指輪のはなし
「…まったくあの男は何なんですかね…」
「…左崎さん、悪いがもうすぐ閉店なんだが」
「あれ、本当ですかあ…?」
「…これはお迎えコースだな…」
彼女がここに来るようになってからまだ1ヶ月と経っていないが、もうすっかり常連の貫禄だ。
とは言えここまで居残っているのは初めてで、これは彼女の雇い主を呼ぶしかないのだろうか。
「こんな時くらい迷惑かける側になりたいです…」
「…まあ無理もないか」
「そーだ…所長の指輪についてやっしろさんは何か知りませんか」
「言えてないぞ大丈夫か」
「大丈夫じゃないれす」
「だろうな…」
「それで何か…」
「指輪なあ」
何の変哲もない銀の輪。
その裏に名前が刻まれるだけで、価値が生まれる。
「あいつは今独身なのは確かだが、それ以外は…」
「そうれすか…あれは何なんれすかね?おしゃれ?…それとも形見…?」
「…さあ。ただ俺に言えるのは…」
「…すー…」
「このタイミングで寝るんだな…」
「で?俺に言えるのは?」
「……」
振り返るまでもない、ドアの飾りが揺れる音はした。
そこに立つのは、彼女の雇い主だ。
「不気味なほどの地獄耳だな」
「褒め言葉かな?…で、何が君に言えるんだい?」
「……知らない方がいいこともある…って、他ならぬお前が言ったんだろうが、雨笠」
「…言ったかな?忘れた」
「…俺はそれで終わらせるつもりはないが」
「それは怖いな。君に知られたらまずいことはたくさんある」
彼はくつくつと笑う。
(…いけしゃあしゃあと)
「…何故彼女を止めない?」
「こっちも色々あるんだ…誠に残念ながら、教えられないが。君は自力で頑張ってくれよ、っと」
「…お姫様だっこはやめてやれよ…」
「女子の夢だろう?」
「…お前が王子様ならな」
「案外王子様かもしれない」
「…この子が聞いたら泣くぞ」
「だろうな!」