長篇
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*****
「んだよ、特等席はどうなったんだよ」
打ち上がり始めた花火を見上げながら銀時は連絡を寄越さないあかりにボヤいていた。
「やっぱり祭りは派手じゃねーと面白くねェな」
その声と共に銀時の背後に並々ならぬ気配が立つ。素早く木刀に手をかけようとした銀時だったが僅かに相手に遅れを取り、鞘から刀身を抜ききらない刃を当てられた。
「……なんで、テメーがこんな所にいんだ」
刀を押し当てられた状態でも大きな動揺を見せることのない銀時に、相手は楽しげな声色で語りかける。
「いいから、黙ってみとけよ。すこぶる楽しい見せものが始まるぜ……。息子を幕府に殺された親父が、カラクリと一緒に敵討ちだ」
そして、祭りの中心である広場の方から、爆発のような衝撃音ともくもくとした煙が上がった。
*****
騒動の中心にある広場から逃げてくる人々の「攘夷派のテロだ」という叫び声により、混乱は祭り全体へと広がっていった。人の波は瞬く間に大きくなって、広場からは人が居なくなった。そして将軍を避難させ真選組だけが残った広場で源外のカラクリ達との戦いが始まった。
一方、逃げ惑う人々の波の中、的屋の並ぶ通りに立っていた銀時は未だ背後から刀を押し当てられ、相手の男からある昔話を聞かされていた。それは、男の組織する攘夷派に居た、機械に強い若者の話だった。そしてその若者、息子を幕府によって奪われた父親の話だった。
「高杉、じーさんけしかけたのは、お前か……」
「けしかける?バカいうな。立派な牙が見えたんで、研いでやっただけの話よ」
男、高杉は源外と同じく自分の中にものたうち回る黒い獣がいると言う。そして、銀時に対しては牙をなくしたとも語った。牙をなくしたと評した銀時に、じりじりと刃を当てる高杉。しかし、ある距離からその侵攻を阻まれた。二人の間にできる赤い水溜まり。それは紛れもなく高杉の刃を素手で押さえる銀時の左手から流れ落ちたものだった。
「獣くらい俺だって飼ってる。ただし黒くねェ。白い奴でな。え?名前?定春ってんだ」
そして振り向き様に拳を振り上げる銀時。間一髪でそれを避けた高杉は懐かしい友の片鱗に笑みを浮かべた後、唐突に話を変えた。
「そーいや銀時。お前、花火はどこで見るつもりだったんだ?」
「ああ?」
「こんな所で突っ立って眺めて。『特等席』は紹介してもらえなかったのか?」
「……高杉っ、テメー!!」
高杉の言葉であかりから連絡が来ない訳、あかりが会ったという花火師を理解した銀時は見るからに顔付きを変えて高杉に迫った。それを受けた高杉は愉快だと言わんばかりに口の端を吊り上げる。
「はっ、安心しな。別になんもしちゃいねーさ。ちょっと眠ってもらってるだけでな」
そして、あかりの居場所を告げると「まずは、じーさんが先だろうがな」と言って去っていった。
*****
広場でカラクリ軍団と戦闘を続けていた真選組。しかし、ただでさえ一体一体が強固な鎧である上に、倒しても倒しても次から次へと現れて苦戦を強いられていた。そこへ、祭りを台無しにされ憤怒に燃える神楽と沖田が合流し戦況が変わり出す中、新八はカラクリの三郎に弾を込めて将軍が今し方まで居た櫓に砲撃を加えようとする源外の前に居た。しかし、過去を背負うことも未来を見ることにも疲れ果てた源外には、その声は届かなかった。
そこへ、現場に駆けつけた銀時が三郎と対峙、木刀と砲筒を向け合う。しかし、土壇場で三郎は砲筒を下ろし自ら銀時の木刀を受けた。そして、自分に対して息子のように接してきた源外に、三郎はまるで彼の本当の息子を思い出させる言葉を口にする。「油まみれになって、楽しそうにカラクリを作るアンタが好きだった」と。二人の息子からその思いを告げられた源外は、これからどう生きればいいのかとその場に崩れ落ちた。
カラクリ一筋だったはずなのに、気付けばカラクリ作りを楽しむことを忘れ。息子の死に囚われ幕府への憎しみからカラクリを復讐の手段にした自分が、どう生きることができるのかと。カラクリが全てであった男にとって、それを自ら汚し遠ざけたことは人生の目的を失うに等しかった。
銀時はそんな源外に「長生きすりゃ、いいんじゃねーのか……」とだけ言ってその場を去った。
*****
カラクリ軍団の暴動を抑えた銀時は後片付けまでしてやる義理は無いと真選組に任せ、高杉に言われた場所へ向かっていた。小高い丘の上にあるすっかり寂れた神社へ向けて続く緩やかな登り坂を駆け上がり、雑草が生い茂る境内に入る。すると、目の前の社へ上がる階段に見知った姿を見付ける。
「おい、しっかりしろ!」
ぐったりとした様子にもとれるあかりの姿に不安を覚え、身体を起こし揺さぶる。しかし、あかりからの反応はなく、瞼は上がらない。まさかと思い顔の前に手を翳すと、微かに呼吸を繰り返す温かい息が当たってホッと胸を撫で下ろした。落ち着いてあかりを見てみると争ったような痕跡はなく、辺りに置かれたゴミや袋などからここで飲み食いをしていたことが分かった。高杉の言ったように手荒なことは何一つ無かったようだった。
「はあああ……、心臓にわりぃー……」
溜め息と一緒にそう零して脱力した銀時はあかりを包み込むように抱き締めると、腕の中で危機感無くぐっすりな姿が無性に腹立たしくなり頬を抓った。
「起きない、か」
普段なら寝ていても割と周りの音などに気が付くあかりがここまで起きないのはおかしい。となると、気絶させられているか何か睡眠薬のようなものを盛られた可能性があるのだろうかと思案していると、祭りの会場で会った高杉が酒瓶を持っていたことを思い出した。
「あれの可能性もあるか……」
変な薬盛られるくらいならまだ酒で潰れていて欲しいと思いながら、銀時はあかりを背負って来た道を下った。
*****
真選組以外は殆ど人が居なくなりすっかり閑散としてしまった祭り会場へ戻ってくると、銀時の姿を見つけた新八と神楽が駆け寄る。
「銀さん!どこ行ってたんですかっ?」
「銀ちゃん!あかりどうしたネ、怪我したアルかっ?」
「大丈夫、眠ってるだけだ」
二人して銀時に背負われたあかりを心配そうに見詰めるものだから、後片付けをしていた土方も異変に気付いて駆け寄ってくる。
「おい、何があった万事屋」
「何でもねーよ」
「何でもねーはねぇだろ」
銀時と土方が言い合うのを余所に、異変に気付きやって来た沖田はあかりの頬をぺちぺちと叩いた。しかし、起きないどころか身じろぐような反応も見せないあかりに鋭い視線を送る。
「旦那、これ何か盛られてやせんよね?」
「盛られてって……どういうことだ万事屋っ」
沖田の言葉に声を荒らげる土方。
「落ち着いてくだせェ、土方さん。苦しんだり目に見えて変調がない辺り、睡眠薬ってところじゃないですかィ?」
表情や顔色、簡単に脈などを読んで冷静に分析して銀時の反応を窺う沖田。しかし、銀時もついさっきあかりの状況を知ったばかりであったし、その全てを知っているであろう高杉はもう姿を消した。こっちだって聞きたいくらいだという言葉を抑えながら、「何でもねぇよ」とだけ言うと歩き出した。
「おい、帰るぞ。神楽、新八」
「待ってよ、銀ちゃん!」
「銀さん!」
先へ行く銀時を追って駆け出す神楽と新八。新八は一度立ち止まり振り返って、土方達にお辞儀をすると二人の後を追って会場を去った。
「万事屋のくせに何やってんだよ……」
提灯で照らされる彼らの背中を見ながら土方は呟いて、短くなった煙草を握り消した。それは、まるで自分に言っているようにも見えて、「それは俺達もでしょ」と言い掛けた言葉を沖田は喉元で留めた。
*****
「銀ちゃん、あかりどこに居たの?」
「あ?ああ……なんか最近仲良くなった奴と回ってたんだけど、浮かれてはしゃぎ過ぎて寝ちまったんだと」
「銀さんはその友人のこと、知ってたんですか?」
「あー……、いや。こいつの携帯から一番連絡取ってる履歴に掛けてきたって」
「仲良くなった奴」なんて自分で口にしていても腹が立ったが今は仕方がない。神楽は概ね納得したようだし、新八もそれ以上問い質してくるようなことはなかった。それから万事屋まで付き添った新八は家に帰り、銀時と神楽は家に入った。寝ているだけとは聞いていても不安が拭えないのか、寝かせたあかりの側を離れようとしない神楽。そんな彼女にもう遅いからと言い聞かせて、銀時は窓際で風に当たりながら祭り会場で見つけた時と変わらない様子でいるあかりを見ていた。
どうしてこうなった。そもそもあかりはいつ高杉に会った。高杉はあかりに何を話した。自分の過去を聞いたのか。
「そうじゃねえだろ……ちゃんと目ぇさましてくれよ」
無事を確認すること、それが一番じゃないかと動揺していた自分を宥める銀時。くしゃくしゃと頭を掻き窓の外へ視線を移して暫し眺めていると、今まで身じろぎもしないで深く眠りに落ちていたあかりから吐息と共に声が洩れた。
「……ん、んんっ…」
慌てて室内へ視線を戻した銀時はあかりの姿に目を凝らす。肩まですっぽりと布団が掛けられているため分かりにくいが、ほんの僅かにもぞもぞと動いたように見える。そして、そのすぐ後、あかりの瞳が躊躇いがちに瞬きを繰り返すようにしてからゆっくりと開けられた。逸る心を何とか抑えて静かにあかりの横へと移動した銀時。意識がぼんやりとしている様子のあかりは、大きな瞳で視線を左右に動かして状況を確かめようとしている風だったがまだ銀時は視界に入っていないのか「……また、夢だった?」とだけ呟いた。
「あかり……?」
「銀さん……?」
ぎこちなく首を回したあかりが見た銀時は今までに見たことのない表情で、安堵したような、でも、拭いきれない不安があるような瞳であかりを見ていた。
「銀さん、どうしたんですか?そんな顔して……」
そう言って小さく笑ったあかりに「別に、何でもねーよ」と視線を逸らす銀時。その様子を不思議に感じつつ事態を把握するべくあかりが身体を起こそうとすると、慌てて病人の介助をするように背中に手を添える銀時に「変な銀さん」とまた笑った。
「本当、どうしたんですか、銀さん。というか、今って、えーと……何時ですか?お祭りの日、ですよね?」
窓の外が真っ暗であることに気付いたあかりは色々なことを聞きたそうにしながらも、まず現在時刻を尋ねた。銀時から夜中の12時を過ぎたことを聞いて、今に至るまでを思い出そうとしているのかあかりは沈黙する。銀時は尋ねられてしまう前に今日の出来事を終わらせようと口を開いた。
「あー……なんかお前、はしゃぎ疲れたのか寝ちまって。それで、お前の友達?が携帯の履歴から一番連絡が多いからって、俺に引き取るよう頼んできて回収した」
説明された内容を噛み砕いているのか何度か小さく頷いて納得した様子のあかりは、「肝心の花火を逃してしまいました」と言ってへらりと笑った。
「あ、銀さん達は花火見れたんですか?」
「あ?……ああ、まあ一応な」
自分達が準備を手伝っていた源外が祭りをぶち壊しにしてそれどころじゃなかったなんてことを今わざわざ伝える必要もないかと、銀時は言葉を濁した。銀時達と約束していたのに見られなかったことを惜しみながらも、彼らは花火を見れたのだとあかりはひとまず安心する。
「あーあ、起こしてくれればよかったのに」
「いやいや、お前、爆睡だったから。顔つねっても起きなかったから」
「えっ、そんなに?というかつねったんですか、ひどい!」
どちらがつねられたか分からないあかりが両手で頬を覆い抗議をすると、全然起きなくて神楽と新八に心配までされてたことや、意識が無いせいで子泣きジジイのように重かったことなどをからかわれた。
「もう、いじわるですね」
「背負って連れ帰ってやった人間に言う言葉か?」
「はいはい。……ありがとうございました」
意地悪や憎まれ口なんていうのはもはや馴れっこでもあって、互いに棘のない穏やかな口調で言葉を交わし合った後、あかりはシャワーだけしてくると布団を出た。神楽も定春も寝ているためそっと襖をずらしたあかりは和室を後にする寸前、もう寝ようかと布団に入る銀時を見た。
「あの、銀さん……」
「んー、どした?」
「晋助さ……私と一緒に居た人は、その、何か言って……」
「ん?悪い、よく聞こえなかった」
「い、いえっ、何でもないです!おやすみなさい!」
聞き返されたあかりはそこで言葉を続けることを諦めて浴室へ去っていった。残された銀時は頭の下に手を重ねるようにして仰向けに寝ると瞼を閉じた。しかし、ほんの少しすると身体を横向きにして重くならない瞼を上げた。
「晋助さん……ね」
あの様子なら本当にあかりは高杉をただの一般人。しかも、朝の口振りから察するに親切な花火師か何かだと思っているのだろう。危険性を伝えて近付かないよう教えることもできるが、今はただ、存在そのものに関わってしまうことが嫌で、銀時は自分から余計なことは言うまいとした。
*****
浴室前の洗面所であかりは服を脱ぎながら今日の出来事を思い出していた。屯所での仕事を終えて、河原を見に行ったけど誰も居なくて、会場で晋助と合流してお店を回って、それから花火がよく見えるという場所に案内してもらって……という具合に振り返ってみる。どうしても思い出せなくなる神社の段階で眠ってしまったのだろうということは分かった。
「神社でのことまでは本当のこと、なのかな?」
神社に着いてからというもの夢とダブる光景が多くて、もしかしたら自分の記憶だと思っていることも夢なのではと思えてきたあかり。今夜の出来事も夢だったのならどうして少年は成長して、しかも晋助の姿で現れたのか。今夜の出来事が夢でなく今までの夢が正夢のようなものだったとして、なぜ晋助は少年の姿だったのか。
「ううん。そもそも同一人物とは限らないよね。夢なんて曖昧だし……」
これ以上考えても答えは出せないと結論付けたあかりが脱いだ洋服をカゴに入れる。すると、すぐ足元でシャンと何かが落ちた音がする。ポケットに何か入れていただろうかとあかりが正体を見やると、そこには神社で晋助から受け取った簪が転がっていた。
「夢じゃ、なかった……?」
手に取ったそれは間違いなくあの簪で、あかりはまた混乱する。いっそのこと全て夢だとうい方がすっきりできるというものだと。
「晋助さんは……誰なの?」
可笑しなことを言っているのは分かるがそう洩らさずにはいられなくて、あかりは簪を握り締めながら呟いた。
*****
翌日。源外を指名手配犯とする立て札の前に高杉は立っていた。
「どうやら、失敗したよーだな」
不意に後ろから声が掛かると、声の主は高杉の隣に立つ。錫杖を持った修行僧のような出で立ち、桂だった。
「思わぬ邪魔が入ってな。……牙なんぞ、とうに失くしたと思っていたが、とんだ誤算だったぜ」
失敗に終わった源外の一件を思い出しながらもどこか愉快そうに口の端を引き上げる高杉を横目で一瞥した桂は、銀時と高杉の違いを説いた。
「何かを護るためなら、人は誰でも牙をむこうというもの。護るものも何もないお前は、ただの獣だ……高杉」
「獣でけっこう。俺は護るものなんぞないし、必要もない。全て壊すだけさ。獣の呻きが止むまでな」
説法なんぞ真っ平だとでもいうように歩き出す高杉。しかし、少し進むと立ち止まって口を開く。その気配に気付いた桂は、一体何を言うのかと背を向けたまま身構えた。
「護るものがあろうがなかろうが関係ねー。どんなに牙を隠しても獣の本質は獣だ」
「何が言いたい」
「獣の血からは逃れられんさ」
「高杉……」
「そうそう、あいつ白い獣を飼ってるんだってな。おまけに世話焼いてくれる女も拵えて、第二の人生ってとこか?」
「お前、彼女を巻き込むつもりか」
銀時の世話を焼いてくれる女……そんな形容をされるのは最近万事屋に加わったというあかりしか考えられないじゃないかと振り返る桂。だが、もう視界に捉えられる範囲に高杉の姿はなく、ククッと笑う声だけが桂の耳に届いた。
人の波に紛れ江戸を後にしようとする高杉は、今回の件に関わる一連の日々を思い出していた。そして口元に再び笑みを湛えると
「護るもの…か。本当に、とんだ誤算だったぜ」
という言葉を雑踏に放り、それは誰にも拾われることなく沢山の音と共に消えていった。
終
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「んだよ、特等席はどうなったんだよ」
打ち上がり始めた花火を見上げながら銀時は連絡を寄越さないあかりにボヤいていた。
「やっぱり祭りは派手じゃねーと面白くねェな」
その声と共に銀時の背後に並々ならぬ気配が立つ。素早く木刀に手をかけようとした銀時だったが僅かに相手に遅れを取り、鞘から刀身を抜ききらない刃を当てられた。
「……なんで、テメーがこんな所にいんだ」
刀を押し当てられた状態でも大きな動揺を見せることのない銀時に、相手は楽しげな声色で語りかける。
「いいから、黙ってみとけよ。すこぶる楽しい見せものが始まるぜ……。息子を幕府に殺された親父が、カラクリと一緒に敵討ちだ」
そして、祭りの中心である広場の方から、爆発のような衝撃音ともくもくとした煙が上がった。
*****
騒動の中心にある広場から逃げてくる人々の「攘夷派のテロだ」という叫び声により、混乱は祭り全体へと広がっていった。人の波は瞬く間に大きくなって、広場からは人が居なくなった。そして将軍を避難させ真選組だけが残った広場で源外のカラクリ達との戦いが始まった。
一方、逃げ惑う人々の波の中、的屋の並ぶ通りに立っていた銀時は未だ背後から刀を押し当てられ、相手の男からある昔話を聞かされていた。それは、男の組織する攘夷派に居た、機械に強い若者の話だった。そしてその若者、息子を幕府によって奪われた父親の話だった。
「高杉、じーさんけしかけたのは、お前か……」
「けしかける?バカいうな。立派な牙が見えたんで、研いでやっただけの話よ」
男、高杉は源外と同じく自分の中にものたうち回る黒い獣がいると言う。そして、銀時に対しては牙をなくしたとも語った。牙をなくしたと評した銀時に、じりじりと刃を当てる高杉。しかし、ある距離からその侵攻を阻まれた。二人の間にできる赤い水溜まり。それは紛れもなく高杉の刃を素手で押さえる銀時の左手から流れ落ちたものだった。
「獣くらい俺だって飼ってる。ただし黒くねェ。白い奴でな。え?名前?定春ってんだ」
そして振り向き様に拳を振り上げる銀時。間一髪でそれを避けた高杉は懐かしい友の片鱗に笑みを浮かべた後、唐突に話を変えた。
「そーいや銀時。お前、花火はどこで見るつもりだったんだ?」
「ああ?」
「こんな所で突っ立って眺めて。『特等席』は紹介してもらえなかったのか?」
「……高杉っ、テメー!!」
高杉の言葉であかりから連絡が来ない訳、あかりが会ったという花火師を理解した銀時は見るからに顔付きを変えて高杉に迫った。それを受けた高杉は愉快だと言わんばかりに口の端を吊り上げる。
「はっ、安心しな。別になんもしちゃいねーさ。ちょっと眠ってもらってるだけでな」
そして、あかりの居場所を告げると「まずは、じーさんが先だろうがな」と言って去っていった。
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広場でカラクリ軍団と戦闘を続けていた真選組。しかし、ただでさえ一体一体が強固な鎧である上に、倒しても倒しても次から次へと現れて苦戦を強いられていた。そこへ、祭りを台無しにされ憤怒に燃える神楽と沖田が合流し戦況が変わり出す中、新八はカラクリの三郎に弾を込めて将軍が今し方まで居た櫓に砲撃を加えようとする源外の前に居た。しかし、過去を背負うことも未来を見ることにも疲れ果てた源外には、その声は届かなかった。
そこへ、現場に駆けつけた銀時が三郎と対峙、木刀と砲筒を向け合う。しかし、土壇場で三郎は砲筒を下ろし自ら銀時の木刀を受けた。そして、自分に対して息子のように接してきた源外に、三郎はまるで彼の本当の息子を思い出させる言葉を口にする。「油まみれになって、楽しそうにカラクリを作るアンタが好きだった」と。二人の息子からその思いを告げられた源外は、これからどう生きればいいのかとその場に崩れ落ちた。
カラクリ一筋だったはずなのに、気付けばカラクリ作りを楽しむことを忘れ。息子の死に囚われ幕府への憎しみからカラクリを復讐の手段にした自分が、どう生きることができるのかと。カラクリが全てであった男にとって、それを自ら汚し遠ざけたことは人生の目的を失うに等しかった。
銀時はそんな源外に「長生きすりゃ、いいんじゃねーのか……」とだけ言ってその場を去った。
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カラクリ軍団の暴動を抑えた銀時は後片付けまでしてやる義理は無いと真選組に任せ、高杉に言われた場所へ向かっていた。小高い丘の上にあるすっかり寂れた神社へ向けて続く緩やかな登り坂を駆け上がり、雑草が生い茂る境内に入る。すると、目の前の社へ上がる階段に見知った姿を見付ける。
「おい、しっかりしろ!」
ぐったりとした様子にもとれるあかりの姿に不安を覚え、身体を起こし揺さぶる。しかし、あかりからの反応はなく、瞼は上がらない。まさかと思い顔の前に手を翳すと、微かに呼吸を繰り返す温かい息が当たってホッと胸を撫で下ろした。落ち着いてあかりを見てみると争ったような痕跡はなく、辺りに置かれたゴミや袋などからここで飲み食いをしていたことが分かった。高杉の言ったように手荒なことは何一つ無かったようだった。
「はあああ……、心臓にわりぃー……」
溜め息と一緒にそう零して脱力した銀時はあかりを包み込むように抱き締めると、腕の中で危機感無くぐっすりな姿が無性に腹立たしくなり頬を抓った。
「起きない、か」
普段なら寝ていても割と周りの音などに気が付くあかりがここまで起きないのはおかしい。となると、気絶させられているか何か睡眠薬のようなものを盛られた可能性があるのだろうかと思案していると、祭りの会場で会った高杉が酒瓶を持っていたことを思い出した。
「あれの可能性もあるか……」
変な薬盛られるくらいならまだ酒で潰れていて欲しいと思いながら、銀時はあかりを背負って来た道を下った。
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真選組以外は殆ど人が居なくなりすっかり閑散としてしまった祭り会場へ戻ってくると、銀時の姿を見つけた新八と神楽が駆け寄る。
「銀さん!どこ行ってたんですかっ?」
「銀ちゃん!あかりどうしたネ、怪我したアルかっ?」
「大丈夫、眠ってるだけだ」
二人して銀時に背負われたあかりを心配そうに見詰めるものだから、後片付けをしていた土方も異変に気付いて駆け寄ってくる。
「おい、何があった万事屋」
「何でもねーよ」
「何でもねーはねぇだろ」
銀時と土方が言い合うのを余所に、異変に気付きやって来た沖田はあかりの頬をぺちぺちと叩いた。しかし、起きないどころか身じろぐような反応も見せないあかりに鋭い視線を送る。
「旦那、これ何か盛られてやせんよね?」
「盛られてって……どういうことだ万事屋っ」
沖田の言葉に声を荒らげる土方。
「落ち着いてくだせェ、土方さん。苦しんだり目に見えて変調がない辺り、睡眠薬ってところじゃないですかィ?」
表情や顔色、簡単に脈などを読んで冷静に分析して銀時の反応を窺う沖田。しかし、銀時もついさっきあかりの状況を知ったばかりであったし、その全てを知っているであろう高杉はもう姿を消した。こっちだって聞きたいくらいだという言葉を抑えながら、「何でもねぇよ」とだけ言うと歩き出した。
「おい、帰るぞ。神楽、新八」
「待ってよ、銀ちゃん!」
「銀さん!」
先へ行く銀時を追って駆け出す神楽と新八。新八は一度立ち止まり振り返って、土方達にお辞儀をすると二人の後を追って会場を去った。
「万事屋のくせに何やってんだよ……」
提灯で照らされる彼らの背中を見ながら土方は呟いて、短くなった煙草を握り消した。それは、まるで自分に言っているようにも見えて、「それは俺達もでしょ」と言い掛けた言葉を沖田は喉元で留めた。
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「銀ちゃん、あかりどこに居たの?」
「あ?ああ……なんか最近仲良くなった奴と回ってたんだけど、浮かれてはしゃぎ過ぎて寝ちまったんだと」
「銀さんはその友人のこと、知ってたんですか?」
「あー……、いや。こいつの携帯から一番連絡取ってる履歴に掛けてきたって」
「仲良くなった奴」なんて自分で口にしていても腹が立ったが今は仕方がない。神楽は概ね納得したようだし、新八もそれ以上問い質してくるようなことはなかった。それから万事屋まで付き添った新八は家に帰り、銀時と神楽は家に入った。寝ているだけとは聞いていても不安が拭えないのか、寝かせたあかりの側を離れようとしない神楽。そんな彼女にもう遅いからと言い聞かせて、銀時は窓際で風に当たりながら祭り会場で見つけた時と変わらない様子でいるあかりを見ていた。
どうしてこうなった。そもそもあかりはいつ高杉に会った。高杉はあかりに何を話した。自分の過去を聞いたのか。
「そうじゃねえだろ……ちゃんと目ぇさましてくれよ」
無事を確認すること、それが一番じゃないかと動揺していた自分を宥める銀時。くしゃくしゃと頭を掻き窓の外へ視線を移して暫し眺めていると、今まで身じろぎもしないで深く眠りに落ちていたあかりから吐息と共に声が洩れた。
「……ん、んんっ…」
慌てて室内へ視線を戻した銀時はあかりの姿に目を凝らす。肩まですっぽりと布団が掛けられているため分かりにくいが、ほんの僅かにもぞもぞと動いたように見える。そして、そのすぐ後、あかりの瞳が躊躇いがちに瞬きを繰り返すようにしてからゆっくりと開けられた。逸る心を何とか抑えて静かにあかりの横へと移動した銀時。意識がぼんやりとしている様子のあかりは、大きな瞳で視線を左右に動かして状況を確かめようとしている風だったがまだ銀時は視界に入っていないのか「……また、夢だった?」とだけ呟いた。
「あかり……?」
「銀さん……?」
ぎこちなく首を回したあかりが見た銀時は今までに見たことのない表情で、安堵したような、でも、拭いきれない不安があるような瞳であかりを見ていた。
「銀さん、どうしたんですか?そんな顔して……」
そう言って小さく笑ったあかりに「別に、何でもねーよ」と視線を逸らす銀時。その様子を不思議に感じつつ事態を把握するべくあかりが身体を起こそうとすると、慌てて病人の介助をするように背中に手を添える銀時に「変な銀さん」とまた笑った。
「本当、どうしたんですか、銀さん。というか、今って、えーと……何時ですか?お祭りの日、ですよね?」
窓の外が真っ暗であることに気付いたあかりは色々なことを聞きたそうにしながらも、まず現在時刻を尋ねた。銀時から夜中の12時を過ぎたことを聞いて、今に至るまでを思い出そうとしているのかあかりは沈黙する。銀時は尋ねられてしまう前に今日の出来事を終わらせようと口を開いた。
「あー……なんかお前、はしゃぎ疲れたのか寝ちまって。それで、お前の友達?が携帯の履歴から一番連絡が多いからって、俺に引き取るよう頼んできて回収した」
説明された内容を噛み砕いているのか何度か小さく頷いて納得した様子のあかりは、「肝心の花火を逃してしまいました」と言ってへらりと笑った。
「あ、銀さん達は花火見れたんですか?」
「あ?……ああ、まあ一応な」
自分達が準備を手伝っていた源外が祭りをぶち壊しにしてそれどころじゃなかったなんてことを今わざわざ伝える必要もないかと、銀時は言葉を濁した。銀時達と約束していたのに見られなかったことを惜しみながらも、彼らは花火を見れたのだとあかりはひとまず安心する。
「あーあ、起こしてくれればよかったのに」
「いやいや、お前、爆睡だったから。顔つねっても起きなかったから」
「えっ、そんなに?というかつねったんですか、ひどい!」
どちらがつねられたか分からないあかりが両手で頬を覆い抗議をすると、全然起きなくて神楽と新八に心配までされてたことや、意識が無いせいで子泣きジジイのように重かったことなどをからかわれた。
「もう、いじわるですね」
「背負って連れ帰ってやった人間に言う言葉か?」
「はいはい。……ありがとうございました」
意地悪や憎まれ口なんていうのはもはや馴れっこでもあって、互いに棘のない穏やかな口調で言葉を交わし合った後、あかりはシャワーだけしてくると布団を出た。神楽も定春も寝ているためそっと襖をずらしたあかりは和室を後にする寸前、もう寝ようかと布団に入る銀時を見た。
「あの、銀さん……」
「んー、どした?」
「晋助さ……私と一緒に居た人は、その、何か言って……」
「ん?悪い、よく聞こえなかった」
「い、いえっ、何でもないです!おやすみなさい!」
聞き返されたあかりはそこで言葉を続けることを諦めて浴室へ去っていった。残された銀時は頭の下に手を重ねるようにして仰向けに寝ると瞼を閉じた。しかし、ほんの少しすると身体を横向きにして重くならない瞼を上げた。
「晋助さん……ね」
あの様子なら本当にあかりは高杉をただの一般人。しかも、朝の口振りから察するに親切な花火師か何かだと思っているのだろう。危険性を伝えて近付かないよう教えることもできるが、今はただ、存在そのものに関わってしまうことが嫌で、銀時は自分から余計なことは言うまいとした。
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浴室前の洗面所であかりは服を脱ぎながら今日の出来事を思い出していた。屯所での仕事を終えて、河原を見に行ったけど誰も居なくて、会場で晋助と合流してお店を回って、それから花火がよく見えるという場所に案内してもらって……という具合に振り返ってみる。どうしても思い出せなくなる神社の段階で眠ってしまったのだろうということは分かった。
「神社でのことまでは本当のこと、なのかな?」
神社に着いてからというもの夢とダブる光景が多くて、もしかしたら自分の記憶だと思っていることも夢なのではと思えてきたあかり。今夜の出来事も夢だったのならどうして少年は成長して、しかも晋助の姿で現れたのか。今夜の出来事が夢でなく今までの夢が正夢のようなものだったとして、なぜ晋助は少年の姿だったのか。
「ううん。そもそも同一人物とは限らないよね。夢なんて曖昧だし……」
これ以上考えても答えは出せないと結論付けたあかりが脱いだ洋服をカゴに入れる。すると、すぐ足元でシャンと何かが落ちた音がする。ポケットに何か入れていただろうかとあかりが正体を見やると、そこには神社で晋助から受け取った簪が転がっていた。
「夢じゃ、なかった……?」
手に取ったそれは間違いなくあの簪で、あかりはまた混乱する。いっそのこと全て夢だとうい方がすっきりできるというものだと。
「晋助さんは……誰なの?」
可笑しなことを言っているのは分かるがそう洩らさずにはいられなくて、あかりは簪を握り締めながら呟いた。
*****
翌日。源外を指名手配犯とする立て札の前に高杉は立っていた。
「どうやら、失敗したよーだな」
不意に後ろから声が掛かると、声の主は高杉の隣に立つ。錫杖を持った修行僧のような出で立ち、桂だった。
「思わぬ邪魔が入ってな。……牙なんぞ、とうに失くしたと思っていたが、とんだ誤算だったぜ」
失敗に終わった源外の一件を思い出しながらもどこか愉快そうに口の端を引き上げる高杉を横目で一瞥した桂は、銀時と高杉の違いを説いた。
「何かを護るためなら、人は誰でも牙をむこうというもの。護るものも何もないお前は、ただの獣だ……高杉」
「獣でけっこう。俺は護るものなんぞないし、必要もない。全て壊すだけさ。獣の呻きが止むまでな」
説法なんぞ真っ平だとでもいうように歩き出す高杉。しかし、少し進むと立ち止まって口を開く。その気配に気付いた桂は、一体何を言うのかと背を向けたまま身構えた。
「護るものがあろうがなかろうが関係ねー。どんなに牙を隠しても獣の本質は獣だ」
「何が言いたい」
「獣の血からは逃れられんさ」
「高杉……」
「そうそう、あいつ白い獣を飼ってるんだってな。おまけに世話焼いてくれる女も拵えて、第二の人生ってとこか?」
「お前、彼女を巻き込むつもりか」
銀時の世話を焼いてくれる女……そんな形容をされるのは最近万事屋に加わったというあかりしか考えられないじゃないかと振り返る桂。だが、もう視界に捉えられる範囲に高杉の姿はなく、ククッと笑う声だけが桂の耳に届いた。
人の波に紛れ江戸を後にしようとする高杉は、今回の件に関わる一連の日々を思い出していた。そして口元に再び笑みを湛えると
「護るもの…か。本当に、とんだ誤算だったぜ」
という言葉を雑踏に放り、それは誰にも拾われることなく沢山の音と共に消えていった。
終
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