紅き魔女と呪われし男
家に帰ってきたリリアは慌ただしく靴を脱ぎながら、部屋の奥に居るであろう人物に聞こえるように声を掛けた。
「おばあちゃんただいまー!!」
一番奥の部屋に向かって駆け出す。少し開いた扉の先には、心地よいレモングラスの香りに包まれた、暖かい夕日の差し込む部屋。その奥には、優しい眼差しを湛えにっこりと微笑む祖母の姿があった。
「おかえりなさい、リリちゃん。今日は楽しい1日になったかしら?」
「うん!とっても楽しかった!実は今日はね、お婆ちゃんにお花のプレゼント!!」
「あら!とってもうれしいわ、ありがとう」
リリアが誇らしげに取り出した花を、祖母は近くの机にある花瓶にゆっくりと挿した。
「リリちゃん、今日は何のお話がいいかしら?」
母の作る夕食が出来るまでの間、リリアは祖母と一緒に本を読んで過ごす事が多かった。母と花畑に行くのも大好きだったが、祖母と本を読んでいる間の、ゆっくりとした時間が流れるのも好きだった。
"カンカン"
穏やかな時間を現実に引き戻したのは、控えめなノックの音だった。
「お母さーん!誰か来た!」
料理の手を止めた母は、来訪者を確認しに行く。
開けた扉の先に居たのは、でっぷりとした体つきに穏やかな顔をした、小柄な男。一番近くの街でパン屋を営む店主だった。夜間の訪問者に心配した母だったが、それが見知った顔だと分かると、少しばかり安堵した。
「こんばんは。こんな遅くにどうされました?」
神妙な顔付きの店主は、挨拶もそこそこに本題を話始めた。
「遅くにすまない。だが、君達一家には話をしておかなければと思って。今日耳に入った話なんだが……」
一方で、祖母の読み聞かせを聞いていたリリアだったが、来訪者を確認しに行ってから未だに帰って来ない母を心配に思い、祖母にトイレに行くと嘘をつき、玄関先に近付いた。
「……が近く………一週間後に………」
「そんな!……………安全だと……魔………」
小さな声で話す二人の会話はなかなか聞き取れず、リリアはさらに近づこうとした。
-パキッ
その時床が嫌な音を立て、母が振り向く。
「……リリア!今は大切なお話をしてるから、おばあちゃんの所へ戻りなさい?」
頬を膨らませながら動こうとしないリリアに、優しく母は諭した。
「早く戻ってきてね?」
母は約束を交わすと、これ以上の会話を聞かせないように、そっと玄関先から外に出る。
重い木の扉が、鈍い音を立てて閉じられた。