅に切り落として纏めた。それならとっとと本当の職業案内所でもなんでも行けばいだろう、そう言って呆れ顔で二人を見てから机の上に散乱する求人広告に視線を落とす土方。そんな土方に山崎は食い下がり困難を力説した。
「そうはいっても副長。実際の所、経歴も身の上もこの江戸では定かでないあかりさんが仕事に就くのは、簡単じゃいですよ。只でさえあかりさんは年齢で引っ掛かるのに」
「じゃあ、居候先の万事屋でも手伝えばいいだろう。つうか何で俺の部屋でやってんだ」
思わず最後の方に本音を交えつつそう言うとあかりを見る。山崎もその説明には「確かに」と頷いて、奮っていた熱弁を止めあかりを見た。あかりは二人に見詰められ困りながらも思っていたことを語り出した。
「銀さんも、そう言ってくれました。でも……私一人が銀さんや新八くん、神楽ちゃんと同じだけの働きが出来ればいいですが、そうもいかないでしょうし。それに報酬を分割するなら銀さんの負担は増えてしまいます。沢山じゃなくてもいいんです。毎月ある程度のお金を入れられるようにしたいんです」
万事屋メンバーの個体値で一般人が気に病む必要は無いだろうに、と土方と山崎は思ったがどうやらあかりは本気で気にしているらしく、手伝いは勿論して更には働きたいと話し続けた。
「副長ぉーっ、探してあげましょうよ!」
「というか一緒に探しましょうよ!今!」と話を聞いている内に、いつの間にか瞳をうるうるさせていた山崎が土方に頼み込む。あかりの姿勢に動かされたのか、いい加減付き合ってられなくなったのか土方は「勝手にしろ」と言うと三本目の煙草を灰皿に押し付け、そそくさと部屋から出て行こうと立ち上がる。
「ふ、副長ーっ。待って下さいよ、一緒にー!」
「くそ、欝陶しいっ。離せこの野郎!」
部屋を後にしようと襖に手をかける土方の脚にしがみついて止める山崎。逃亡を阻まれた土方は空いている方の脚で山崎を踏み付け、何とか引き剥がそうとしている。日々鍛練を積む彼らにとってはこの程度は冗談の範囲なのかもしれないが、そんなこととは分からないあかりはこれはいかん、と慌てて止めに入る。
「待って下さい、土方さん!私が出て行きますから!」
山崎を踏み付けようと蹴り上げる脚に両腕を回し、がっしりと掴むあかり。
「……お前っ、馬鹿か!離せっ」
途端に耳まで真っ赤に染める土方だったが必死なあかりが気付く訳もなく、悪足掻きをすればするほど二人はくっ付いてくる。三人共何が目的だったかは最早忘れ去り、暴れる土方を二人掛かりで押さえ込もうとしているような状態になってきていた。
「てめーらマジいい加減にしねぇかァァァ!」
この場から逃げる事さえできればそれでいいだろうと考えていた土方も、そろそろ我慢の限界に達して雄叫びを上げながら怒りを放出するようにして二人を剥がしにかかる。しかし、土方の足元で粘り続けるあかりも負けてはいない。何とか動きを封じようと食らい付き妨害を繰り返した。逃げるのは叶わないと観念した土方、ならばいっそのこと向かって不意を突くことで隙を作ろうと体勢を向き直すが、脚にしがみつくあかりの服の裾を踏みバランスを崩してしまう。土方はそのままあかりの上に覆いかぶさるようにして盛大に転んだ。
「おーい、トシ入るぞー」
そして、それとほぼ同時に襖越しに声が聞こえ、声の主と他二名が中へ入って来た。
「おーい、トシ。松平のとっつぁんが用事のついでにって……」
部屋に入って来た声の主は真選組を纏め上げる局長の近藤で、その後ろには遊びついでに様子を見に来た警察庁長官の松平片栗虎と沖田が立っていた。
「っ、……チッ」
「い、たたたっ……」
「あかりさん、大丈夫っ?」
「用事(キャバクラ)ついでに来てやったぜぇ……って、何真っ昼間から楽しんでんだゴラァァ」
襖を開けるや飛び込んできた三人のくんずほぐれつ具合に、「おじさんも交ぜなさい」と近寄ってくる松平。近藤は近藤で「ん、ツイスターゲームでもしてたのか!」とノリノリで交ざろうとしてくる。沖田は一瞬、軽蔑を込めた目で土方を見るも、目が合うと面白そうなネタ掴んだりと悪魔的に微笑んでみせた。突然現れた警察トップである松平の姿を見ると、ビシッと姿勢を正してその場で直立する山崎。土方はニヤつく沖田を睨み、舌打ちをして何か小さく吐き捨てるとあかりの上から退き、解放されたあかりは音がしそうなくらい素早く起き上がり正座した。
「おや、あかりさんじゃあねぇですかィ」
今更気が付いたみたく白々しい台詞を沖田が言うと、近藤は一度手を打って「おお、昨日話していた娘さんか」と言った。それから、近藤と松平に自己紹介を済ませてあかりは退散しようとしたが、すっかり二人に捕まってしまいそれは叶わなかった。同時に土方の逃亡も実ることはなく、それどころか自分の部屋を貸し与え大人数を迎える形になってしまった。
*****
「なあ、トシィっ。探してあげようぜトシィィ!!」
人数が増えた事によりあかり及び山崎は今一度状況を説明することになった。そして二人の話を聞き終えるや否や近藤は、部屋の隅で一人煙草を吸い続ける土方の肩を掴み揺さ振り、涙と鼻水を垂らしながら詰め寄ったのだった。あかりの向かいの席に座り話を静かに聞いていた松平も、サングラスの奥に覗く瞳がどこか輝いているようで机の上に置いていたあかりの手を大きな手で包み込んだ。
「おじさんも一緒に探しちゃう。なんだったら住民票も仕事だってあげちゃう!」
「えっ、あの、松平さんっ?お気持ちは嬉しいですけど、それはちょっと困ります……」
終いには「お金だってあげちゃう」なんて言い出す松平。願ったり叶ったりな申し出ではあるが、それを良しとして受け取る訳には流石にいかない。周りの皆でさえ「いや、それはマズイでしょ」とツッコミを入れる始末。
「大丈夫大丈夫、おじさん実はすっごーく偉いから。なんだったらアレだよ、将軍の親父みたいなもんだし」
傍若無人に権力を大盤振る舞いしかねない松平の様子にあかりはこの街、いや、それどころか国が少し心配になった。
「でも、そういうのはしっかり働いて税金も納めて、正規の手続きで貰うものですし……」
流石にそこまでして頂くわけにはいきません、とあかりが丁重にお断りをすると、松平は少し残念そうにしながら「そう?」と渋々引き下がった。ならば話はまた振り出しからか、と大の男が四人も揃って打開策を捻り出そうとしているとその中で一人、これといって真剣には考えていない様子でいた沖田が熱いお茶を啜った後に口を開いた。
「だったらココで働くってのはどうですかィ?」
その言葉に数秒の沈黙が訪れる。そして部屋に居た者全てが首を沖田の方へ向ける。一口に真選組で働くと言われてもどういう意味なのか分かりかねるあかりは、首を傾げてその他の人達の反応を見ることにした。そこから真っ先に反応を示したのは今回の話に一番乗り気だった山崎であった。授業中の模範的な生徒のように指先を揃えて挙手をすると、あかりも気になった疑問を口に出した。
「ウチで働くって、あかりさんも隊士として入隊するってことですか?」
女性隊士としてあかりが入れば密偵の幅も広がるといえば広がる気もしないではないが、「女性には厳しいですよ」と誰もが思い至る結論に行き着いてしまう。
「おいおい、山崎、何も敵の懐に入ること、刀を振るうことだけがココで出来ることじゃないだろィ?」
呆れた様子で腕を組む沖田の姿に自分の考えは外れていたのかと首を傾げた山崎は、ではどういう事だろうと再び考え出す。同様に山崎と沖田とのやり取りを聞いたあかりも小首を傾げる。近藤や松平もいまひとつピンと来ないのか今は邪魔をしないでいるし、土方は相変わらず部屋の端で煙草を吸っていた。察しの悪い部下と上司に呆れ返りながら沖田は口を開いた。
「男だらけのこの真選組、女手があって困る事ァないでしょう?」
溜息を吐くようにして沖田がそう言うと、その場にいた者全ての頭上で電球が点ったようでハッと肩が動く。そして合点のいった近藤がポンと手を叩いて賛同する。
「確かに、居住も兼ねた屯所では掃除、洗濯、炊事、多くが隊士の分担で回っているからなあ。女性が居ればもっと細やかな事に気が付くだろうし、隊の雰囲気も違ってくる……とは思うが」
近藤はもしあかりが居てくれたらと想像し、うんうんと頷きながらもそこまで言うと横目で松平の反応を伺った。近藤は真選組局長ではあるが国の警察に属する、言わば公務員だ。この場に警察庁長官である松平が居たのでは自分一人では判断しかねるのだ。
「それ良いじゃないですかっ、そうしましょうよ!」
それを感じ取り、ここはもう一押ししなくてはと山崎が声を強めて賛成し、隣に座るあかりに向き直ると自分からもアピールするんだと目配せをする。
「あかりさんも、ここなら安心じゃないですか!俺達なら事情も知ってるし、よそで働くよりずっと良いよ!」
ほら、あかりさんも!とウインクをし視線をチラチラと松平の方へ送る山崎。あかりもここまでしてもらって、チャンスを不意にするわけにはいかないと切り出す。
「た、確かに、それはとても助かります。炊事、洗濯、掃除などの家事なら出来ます!それ以外でも私にできる事であれば何でもします!」
自分を思っての山崎や近藤の姿勢に、いつしかあかりも必死になって自身を売り込んだ。
「だから、だから……」
そこまで言ってあかりの言葉が途切れる。この状況でふと、自分の中にストンと落ちる何かをあかりは感じたからだ。最後の言葉、はっきりとした意思表示の言葉を発する事。それがこれからこの世界で生きていかなくてはいけない自分にとって、以前とは比べものにならない重さがあるんだという事。両親がいて、幼馴染みがいて、気の良い友人がいて、甘やかされることが当たり前だった自分は、ここへ来てからも銀時達の優しさに甘えて居候を許された。何て甘ったれだったのだろうと。受け入れられるのを待つんじゃないんだ。受け入れてもらう為に自分で意思を示し、行動しなくちゃいけないんだ。こんな当たり前のことも人にお膳立てしてもらわなければ出来ない子供だったんだと、あかりは初めて理解した。
そして、息を深く吸い込んでーーー
「ここで働きたい、です!」
自分の意思をはっきりと言葉にした。
*****
そこからは拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。あかりの言葉を聞いた松平は二つ返事でOKを出し、近藤も良かった良かったと笑って歓迎した。ここまでずっと親身にしてくれていた山崎は自分のことのように喜んでくれたし、提案をしてくれた沖田も、これからよろしくお願いしやす、と言ってくれた。しかし、その輪に入ってこないこの部屋の主のことがあかりは気になっていた。近藤達がやってきてからというもの、部屋の隅でご機嫌とは言えない表情のまま延々と煙草を吸い続けていた土方。不安に揺れたあかりの瞳に気付いた近藤が土方に「トシ、お前も賛成してくれるだろう?」と声をかけるが、土方は溜め息を吐くように煙を吐き出すだけで肯定はしない。その仕草がより一層、あかりを萎縮させた。
「……」
「折角お仕事決まったのに、なーに暗い顔してるの。それともやっぱり、こんなむさ苦しい所は嫌?嫌だよねぇ、何だったらおじさんの秘書になっちゃう?」
あかりを気遣ってだろう、本気か冗談かも分からないような独特の語り口で、気にするなとでも言うようにあかりの頭にポンと大きな手を乗せる松平。
「ありがとうございます。でも、私はここで働きたいです。ここで頑張りたいので……」
「秘書はまたの機会に」とあかりも冗談で返すようにして微笑んだ。そう言ってみせたあかりに、これなら大丈夫だろうと感じたのか「そりゃ残念、じゃあしばらくしたらまた誘いにでも来るとしますか」と言って仕事に戻るため」、松平は屯所を去っていった。
「そうと決まればあかりちゃん、いつから働きに来られそうだ?」
しばし喜びを分かち合った後、近藤はあかりの出勤日程や業務内容について決めようと提案した。
「ウチとしてはいつ来てくれても、というか今日からだって大助かりなんだが」
「あ、それなら勿論、今日からでも今からでも私は大丈夫です!」
近藤の願ってもない言葉にすぐさま答えると「あ、でも銀さん達やお登勢さんに先に報告した方が良いのかな…」と呟いて考える仕草をするあかり。しかし、数秒後には「警察である真選組で働かせてもらえるわけだし、きっと反対なんてしないよね」という考えに至った。
「まあ、今日からといっても真選組の仕事の説明とか、生活の流れとか、どんな事してもらうかとか、隊士達に紹介するくらいになるだろうがなあ」
どうする?と尋ねた近藤にあかりは元気良く「是非、お願いします!」と答えた。じゃあ、早速……と近藤が真選組について説明を始めようとすると、和気藹々とした部屋の雰囲気とは反対の、一際大きな溜め息が洩れた。溜め息の主を見ると、不機嫌を苛立ちに変え青筋を立てた土方が居り、吸い殻でいっぱいになった灰皿に短くなった煙草を押し付けた。
「……じゃ、じゃあ、話の続きは俺の部屋にするか。な、なあっ、総悟!」
「そうですね、ここじゃあ空気が悪くて気持ちよく話しも出来やせんし」
『誰かさんのせいで』と沖田はあからさまに土方を邪険にするような視線を送り、部屋にうっすらと漂う煙草の煙をわざとらしく手で払った。そして、「こんな部屋じゃあかりさんも嫌でしょう?」とどこか楽しそうに同意を求めてきた。
「えっ?私は……」
突然のキラーパスにあかりはあたふたしながら、返事を待つ沖田と今にも怒りをぶちまけそうな土方を交互に見る。自分は煙草のにおいとか煙とかをそこまで気にする方では無いけれど、別の意味で今ここが悪い空気に包まれているのは分かる。でも、はい、その通りですね。なんて失礼過ぎる言い方も出来るわけがない。と僅かな時間に考えを巡らせる。
「えーっと……そ、そうですね。もう、結構お邪魔して土方さんの時間を取ってしまいましたし……」
何とか当たり障りが無いようにと目を泳がせながら言ったあかりの「そうですね」という言葉に食いついて、再び何か言おうと口を開きかける沖田を、山崎と近藤は大きな声で遮って部屋の外へと引っ張っていった。その場に残されたあかりも三人の後を追おうと早足で廊下へ向かうも、何かを思い出したのか振り返り部屋の中へと戻ってくる。
「……?」
沖田達が去っていったことで今にも爆発しそうな怒りは静まったものの、依然として不機嫌な土方があかりの動向を観察していると、手土産の紙袋の前に膝を着いてゴソゴソと中を漁り始めた。そして、お目当ての物があったのか中から一つの箱を取り出すと包装を確認して頷き土方の元まで来て、そこに正座をした。
「あの、土方さん……これ、昨日はお世話になりました、というつもりで持ってきたんですけど……」
これからもっとお世話をかけてしまう事になってしまってなんですが……と、眉尻を下げながら申し訳なさそうに微笑んだあかりが綺麗な和紙で包まれた箱を土方に差し出した。差し出された箱を片手で受け取って黙ったまま見つめる土方。
「あ、あの、もしかしたら土方さん甘い物は苦手かもしれないかなと思って、中身はおかきにしたんですけど」
良かったら食べて下さいね、と言ってまたぎこちなくあかりは微笑んだ。ああ、だとか、おお、だとかの返事が欲しくもあったが、土方から発せられる言葉が自分を受け入れてくれるものではないかもしれないという恐さもあり、畳み掛けるように言葉を続ける。
「ひ、土方さん!私、頑張りますっ、お役に立てるように精一杯、なので……よろしくお願いします!」
そう言い切って深く頭を下げたあかり。そこに本日何度目かという土方の溜め息が降る。
「はあ……、近藤さんが決めたこことだ。文句なんざねぇさ」
思いも寄らないその言葉にあかりが顔を上げると、土方はもう外方を向いていてどんな顔をしているかは分からなかった。それでも、先程までまとっていた張り詰めた空気が幾分かは優しいものに変わっていたことは伝わった。
「…はいっ」
決して歓迎してくれている訳ではない、でもその言葉だけであかりの表情は見る見るうちに明るいものに変わり、声も弾んだ。不安に包まれた表情から一転して安堵の表情に、更にはすっかり機嫌の良いものに変わったあかりが、今度こそ先に出た三人を追うべく荷物を持って足取り軽く部屋を出ようとする。しかし、閉じようと手を掛けた襖からひょこっと顔を出してきた。まだ、何かあるのか。と土方が静観していると、
「土方さん、ありがとうございます!」
そう言って、あかりは笑顔で襖の向こうへと消えていった。
「……ありゃあ、犬か何かか?」
昨晩の不安を隠せない様子もそうだったが今の隠す気も見られない、パタパタと揺れる尻尾が見えそうなくらいのあかりの喜びように、閉められた襖に向かって土方はそんな言葉を漏らした。
******
「土方さん、そんなに怒ったりしてなかった……よね?」
分かりやすい優しさではないけれど、結果として求職の相談中に無理に追い出すようなことも、真選組で勤めることになったあかりを拒絶することもしなかった土方。決して厄介を歓迎する訳では無いのだろうけれど、渋々でも面倒を見てしまう人なのかもしれないとあかりは感じた。その不器用な優しさがまるで誰かさんと同じようで、二人の顔を思い浮かべると頬が緩んでいくのを抑えられなかった。
「似てますね、なんて言ったらどっちも、違う!って怒りそうな気もするけど。やっぱり……」
「ああ、あかりさん、やっと来やしたか」
笑いがこみ上げてくるのを何とか堪えながら廊下を歩いていると角の向こうから沖田が現れた。待たせてしまったとあかりが沖田の元まで駆け寄ると、おや?と顔を覗き込まれる。
「何か良いことでもあったんですかィ、あかりさん?」
「えっ、そんな締まりのない顔してましたか?」
反射的に両手で頬を覆うあかりに「いや、顔がっていうか雰囲気が。こう……尻尾振ってそうな感じでしたぜ」と人差し指でご機嫌な犬の尻尾をマネて指を振ってみせる沖田。まさか存在しない尻尾で心情を当てられるとは思わなかったあかりは、あるはずもない尻尾を押さえるように今度はお尻に両手をあて「い、いえ、無事に勤め先が決まって嬉しいなあって!あはははっ」と、嘘ではないが厳密には正解ではない言葉で返した。
ついさっきまで不安そうだったり申し訳なさそうだったりしていたのに、自分達が部屋を出てほんの数分でこのご機嫌っぷり。何もない訳はない。機嫌がいいに越したことはないが、あの男相手にこうもルンルンになっていると何というか腑に落ちない。大体、絶対反対みたいに不機嫌オーラ出してたくせに、実はまんざらでもなかったってことか?あのムッツリ野郎。などという思考が過ぎりながらも「そうですね、俺もあかりさんが面白そうな人で嬉しいでさァ」と笑って返した沖田は、近藤達が待っている部屋の方へ足を進める。あかりもその後を追って廊下を歩く。
沖田の言った「面白そうな人で嬉しい」という言葉が少し引っかかる気もしたが、一般的な新参者への緊張をほぐすための歓迎の意味としての言葉なのだろうと、前を歩く男の背中を見ながらあかりは落としどころとした。
******
「動きやすさ追求ということでコレなんてどうだ!」
「局長も好きですねー、俺としてはこういうちょっと古典タイプの控えめでおしとやかな装いで、朝起こしに来てくれたりなんてしたらなあ……なんて!」
「おおっ、敢えての洋装でシチュエーションとのギャップかっ、それはそれで……」
何やら盛り上がっている襖の向こう。
そこへ、到着した沖田がさも当たり前のように確認を取ることなく不躾に入っていく。
「近藤さん、あかりさん連れてきやした」
「お待たせしてすみませ……」
小さくお辞儀をしてからあかりも続くと、そこには、机一杯に何かのチラシらしき紙が広がっていた。近藤の手には可愛らしい女性が体操着にブルマという、昨今、現役ではお目にかかれないであろう装いで恥じらいながらも足を広げているチラシが。そして、山崎の手には黒髪眼鏡で一見清楚な容貌の女性が妖艶に微笑み、クラッシックなメイド服に身を包みながらもスカートの端をギリギリまで捲りあげているチラシがあった。
「すみませんごめんなさい、私もう少し頑張って別の仕事を探してみることにします」
「あ!こ、これは違うんだあかりちゃん!……いや、こういう姿で働くあかりちゃんは可愛いだろうなあっていう気持ちが全く無かった訳では無いけれど、決してそこにイヤラシい意味は無くって!」
「なあ、ザキィィッ!」と一瞬にして汗を噴き出しながら山崎の方へ振り返る近藤。
「そ、そうなんだ!あかりさん服もそんなに無いだろうし、隊服は全部男物だし、仕事する時に何か作業着になるものがあった方が良いかなって!」
取り繕うように言葉を続けた山崎。その説明は理にかなっているはずなのに、その手にしっかりと握られた紙がその道理を引っ込ませ、説得力は激減されていた。しかし、作業着が支給してもらえるのならあかりとしても初期費用がかからず、助かることも確かだ。
「そ、そうでしたか。でも、動きやすさ重視なら普通にジャージとか……ですよね?」
「そうですよね?」とあかりが念を押して二人を見ると、チラシを掲げていた手を机に降ろし「ですよね……」と肩を落とした。すると、落胆した二人とは対照的に安堵で胸をなで下ろしていたあかりの肩を沖田が叩く。
「あかりさんあかりさん、俺としてはコレも捨てがたいところなんですが。いかがですかィ?」
そう言って、鼻を掠めるくらい近くにペラリと紙を突き出す。あまりの近さにピントの合わなかったあかりが一歩引いて確かめると。そこには、面積の限界に挑戦したような水着を着た女性が、その上から複雑な形に縄で縛られた姿があった。
「おおお、沖田さんまで何を言い出すんですか!というか、この格好ではもはや作業着としての役割さえ見失ってますし、仮に動きやすかったとしても絶対に無理です!」
取り敢えず、自分が見ていい類のものでは無いことだけははっきりと分かったあかり。チラシを持つ沖田の手をはたいて視界から強制的に猥褻物を弾き出し、丁重に断りを入れる。
「ありゃ、残念。にしても、あかりさんって意外とツッコミ体質なんですかィ?」
「そういう沖田さんは、ボケ……というか、意外と意地悪な人だったんですね」
「おや、そうですかィ?これでも結構ソフトな対応でお届けしてるつもりなんですが」
「そ、そう……ですか」
何だか昨日までの沖田さんの印象と違う……、とシュンとするあかりの肩に手を置きながら、「ツッコミ側は苦労しますぜィ。まあ、こちらとしては大歓迎ですが」と既に近い未来に抱えるであろう苦労を労い、ポンポンと叩きながらも最後は口の端をクッと上げる沖田。
「作業着……やっぱり、コレにしときませんかィ?」
「しませんっ!!」
懲りずに再びチラシを見せ提案する沖田にあかりは頬を染め瞬時に却下しながら、少し眩暈がする思いだった。
「もう、皆さんがそんな風に意地悪するなら結構です。自分でダッサい芋ジャージでも調達してきます!こう、手首とか足首がキュッとなってる発色もイマイチなやつです!」
「分かった!俺達が悪かった!だからそんな田舎っぺジャージを自ら身に纏うような悲しい決断はしないでくれあかりちゃん!」
せめて最近のスタイリッシュなオサレジャージにしようっ?、と手にしていたチラシをクシャクシャにして、机の上のいかがわしいチラシ達の隠滅に勤しむ山崎に投げつけながら近藤は縋った。
「い、いえ、分かっていただけたならいいんです。私こそ、気を使ってもらっているのに我が侭言ってすみません」
自分で言い出したものの、芋ジャージなど着たくなかったあかりは内心ホッとして、どうやら本気で後悔しているらしい様子の近藤に微笑んだ。
「ところであかりさん、作業着の事なんですが……」
「そうですね。自分で芋っぽくないジャージを買ってこようと思いま……って、まだその紙持ってるんですかぁぁ!!」
「嫌だなあ、あかりさん。天丼は基本中の基本じゃないですかィ?」
気を抜いてチラシを直視してしまい耳まで真っ赤に染めたあかりを見て満足げな顔で笑いの基本を説いた沖田は、それを簡単な紙飛行機にして先程の近藤と同様に山崎に向けて飛ばした。
「痛っ、ちょ、先が尖ってるから地味に痛いんですけど!」
「良かったじゃねーか、地味なお前にピッタリな苦しみで」
「鬼か、アンタは!」
「もう、話を先に進めてくださいお願いします……」
それから、何事もなかったように席に着き「そうだぞ!お前ら、あんまりあかりちゃんを困らせるんじゃない!」などと言う近藤に、どの口が言っているのかとツッコミたくなる衝動を何とか留め、あかりは漸く本題に戻る道筋を立てた。
そして漸く、この国がほんの数年前まで天人と呼ばれる他の星からの住人と激しい戦いがあったこと。しかし、追い出すことは出来ず結果として受け入れる形になったこと。それにより、天人の一部が国に大きな影響をもたらす現状になったこと。しかし、彼らとの接触もあって、急激に近代化され国が豊かになったこと。戦乱の終わりによって侍の役割がなくなっていったこと。それでも、天人を排斥できない幕府に不満を持ち現状を変えようと戦う侍がいること。安定しているように見える町の直ぐ裏側には、いつまた動乱の時代になっても可笑しくない要素が抱えられたままのこの江戸。ここで真選組は対テロ組織として存在している武装警察だということ。
大まかになのだろうが、そういう世の中なのだということをあかりは近藤達から聞いた。
「テロっつっても幕府は殆ど天人の言いなりだから、しょっぴくのは攘夷志士ばっかですがねィ」
「同じように国を思っているのに敵対しているなんて、なんだか悲しいですね……」
「まあ、心配しなくてもあかりさんも奴らを見たら気にくわなくなりやす」
「そ、そういうものでしょうか」
同じ国民同士が対立する形になっていても行使する内容は他を相手にする場合と何ら変わらないからなのか、本当に相対する攘夷志士の面々が気にくわないのかは定かではないが、沖田の口振りから今の所は双方の間に一触即発ほどの緊張状態はないのかもしれない。
「大丈夫だ。こんな仕事を任せられるくらいなんだから、俺達だって只のお巡りさんじゃあない。それに、あかりちゃんにしてもらうのはこの屯所での仕事だから、危険な現場に出るようなことは絶対にないからな!」
だから安心して働いてほしい。と言った近藤の顔はさっきのいかがわしいチラシを手に弁明していた時とはまるで違う、真選組という組織を率いる男のものになっていて、彼のこういう人柄にここの人達は惹かれて道を共にしているのだろうかとあかりは少し感じた。
「はい。皆さんの働きが江戸の暮らしを守っているんですね。私もちゃんとその手伝いになるよう頑張ります!」
この世界のこれまでの出来事を聞き、そこを守る仕事を任されているという真選組の話を聞いて、先程までの悪ふざけもどこへやらと気持ちを新たにしたあかり。しかし、同席する面々はどこかしっかりと視線を合わせずに肩を寄せ、何かコソコソと話し出す。
「あの、どうかしました?」
「……いや、何でもないっ、何でもないぞあかりちゃん!」
「大丈夫なんですか、局長。なんかあかりさん、俺達のこともの凄く真っ当な警察組織だと思ってません?いや、警察なんですけどっ……」
「……?」
それから、真選組が江戸の町ではチンピラ警察と言われ基本煙たがられていることをあかりが知るのは、家へ帰って勤め先を銀時たちに報告した時になるのだが、ここでそれを知ることは無かった。
*****
江戸の現状、真選組の仕事、これから屯所でやっていくことになる仕事、建物の案内、隊士への紹介など、この日に出来ることは全て済ませたあかりが近藤らに挨拶をして真選組屯所を後にしようと門を潜ると、少し前に出ていたのか先を歩く黒い隊服の背中が揺れていた。
「土方さん!」
「……あ?」
不意に背後から呼ばれ面倒そうに首を少しだけ捻った土方はあかりの姿を確認すると、より一層面倒くさそうな顔をしてから立ち止まり、その場で身体を進行方向から180度変えた。
「なんだ」
「あ、いえ、後ろ姿が見えたのでつい声をかけてしまいました。土方さんは……えーと、見回りですか?」
あかりが駆け寄って横に並ぶと向きを戻して歩き出す土方。そして、「いいや」と短く否定すると胸ポケットを探って煙草の箱を取り出す。しかし、もう空だったらしく二、三度指で叩くとそれをクシャっと握り潰した。
「ああ、煙草ですね!ご一緒してもいいですか?」
「ああ?なんでお前がついてくるんだよ」
「ええと、土方さんの吸っている銘柄が分かればこれからは私が買いに行けばよくなるかな、と思いまして」
「駄目ですか?」と率先して使いっぱしりを買って出るあかりをおかしな奴だとは思いつつも、無くなりそうになったら買い足しに走ってくれる人間がいるのは決して悪くはないと結論を出し、土方は同行を許すことにした。概ね最寄りのコンビニでカートン買いしているから店員とも顔馴染みで、店側も大体のペースを把握して切らすことはない、と教えてもらいながら土方が握り潰した箱を広げてパッケージを覚えるあかり。この調子で無駄に律儀なまま真選組でやっていけるのだろうか、と一抹の不安も感じもしたがケロッと心持ちが変わったりする辺りを見ると、もしかしたら存外に図太い神経をしているのではないのだろうかという可能性も感じながら、パッケージを観察するあかりを観察する土方。
「……どうかしましたか?」
つむじを見せて煙草の箱に夢中だったあかりが覚え終えたのかスッと顔を上げると、そのあかりを観察していた土方と視線がかち合う。
「いや、別に。それより、万事屋の方はどんな感じなんだよ。あそこ、住めるのか?」
つうか、飯ちゃんと食えるのか、あそこに居て。と思いがけずに案ずる言葉をかけられたあかり。事務所兼住居だから生活に必要な浴室や台所もあるし、朝食だってちゃんと食べてきたあかりは、そんなに心配されるようなところは無いはず……と、「はい、人様のお家をこう言うのもなんですが普通に住めますよ?」返す。
「おい、ちなみに今朝はなに食ってきた」
「卵かけご飯………ですね」
「だけかよっ」
卵かけご飯と呟いた後、数秒思い起こす様子を見せながらも完結させたあかりにすかさずツッコむ土方。
「銀さんはご飯にあずきをたっぷりかけて、神楽ちゃんはふりかけを沢山かけるのを銀さんに止められて……あっ、お漬け物もありました!」
明るく答えるあかりの話を聞き、それぞれが茶碗を持って思い思いのトッピングをしながら、時折テーブルの真ん中に置かれた漬け物をつつく何とも侘しい光景が浮かんでしまった土方。
「……お前、少しまとまった金が出来たら出てくことも考えに入れとけよ」
こいつの稼ぐ金があいつらの生活に消えていくのだろうか、と考えると難儀に思えてきたのかボソッとそんなことを呟く土方。
「そう、ですよね……。あくまで行くところもお金も無いから一時的に置いてくれるんですもんね。自立できるようになったら出て行くのが当然、ですよね」
自分は万事屋ではなくお前の将来を案じて言ったつもりだったんだが、と思いつつも早いところあいつらの極貧生活から抜け出せるのならその捉え方でも何の問題もないだろうと、特に訂正することもなく土方は会話を終えた。それから、屯所近くのコンビニで予定通りタバコを買い、土方とあかりはそこで別れた。買ったばかりのタバコの箱から早速一本取り出し、ニコチンを補給する土方。どんどん小さくなって人混みの中へ消えていくあかりの後ろ姿を見ながら、何だかなあ、と今日一番の優しい溜め息とともに煙を零した。
*****
あかりが帰宅する頃にはもう陽が落ち始めており町並みは茜色に染まっていた。
「ただいま戻りました!」
「おや、随分遅かったね」
万事屋ではなく準備中と表に札が出ているスナックお登勢へ真っ先に顔を出したあかり。手土産を持って行けたことの礼と、持たせてもらった額をちゃんと返すという約束。局長にも挨拶ができ目的を果たせたことを報告するためだ。そして、最後に本日最も大きな成果を笑顔で伝える。
「お登勢さん、私、ありがたいことに勤め先が決まりました!」
「そりゃあ、結構なことだが……その日の内にに決まるなんて、ちゃんとした所なのかい?」
まさか、歳を騙くらかしていかがわしい店で働くなんてこと言わないだろうね?、と都合よく決まった職場に疑いの念を抱くお登勢。すると、そう言われることも予想の範囲内、寧ろそういう振りが欲しかったと言わんばかりににんまりとするあかり。
「それはもう、ちゃんとした所ですよ。何せ……真選組の屯所で働けることになったんですから!」
胸を張って言うあかりにお登勢は一瞬だけ目を見開くとそれをゆっくりと閉じて「また、あんたは……難儀な子だねえ」と溜め息のように零した。あかりが予想していた反応と若干の差異はあったものの、その後すぐに「まあ、社会的にはちゃんとしたところって扱いにはなるのかねえ」と認めてくれるお登勢。そして、カウンターの奥からグラスを取ると「それじゃあ、お祝いだ」と言ってジュースを注いであかりに持たせ、飲みかけの酒が入った自分のグラスと合わせて音を鳴らした。
「いただきます」
ジュースではあるが普段は酒が注がれるグラスに口を付けスナックのママにこうして認められると、少し大人になれたような気がしたのか満足げな表情であかりは喉を潤した。
「あんた、このことは銀時達にはもう言ったのかい?」
「いえ、たった今帰ってきたところなのでまだですけど」
「そうかい」と言って少し考える様子を見せたお登勢に、やはりこういうことは拾ってくれた銀時に一番に報告すべきだっただろうか……、と思っているとお登勢は「なら、もう少しここに居な」と言って店の仕込みを再開させた。もう少しとはどれくらいの間なのか、そもそも何故そんなことを言ったのか理解できないままあかりは大人しくカウンターに座ってジュースを飲んだ。
すると、それから10分もしない内にまだ暖簾を出していない店の入り口から銀時が入ってきた。
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