安城糸音、平成最期の夏休み
(…石碑?)
崖下にぽつんと、それはあった。
岩肌の影に隠れるようにして灰色の大理石でできた柱が立っている。ぐるりと周りを見ても、何も刻まれていない。
落ち葉で埋まった地面から直接生えているそれは、何だか意図が読めなくて不気味だ。
(…それとも、お墓?)
上を見上げれば切り立った崖のようだ。
うちの裏山なのだから、うちの人間の誰かが立てたのは間違いないだろうけど、そんな話を聞いたことはない。
一体これは、誰が何のために。
意気込んでは見たものの明確な目的はなく、辿れそうな道を何とか辿ってここに着いたけれど、これ以上進むと実家に戻ってしまう。
(…調べてみる…?)
ここにこれがあることに、何か意味があるのは確かだ。
それに何だか、無性に気になる。
何か大事なことを、忘れている。
忘れてはいけない大切なことを。
(…………)
パンプスのヒールが落ち葉の間に埋まるのも気にならなかった、不思議なことに。
その石の柱の根元の落ち葉を払いのけ、周辺を調べる。
土に触れて少し汚れた指先が、何かに引っかかった。
ちゃり、と音を立てたそれを拾い上げる。
白銀の、錆びない輝き。
「…鎖…?」
いつのまにか、雨が降り出していた。
その細い鎖も水滴に濡れて光る。
「…本当に、思い出したいと思ってくれたんだね」
背後で、懐かしい声がした。
「…嬉しいよ」
弾かれたように振り返る。
白銀の髪の懐かしい人が、泣きそうな顔で笑っていた。