長篇
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昼間とは違う顔を見せる夜の街を二人は歩いていた。二人というのは勿論、真選組に保護されていたあかりとそこから彼女を連れ戻した銀時のことだ。無言で先を行く銀時の背を街の賑やかさで見失わないよう速足になったり、小走りになったりしながら、それでも一定の距離を保ったままあかりは後ろを歩いていた。
「……」
「……」
話しを切り出し難く、どこか居心地の悪い空気が二人の間には漂っていた。数歩走って距離を詰めてから、かったるそうに左右に揺れる背中にあかりは控えめに声を掛けた。
「あの、坂田さん」
「……」
雑踏に飲み込まれてしまったのだろうか、背中は振り返ること無く規則的に揺れたままだった。仕方が無いのでまた数歩走って、さっきよりも距離を詰める。
「あの……坂田さん」
「……」
声が小さいのだろうか、銀時にはあかりの声が届いていないようだった。仕方が無いのでもう一度、数歩走って声を掛けることにした。しかし、今一度駆け出したところで大きな背中は突然止まってあかりの方に振り返る。予期せぬ動きに反応が出来ないままあかりは銀時にぶつかった。
「坂田さ……わっ」
「なんだ」
ぶつかり様によろけたあかりの肩を片手で支え正してやると、すぐにその手を離して銀時は応えた。
「何って、その……」
あかりには聞きたいことが幾つもあった。どうして自分を捜しに来てくれたのか、土方達の元から連れ出したのか、こうして今一緒に歩いている理由に、そしてこれから向かう先がどこなのかも。
「何で無視するんですか」
「……あ?」
聞きたいのはそんなことじゃない、言いたいのはそんなことじゃない、なのに口をついて出たのは可愛らしさも無い言葉。同じようなことをして日中逃げ出したというのになんて学習能力の無い振る舞いだろうと、すぐさま背に張り付いてきた後悔の感覚に肩が重くなりながらも、あかりはこれ以上余計なことを言わないようにとただじっと銀時を見詰めた。
「無視してねぇし」
「こうして振り返ってるだろ?」と銀時は悪びれる様子もなく言ってみせる。捻くれていないで早く素直な気持ちで言葉を紡がなくては。きっとまた、自らが作った状況に逃げ出したくなる。何から言おう、何て言おう、減らず口ならぽんぽんと出るのに飾らない言葉が出て来ない。ああでもない、こうでもないと考えているあかりの頭の上に、不意に何かの重さが加わった。
「んな、泣きそうな顔するなよ」
「銀さんが泣かしてるみたいだろ?」そう言うと、頭をくしゃくしゃと犬でも撫でるみたいに少し雑に撫でられる。一瞬髪が乱れることが気になったが銀時の手の温かさでそれは直ぐに消えた。
「……?」
どうやらあかりは泣きそうな顔、をしていたらしい。相変わらず言葉は見付からないし、銀時の行動の意図も分からず、あかりが俯いているとわざとらしい溜め息の後に後頭部を掻く仕種をしてみせる銀時。
「あのなー、幾らあんな……昼にあんな別れ方したからって、右も左も分からねぇ奴を見捨てて野宿させるほど、銀さん鬼じゃないし?」
「あれは言葉の文って言うか……」と語尾をぼかしつつばつが悪そうに言う銀時に、益々訳が分からない状態になるあかり。譲歩に譲歩した言葉をこれほどぞんざいに扱われようとは思いもしなかった銀時は、さっきよりも更に乱暴にあかりの頭を撫でる。
「さ、坂田さんっ」
「いいから、黙ってついて来い。家に帰るぞ」
「帰るって」
頭を撫でながら聞こえるかどうかの小さな声でそれだけ言うと、あかりの頭を撫でていた手で額を小突いた銀時は前へ向き直って再びすたすたと歩きだした。髪をボサボサにされたままその場に取り残されたあかりは、銀時の手が置かれていた頭に手を添え僅かに残った感覚を確かめる。絡まってしまった箇所が三つ位あるのが分かった。
「坂田さん、今、帰るって……」
「帰るぞ」そう言った銀時の声が幾つもの音で重なりながら、あかりの中で鳴り響く。
「それって……」
あかりは抱き始めた期待を隠しきれない瞳で銀時の背に問い掛ける。すると思い出したように顔を上げた銀時は背中を見せたまま「それはそうと」と切り出した。
「さっきから坂田さん坂田さんって……違う方の坂田さん思い出すから、やめてくんない?」
「え?」
「それ以外なら銀時でも銀さんでも銀ちゃんでも、銀時様でも構わねえから」
脈絡の無いように思われることをそこまで言うと振り返り、口許を少し上げて微笑む銀時。夜のネオンに照らされた銀時の表情は、あかりには少し不敵に映った。真っ直ぐな瞳であかりを捉えた銀時は「さあ、お前はどうする?」そう言いたげに返事を待っていた。そんな銀時の姿を眼前にしたあかりはもうあれこれ考えることはやめて、自然と足を踏み出した。そして、銀時を正面にして立ち―――
「銀さん!」
はにかみながら応えた。
第1.5話 星空の夜に
「という訳で、危ない野獣共の蔓延る夜の街から、この不良娘を補導してきました」
銀時に連れられたあかりがスナックお登勢に帰ると、捜索から一度様子を確かめるために帰ってきていた神楽に抱きしめられ歓迎された。
「あかりーっ、どこ行ってたアル!めっちゃ捜したネ!」
「ご、ごめんね神楽ちゃん」
神楽の後ろで新八は漸く再会出来た尋ね人の姿に安堵の表情を見せ、お登勢は突然出て行ったことを少しだけ咎めると「おかえり」と言ってくれた。それから、店を飛び出した後のことをあかりと銀時は皆に説明した。その時、銀時の説明の所々に強い脚色がみられたことは、容易に想像が出来ることだろう。10分とかからない内に一通りの説明に区切りがつくと、お登勢はあかりに言う。
「突然の状況に参っちまうのは分かるけどねぇ。だからこそ、アタシ達を頼ってくれて良かったんだよ?」
「……ごめんなさい」
「別に責めてる訳じゃないさ。それに、ちょっと怪我はしちまったが無事に帰ってきて良かった」
包帯が巻かれたあかりの頭をちらりと見ながら、お登勢は溜め息と一緒に笑みを零す。
「お登勢さん……」
こんなにも心配してくれていた人達が居たことにも気付かず自分のことしか考えていなかった自分を恥じたあかりが申し訳なさに俯いていると、お登勢はキセルを口許から離して細い煙を吐きながら、「何はともあれ、疲れただろう?今日はもう休みな」そう床に就くよう言った。銀時達もあかりの捜索に江戸中を駆けずり回り、今は漸く見付かった安堵から疲れにどっと襲われていた。
「それじゃあ、今日のところは帰りますね」と新八が言うのを合図に万事屋一行は解散することに。とはいっても、銀時と神楽はスナックの上を事務所と兼住居にしているので二階へ上がるだけではあるが、そんな二人に連れられあかりも万事屋へ戻る。今夜のところは一先ずソファを借り、長く奇妙な一日の終わりを迎えることとなるのだった。
*****
夜、もう時計の針は一時を回っていた。神楽は定位置らしい押し入れの中で僅かにいびきをかいている。銀時は事務所と襖で別れる隣の和室で休んでいる、音は特に聞こえない。そしてあかりは事務所の床の上で定春にもたれながら、窓から覗く星空を見ていた。最初、ソファで横になって眠るつもりであったが定春が擦り寄ってきて、その柔らかさと温かさにこれは定春と眠った方が気持ちが良さそうだ、となり今に至る。大人一人以上には大きいであろう身体の定春は、あかりが寄り掛かる程度では負担もそうないらしくて全く気にする様子もなく眠っている。常識的規格から外れている定春も仕種の一つ一つは普通の犬と変わらないもので、大変可愛らしい。
「定春、気持ちよさそう」
定春の頭を撫でながら一日の出来事を思い返すあかり。今日は自分にとってなんてことのない、ありふれたいつも通りの一日でそんな放課後のはずだった。それなのにどうしたことか目が覚めるとここに居て、どうやら空から落ちてきたのだという。この街は『江戸』らしいが、どうやら自分の知ってる江戸とはまた違うようだった。街はビルなんかが建っていながらも基本的に瓦屋根の家屋が多く、住む人々の服装からしても少し昔の日本、という感じだった。
そして何より自分の知る世界と異なるのは、見たことのないの装いをした人達。どうやら彼らは天人という違う星から来た人々らしい。星と星で行き来が出来る辺りは文明が進んでいるようにも思えるが、それと同時にこの街には侍も存在した。しかし、どうやら侍は今の時代では肩身の狭い思いをさせられているようで、主に存在として残されているのが真選組のような幕府の組織、それを覆そうとする攘夷志士、後は武術の流派として続けていけるだけの力をもつ道場などの一門くらいで、後は生業を変えたり廃れていっているのが現状だそうだ。
「何だかやっぱり、とんでもない所に来ちゃったのかな……」
自分の持つ学生証の住所は無いし、住民票だって無い。帰る手立てだって見当はつかないし、おまけに元居た場所よりも物騒ときた。これから自分はどうしていけばいいのか、どう生きていけばいいのか、元居た世界はどうなっているのか。
「弘樹、心配してるかな……」
幼馴染みで世話焼きな弘樹が頭を過ぎる。
「はあ……」
定春に顔を埋めながら溜息をつく。もたれたままゴロゴロ転がってもみるが、定春に起きる気配は無い。
「あんなにバタバタだったのに、全然眠れないよ……」
何度も体勢を変えながらなんだかんだで仰向けに落ち着く。窓の外は自分の悩みなど知ったことかとでもいうような星空で、段々考えるのがどうでもよくなってくるほどだった。寝転んでいた体勢から起き上がり、もう少し星を見ようと窓に近付く。建物と建物との間からではあるけれど、その星空は綺麗なものだった。
「知らない場所でも空は一緒……か」
知ってる人の誰も居ない、知ってる場所も全くないこの江戸に放り込まれたけれど、それでも降り注ぐ星の美しさは自分の知ってるそれとは何ら変わりがなくて、それがたった一人宇宙に投げ出されたような自分に安心感を与えてくれた。
「もっとよく見たいな。外に出たら見えるかな」
静かに窓を開けると夜のひんやりとした空気がすうっと部屋の中に入って来た。窓から身を乗り出して空と街の様子とを見較べる。深夜だというのに街は眠ることを知らないのか、昼間とは違う照明がゆらゆらと揺れながら、めかし込んだ男女や完全に酔いの回ったサラリーマン、客引きをするちょっと強面の人などが行き来している。
「外には……出ない方がいいかも」
どうやら自分がこの街の夜へ繰り出すのはまだ早そうだ。諦めて窓から星空を眺めることにすると、襖の引かれる音と共に声が投げられる。
「そうだな、お前にはまだ早ぇよ」
「銀さん」
窓のサッシに手を添えたまま顔だけ音のした方へ向けると、寝巻姿の銀時が髪をかき上げながらあかりの方へ歩いてきた。そして隣まで来ると壁に手をついて、先程のあかりのように窓から星空を見上げる。星空を眺めたまま銀時は小さく「眠れないのか?」と尋ねた。
「ドタバタした一日だったけど、気絶したりしていたせいか、あまり眠くなくて」
「星空に耽っていました」なんて風には言えず困りました、と苦笑いを浮かべるあかり。そんなあかりを見ると銀時は「それじゃ、良いもの見せてやるよ」と言って突然サッシに足を掛け窓の外に身体をだしてしまう。
「ぎ、銀さん、何してるんですかっ」
その行動に驚きあかりも窓から身を乗り出して止めようとすると、頭上から銀時の声が降ってきた。
「ほら、お前も来いよ」
あかりが急いで顔を上げるとそこには、星空をバックにして銀時がこちらに手を差し延べていた。あかりが手を重ねようか戸惑っていると銀時は更に腕を伸ばし催促する。
「あかり」
「は、はい!」
強く見詰められ名前を呼ばれ、半ば反射的に銀時の手に自分の手を重ねるとあかりは勢いよく引かれ、窓から身体が全て出てしまった。
「待って、銀さんっ」
危ない、と縮こまるあかりの腕を更に力強く引き、腰に腕を回すと一気に屋根の上へ引き上げ二人で倒れ込んだ。瓦屋根の上に転げた筈なのにあかりの身体に痛みはなく、それどころか柔らかさと温かさに包まれていて、頭上からは穏やかな銀時の声が降りかかる。
「ほら、見てみろよ」
銀時に促されてあかりが恐る恐る目を開けると、銀時の顔がこれでもかというくらい近くにあった。
「ぎぎぎ、銀さんっ、近い!物凄く近いです!」
開いた視界のお陰で漸く銀時に抱き留められていることに気が付くと、あかりは何とかして離れようと暴れ出す。
「ちょ、お前馬鹿!大人しくしろっ、落ちんだろうが!」
「いや、あの、でもっ……」
「いいからっ、いいから落ち着いて、ここ座れ!」
不安定な屋根の上で一人テンパり暴れるあかりをどうにか落ち着かせ、隣に座らせると銀時はもう一度「ほら」と言って今度は空を指さしてみせた。
「え……空?」
やっと落ち着きを取り戻してきたあかりが言われた通りに空を見上げると、そこには窓から覗くのとは比べものにならないほど美しい星空が広がっていた。
「わあ……、凄い。凄い凄い、凄いです銀さん!……綺麗」
引き込まれるようにして瞳を輝かせ息を飲んだかと思えば、次の瞬間には銀時の服の裾を握り締めて興奮した様子で感動を伝えるあかり。「あー、知ってる知ってるー」と銀時が返すとまた瞳を空に向かって輝かせ、最後に溜息のように綺麗と呟いた。
「窓から見るよりずっと広くて良いだろ?」
「はい、本当に」
暫くの時間、お互いに話すことも無く只々星空を眺めていた。銀時は飽きることなく隣で星を見続けるあかりを視界の隅に入れながらぽつりと尋ねた。
「空は……同じか?」
「空、ですか?」
銀時の言葉にあかりは首を傾げながら視線を返した。
「お前が今まで見てきた空と、この空は同じか?」
今度はしっかりとあかりに向き直って真剣な表情で質問を繰り返した。あかりの頭の中ではさっきまで部屋で考えていたことが蘇る。知らない場所、知らない人ばかりの中で一つだけ見つけた知っているもの。それが空の表情だった。戻れるかどうかも何も分からず、幾らかの不安が胸の中に有った中で不意に見つけたもの。それを見透かされたのだと知って初めて、あかりは銀時が自分のことをこんなにも気にかけてくれていたのだと理解した。昼間はあんな風に言い合っていたけれどあかりを見つけ出してくれたのも、連れて帰ってくれたのも、今この不安に真っ先に気付いてくれたのも、銀時だった。
嬉しいのと申し訳ないのと不安なのと、でも、それらが少しだけ解かれている感覚に困惑しながらも、あかりは「同じです」と小さく答えた。それを聞いた銀時はそうか、と短く相槌を打つと再び星を眺めて、一言「まあ、大丈夫だろ」と呟いた。何がどう大丈夫だとか具体的な言葉は何一つ無かったけれど、何故かそれだけであかりは安心出来たような気がした。それから、もう暫くだけ静かに空を眺めて「そろそろ冷えてきたな」という銀時の言葉で二人は屋根を降りた。事務所の床では定春が変わらない位置と体勢で眠っていた。
銀時はさっさと寝ろよとだけ言うと襖の向こうの部屋へ帰っていった。あかりは毛布で身体を包むようにすると床で眠る定春に寄り添う。すると、さっきまで眠れなかったことが嘘だったように瞼は勝手に降りてきて、あかりの意識は薄れていった。
長かったあかりの一日は漸く幕を閉じた。
終
_
「……」
「……」
話しを切り出し難く、どこか居心地の悪い空気が二人の間には漂っていた。数歩走って距離を詰めてから、かったるそうに左右に揺れる背中にあかりは控えめに声を掛けた。
「あの、坂田さん」
「……」
雑踏に飲み込まれてしまったのだろうか、背中は振り返ること無く規則的に揺れたままだった。仕方が無いのでまた数歩走って、さっきよりも距離を詰める。
「あの……坂田さん」
「……」
声が小さいのだろうか、銀時にはあかりの声が届いていないようだった。仕方が無いのでもう一度、数歩走って声を掛けることにした。しかし、今一度駆け出したところで大きな背中は突然止まってあかりの方に振り返る。予期せぬ動きに反応が出来ないままあかりは銀時にぶつかった。
「坂田さ……わっ」
「なんだ」
ぶつかり様によろけたあかりの肩を片手で支え正してやると、すぐにその手を離して銀時は応えた。
「何って、その……」
あかりには聞きたいことが幾つもあった。どうして自分を捜しに来てくれたのか、土方達の元から連れ出したのか、こうして今一緒に歩いている理由に、そしてこれから向かう先がどこなのかも。
「何で無視するんですか」
「……あ?」
聞きたいのはそんなことじゃない、言いたいのはそんなことじゃない、なのに口をついて出たのは可愛らしさも無い言葉。同じようなことをして日中逃げ出したというのになんて学習能力の無い振る舞いだろうと、すぐさま背に張り付いてきた後悔の感覚に肩が重くなりながらも、あかりはこれ以上余計なことを言わないようにとただじっと銀時を見詰めた。
「無視してねぇし」
「こうして振り返ってるだろ?」と銀時は悪びれる様子もなく言ってみせる。捻くれていないで早く素直な気持ちで言葉を紡がなくては。きっとまた、自らが作った状況に逃げ出したくなる。何から言おう、何て言おう、減らず口ならぽんぽんと出るのに飾らない言葉が出て来ない。ああでもない、こうでもないと考えているあかりの頭の上に、不意に何かの重さが加わった。
「んな、泣きそうな顔するなよ」
「銀さんが泣かしてるみたいだろ?」そう言うと、頭をくしゃくしゃと犬でも撫でるみたいに少し雑に撫でられる。一瞬髪が乱れることが気になったが銀時の手の温かさでそれは直ぐに消えた。
「……?」
どうやらあかりは泣きそうな顔、をしていたらしい。相変わらず言葉は見付からないし、銀時の行動の意図も分からず、あかりが俯いているとわざとらしい溜め息の後に後頭部を掻く仕種をしてみせる銀時。
「あのなー、幾らあんな……昼にあんな別れ方したからって、右も左も分からねぇ奴を見捨てて野宿させるほど、銀さん鬼じゃないし?」
「あれは言葉の文って言うか……」と語尾をぼかしつつばつが悪そうに言う銀時に、益々訳が分からない状態になるあかり。譲歩に譲歩した言葉をこれほどぞんざいに扱われようとは思いもしなかった銀時は、さっきよりも更に乱暴にあかりの頭を撫でる。
「さ、坂田さんっ」
「いいから、黙ってついて来い。家に帰るぞ」
「帰るって」
頭を撫でながら聞こえるかどうかの小さな声でそれだけ言うと、あかりの頭を撫でていた手で額を小突いた銀時は前へ向き直って再びすたすたと歩きだした。髪をボサボサにされたままその場に取り残されたあかりは、銀時の手が置かれていた頭に手を添え僅かに残った感覚を確かめる。絡まってしまった箇所が三つ位あるのが分かった。
「坂田さん、今、帰るって……」
「帰るぞ」そう言った銀時の声が幾つもの音で重なりながら、あかりの中で鳴り響く。
「それって……」
あかりは抱き始めた期待を隠しきれない瞳で銀時の背に問い掛ける。すると思い出したように顔を上げた銀時は背中を見せたまま「それはそうと」と切り出した。
「さっきから坂田さん坂田さんって……違う方の坂田さん思い出すから、やめてくんない?」
「え?」
「それ以外なら銀時でも銀さんでも銀ちゃんでも、銀時様でも構わねえから」
脈絡の無いように思われることをそこまで言うと振り返り、口許を少し上げて微笑む銀時。夜のネオンに照らされた銀時の表情は、あかりには少し不敵に映った。真っ直ぐな瞳であかりを捉えた銀時は「さあ、お前はどうする?」そう言いたげに返事を待っていた。そんな銀時の姿を眼前にしたあかりはもうあれこれ考えることはやめて、自然と足を踏み出した。そして、銀時を正面にして立ち―――
「銀さん!」
はにかみながら応えた。
第1.5話 星空の夜に
「という訳で、危ない野獣共の蔓延る夜の街から、この不良娘を補導してきました」
銀時に連れられたあかりがスナックお登勢に帰ると、捜索から一度様子を確かめるために帰ってきていた神楽に抱きしめられ歓迎された。
「あかりーっ、どこ行ってたアル!めっちゃ捜したネ!」
「ご、ごめんね神楽ちゃん」
神楽の後ろで新八は漸く再会出来た尋ね人の姿に安堵の表情を見せ、お登勢は突然出て行ったことを少しだけ咎めると「おかえり」と言ってくれた。それから、店を飛び出した後のことをあかりと銀時は皆に説明した。その時、銀時の説明の所々に強い脚色がみられたことは、容易に想像が出来ることだろう。10分とかからない内に一通りの説明に区切りがつくと、お登勢はあかりに言う。
「突然の状況に参っちまうのは分かるけどねぇ。だからこそ、アタシ達を頼ってくれて良かったんだよ?」
「……ごめんなさい」
「別に責めてる訳じゃないさ。それに、ちょっと怪我はしちまったが無事に帰ってきて良かった」
包帯が巻かれたあかりの頭をちらりと見ながら、お登勢は溜め息と一緒に笑みを零す。
「お登勢さん……」
こんなにも心配してくれていた人達が居たことにも気付かず自分のことしか考えていなかった自分を恥じたあかりが申し訳なさに俯いていると、お登勢はキセルを口許から離して細い煙を吐きながら、「何はともあれ、疲れただろう?今日はもう休みな」そう床に就くよう言った。銀時達もあかりの捜索に江戸中を駆けずり回り、今は漸く見付かった安堵から疲れにどっと襲われていた。
「それじゃあ、今日のところは帰りますね」と新八が言うのを合図に万事屋一行は解散することに。とはいっても、銀時と神楽はスナックの上を事務所と兼住居にしているので二階へ上がるだけではあるが、そんな二人に連れられあかりも万事屋へ戻る。今夜のところは一先ずソファを借り、長く奇妙な一日の終わりを迎えることとなるのだった。
*****
夜、もう時計の針は一時を回っていた。神楽は定位置らしい押し入れの中で僅かにいびきをかいている。銀時は事務所と襖で別れる隣の和室で休んでいる、音は特に聞こえない。そしてあかりは事務所の床の上で定春にもたれながら、窓から覗く星空を見ていた。最初、ソファで横になって眠るつもりであったが定春が擦り寄ってきて、その柔らかさと温かさにこれは定春と眠った方が気持ちが良さそうだ、となり今に至る。大人一人以上には大きいであろう身体の定春は、あかりが寄り掛かる程度では負担もそうないらしくて全く気にする様子もなく眠っている。常識的規格から外れている定春も仕種の一つ一つは普通の犬と変わらないもので、大変可愛らしい。
「定春、気持ちよさそう」
定春の頭を撫でながら一日の出来事を思い返すあかり。今日は自分にとってなんてことのない、ありふれたいつも通りの一日でそんな放課後のはずだった。それなのにどうしたことか目が覚めるとここに居て、どうやら空から落ちてきたのだという。この街は『江戸』らしいが、どうやら自分の知ってる江戸とはまた違うようだった。街はビルなんかが建っていながらも基本的に瓦屋根の家屋が多く、住む人々の服装からしても少し昔の日本、という感じだった。
そして何より自分の知る世界と異なるのは、見たことのないの装いをした人達。どうやら彼らは天人という違う星から来た人々らしい。星と星で行き来が出来る辺りは文明が進んでいるようにも思えるが、それと同時にこの街には侍も存在した。しかし、どうやら侍は今の時代では肩身の狭い思いをさせられているようで、主に存在として残されているのが真選組のような幕府の組織、それを覆そうとする攘夷志士、後は武術の流派として続けていけるだけの力をもつ道場などの一門くらいで、後は生業を変えたり廃れていっているのが現状だそうだ。
「何だかやっぱり、とんでもない所に来ちゃったのかな……」
自分の持つ学生証の住所は無いし、住民票だって無い。帰る手立てだって見当はつかないし、おまけに元居た場所よりも物騒ときた。これから自分はどうしていけばいいのか、どう生きていけばいいのか、元居た世界はどうなっているのか。
「弘樹、心配してるかな……」
幼馴染みで世話焼きな弘樹が頭を過ぎる。
「はあ……」
定春に顔を埋めながら溜息をつく。もたれたままゴロゴロ転がってもみるが、定春に起きる気配は無い。
「あんなにバタバタだったのに、全然眠れないよ……」
何度も体勢を変えながらなんだかんだで仰向けに落ち着く。窓の外は自分の悩みなど知ったことかとでもいうような星空で、段々考えるのがどうでもよくなってくるほどだった。寝転んでいた体勢から起き上がり、もう少し星を見ようと窓に近付く。建物と建物との間からではあるけれど、その星空は綺麗なものだった。
「知らない場所でも空は一緒……か」
知ってる人の誰も居ない、知ってる場所も全くないこの江戸に放り込まれたけれど、それでも降り注ぐ星の美しさは自分の知ってるそれとは何ら変わりがなくて、それがたった一人宇宙に投げ出されたような自分に安心感を与えてくれた。
「もっとよく見たいな。外に出たら見えるかな」
静かに窓を開けると夜のひんやりとした空気がすうっと部屋の中に入って来た。窓から身を乗り出して空と街の様子とを見較べる。深夜だというのに街は眠ることを知らないのか、昼間とは違う照明がゆらゆらと揺れながら、めかし込んだ男女や完全に酔いの回ったサラリーマン、客引きをするちょっと強面の人などが行き来している。
「外には……出ない方がいいかも」
どうやら自分がこの街の夜へ繰り出すのはまだ早そうだ。諦めて窓から星空を眺めることにすると、襖の引かれる音と共に声が投げられる。
「そうだな、お前にはまだ早ぇよ」
「銀さん」
窓のサッシに手を添えたまま顔だけ音のした方へ向けると、寝巻姿の銀時が髪をかき上げながらあかりの方へ歩いてきた。そして隣まで来ると壁に手をついて、先程のあかりのように窓から星空を見上げる。星空を眺めたまま銀時は小さく「眠れないのか?」と尋ねた。
「ドタバタした一日だったけど、気絶したりしていたせいか、あまり眠くなくて」
「星空に耽っていました」なんて風には言えず困りました、と苦笑いを浮かべるあかり。そんなあかりを見ると銀時は「それじゃ、良いもの見せてやるよ」と言って突然サッシに足を掛け窓の外に身体をだしてしまう。
「ぎ、銀さん、何してるんですかっ」
その行動に驚きあかりも窓から身を乗り出して止めようとすると、頭上から銀時の声が降ってきた。
「ほら、お前も来いよ」
あかりが急いで顔を上げるとそこには、星空をバックにして銀時がこちらに手を差し延べていた。あかりが手を重ねようか戸惑っていると銀時は更に腕を伸ばし催促する。
「あかり」
「は、はい!」
強く見詰められ名前を呼ばれ、半ば反射的に銀時の手に自分の手を重ねるとあかりは勢いよく引かれ、窓から身体が全て出てしまった。
「待って、銀さんっ」
危ない、と縮こまるあかりの腕を更に力強く引き、腰に腕を回すと一気に屋根の上へ引き上げ二人で倒れ込んだ。瓦屋根の上に転げた筈なのにあかりの身体に痛みはなく、それどころか柔らかさと温かさに包まれていて、頭上からは穏やかな銀時の声が降りかかる。
「ほら、見てみろよ」
銀時に促されてあかりが恐る恐る目を開けると、銀時の顔がこれでもかというくらい近くにあった。
「ぎぎぎ、銀さんっ、近い!物凄く近いです!」
開いた視界のお陰で漸く銀時に抱き留められていることに気が付くと、あかりは何とかして離れようと暴れ出す。
「ちょ、お前馬鹿!大人しくしろっ、落ちんだろうが!」
「いや、あの、でもっ……」
「いいからっ、いいから落ち着いて、ここ座れ!」
不安定な屋根の上で一人テンパり暴れるあかりをどうにか落ち着かせ、隣に座らせると銀時はもう一度「ほら」と言って今度は空を指さしてみせた。
「え……空?」
やっと落ち着きを取り戻してきたあかりが言われた通りに空を見上げると、そこには窓から覗くのとは比べものにならないほど美しい星空が広がっていた。
「わあ……、凄い。凄い凄い、凄いです銀さん!……綺麗」
引き込まれるようにして瞳を輝かせ息を飲んだかと思えば、次の瞬間には銀時の服の裾を握り締めて興奮した様子で感動を伝えるあかり。「あー、知ってる知ってるー」と銀時が返すとまた瞳を空に向かって輝かせ、最後に溜息のように綺麗と呟いた。
「窓から見るよりずっと広くて良いだろ?」
「はい、本当に」
暫くの時間、お互いに話すことも無く只々星空を眺めていた。銀時は飽きることなく隣で星を見続けるあかりを視界の隅に入れながらぽつりと尋ねた。
「空は……同じか?」
「空、ですか?」
銀時の言葉にあかりは首を傾げながら視線を返した。
「お前が今まで見てきた空と、この空は同じか?」
今度はしっかりとあかりに向き直って真剣な表情で質問を繰り返した。あかりの頭の中ではさっきまで部屋で考えていたことが蘇る。知らない場所、知らない人ばかりの中で一つだけ見つけた知っているもの。それが空の表情だった。戻れるかどうかも何も分からず、幾らかの不安が胸の中に有った中で不意に見つけたもの。それを見透かされたのだと知って初めて、あかりは銀時が自分のことをこんなにも気にかけてくれていたのだと理解した。昼間はあんな風に言い合っていたけれどあかりを見つけ出してくれたのも、連れて帰ってくれたのも、今この不安に真っ先に気付いてくれたのも、銀時だった。
嬉しいのと申し訳ないのと不安なのと、でも、それらが少しだけ解かれている感覚に困惑しながらも、あかりは「同じです」と小さく答えた。それを聞いた銀時はそうか、と短く相槌を打つと再び星を眺めて、一言「まあ、大丈夫だろ」と呟いた。何がどう大丈夫だとか具体的な言葉は何一つ無かったけれど、何故かそれだけであかりは安心出来たような気がした。それから、もう暫くだけ静かに空を眺めて「そろそろ冷えてきたな」という銀時の言葉で二人は屋根を降りた。事務所の床では定春が変わらない位置と体勢で眠っていた。
銀時はさっさと寝ろよとだけ言うと襖の向こうの部屋へ帰っていった。あかりは毛布で身体を包むようにすると床で眠る定春に寄り添う。すると、さっきまで眠れなかったことが嘘だったように瞼は勝手に降りてきて、あかりの意識は薄れていった。
長かったあかりの一日は漸く幕を閉じた。
終
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