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安城糸音、平成最期の夏休み

雨笠の場所からカーテンを挟んで隣、空のベッドに静かに彼女を横たえて、悪いと思いながらも持ち物のハンドバッグの中を探る。
やがて見つけ出したのは銀色の細い鎖。俺が持っているものと同じ、独特なつくりの。

「…君はいつも正しいな…」
どこか小馬鹿にしたような声に振り返れば、忌々しい男がいつの間にか起き上がって、何とも言えない表情でこちらを見つめていた。
「ああ、脳震盪は連続で起こすと脳への損傷のリスクが格段に上がるんだ。3回目はできれば勘弁してほしいな」
「…お前は…」
こんなに低い声が出るのかと我ながら思う。
姉さんをあんなに傷つけておいてよくも、のうのうと口がきけたものだ。
「俺の事情を釈明したいのは山々だが…多分君は今俺と対話するより別のことをするべきだと思うなあ」
「……」
「その鎖を持って山に行くといい。もうなるようにしかならないのはよく分かっているだろ、君も」
「…お前は何がしたいんだ」
姉を無闇に傷つけて、俺によく分からない指図をしてくるこいつの意図が読めない。
睨みつければ、その男はベッドに腰掛けたまま曖昧な顔で笑う。
「そうだなあ…惨くて大事な思い出を、忘れられないのと思い出せないの、君ならどっちを選ぶ?」
「…何の話だ」
「君はどっちを選んでも迷わないだろ…そういうところが羨ましいんだ、俺も、彼女も」
「……何なんだ一体…」
「行った方がいいよ。彼女が目を覚ます前に、早く…彼女の心を守りたいならな」
「……くそ…」

質問に答えていないこいつの言う通りに動くのは癪だが、今はそれ以外にヒントがない。そうするしかないのだろう。
鎖を握り改め、やんわり微笑んだままの彼の目の前に立つ。

「…言い残すことはあるか」
意識のあるこいつを姉さんのそばに置いておく気は毛頭ない。
俺の意図を察しても、彼は笑うだけだ。

「そうだなあ…ああ、お幸せに」

もう一度鈍い音が響く。
彼が倒れて動かないのを見届けて、病室を出た。
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