安城糸音、平成最期の夏休み
「それだけ怪我をしておいて、全く収穫はなかったってことでしょう?」
「本当になー。何をやったんだろうな俺は、君の父親を懐柔する以外は気絶することしかできなかったもんなー」
「……何よ。それに関しては、感謝はしてるけど」
「あれはあれでやりづらいものがある」
「一体何をしたのよ。…まさかお金で」
「まさかまさか」
いつも通りのバーで、いつも通りに美しい女性はグラスを傾ける。
それを眺めて満足気に男は頷いた。
「やはり糸姉さんはこうでないとな」
「何?」
「…そうだな」
「ええ、本当に何?色くんまで…」
「もう気にならないんだろう?」
「……そうね、不思議と」
グラスの氷が溶けてかちりと音を立てる。
それを眺める彼女の瞳が、微かに緩んだ。
「色くんがいるならいいのよ、私は」
「…そうか」
つられて雰囲気を和らげた男に、もう一人の男は聞こえがよしに溜息をつく。
「全くどうしようもないな、君たち姉弟は」
「何とでも言ってくれ」
そう返す男の首には、白銀の輝き。
「ところで色人くん。その鎖、誰から貰ったんだ?」
「誰…?いや、前も言ったがよくは覚えていない」
「鎖?ああ、いつも着けてるわよね。似合ってるけど」
「誰か…大事な親戚に貰ったんだ。姉さん、覚えてないか」
「……いえ、全然。でも、綺麗ね」
「ああ。大事にした方がいい」
「言われなくてもそうするが…」
鎖を大切そうに眺める彼女と、怪訝そうにこちらを見る彼に、探偵はただ笑った。