七夕記録
「願いごとは口にすると叶わないらしいぞ」
「え?…あっ」
知らずに呟きながら書き上げていたらしい。
若干顔を赤くしつつ、できた短冊を笹に吊るす。
やたら手先の器用な日和さんがありとあらゆる七夕飾りを取り付けた笹は、最早芸術作品のようだ。
「で、結局何て書いたんだ?」
「後で勝手に見てください」
「所長さんは何て書いたんです?」
何故か来客用のテーブルでお茶を飲んでいる刑事が聞いてくる。
「俺は書かない…っていうかこの天気じゃ書いてもしょうがないだろ~」
笹の飾りの向こうに覗く空は、一目瞭然のどんよりとした曇り空。
「あれ?晴れやないと叶わないんでしたっけ?」
「あれ、違ったか?」
「…そんないわれはない…」
仕切りの向こうの日和さんの巣から、眠そうな声が聞こえる。
「へえ、そうなのか。色々な説がありすぎてな~」
「いい加減やなぁ。そういやWell-doneにも七夕の笹がありますやろ…折角やし願いごとついでに飲みにでも行きません?」
「えらく唐突だな。そして悪くない提案だ!」
「いやー俺の暇はあんたらの暇やろと思て来てみましたが正解でしたな」
「…まさか飲みに誘うためだけに来たんですか?」
「他に何がありますのん」
「ははは、それもそうだな!是非行かせてもらおう」
(いや、笑えないし)
後ろの酒飲み2人から目を離し、空を見上げ溜息をつく。
せめて事務所が繁盛しますように、とでも書けばよかったのか。
『借金返済』と書いた短冊は、美しい七夕飾りに埋もれ、虚しく揺れていた。
***
「混んでますねー」
「おかげさまですよ!」
店内は日も暮れないうちから賑やかだ。
元気よく涼宮さんに案内された席にも、短冊の入った箱が置いてある。
「好きに書いてってくださいね!そこの笹に飾りますから」
「はいはい。まずはビール頼むよ」
「すみません、常連さんはもう少し待っててくださいー!」
「普通に注文を断られた…」
「日頃の行いでしょ」
「ま、待ちましょうや。コレもあることやし」
そう言いながら、八海刑事が短冊を取る。
(あれ以上何を書けと…)
隣で眠そうな日和さんにそっと渡したら、そっと返された。
おりがみも用意されているようだから、七夕飾りでも作ろうか。
笹に飾りをかけて、ふと上を横切る手を見上げたら。
「あら…こんにちは」
バーの店主に少し似た美人の顔がこちらを見ている。
「あ、安し…糸音さん」
この前名前で呼んでくれと言われたのを思い出して慌てて言い直せば、良くできましたというように微笑まれた。
「糸音さんも短冊、書いたんですか?」
「まあね。見る?」
差し出された薄桃の色紙には、綺麗な字で『百発百中』と描かれている。
「…何を…?」
「あら、それを聞くのは野暮ってものよ」
かろうじて聞けば、笑顔でそう返され、目線で語られた。
その目の先には、笑顔で働く見知ったウエイター。
何となく察したけど、やはり言葉は出てこなかった。