一睡茶
「体どかして抜け出すの、大変だったんですよ」
「うん」
「悲鳴聞いても起きないし。…いや、起きなくて良かったけど」
「そうね」
「で、何で飲ませたんですか?」
「ごめんなさい(棒)」
「かっこ棒じゃありませんよ!何でそんなことしたんですか!」
「何だ、盛り上がってるな」
「あ、起きたの敬慈。左崎さんに何故か怒られてる」
「誰だって怒りますよ!」
「何が何だかさっぱり分からないんだが…今何時だ?」
「朝8時」
「そんなに寝てたのか…あの茶を飲んでから全然記憶がないんだが…」
「幸せそうに寝てたけど。左崎さんと一緒に」
「…………」
「え?何でだ?」
「それで?いい夢見れた?」
「それがあんまり覚えてないんだよな…」
「…本当ですか?」
「いや嘘ついてどうするんだ」
「どうもしませんけど…ていうかお茶って、私と同じのですか…?」
「そうだけど」
「そうなのか?俺は安城に淹れてもらったんだが」
「あのお茶、調べたら原料はほぼ睡眠導入剤の、ぎりぎり合法なハーブだったよ」
「えっ…」
「何で安城さんがそんなもの持ってるんですか…!?」
***
「お茶のサイトハッキングしたら、隠しページが出てきたんだけど」
「うん…?」
「夢の中で本当の自分の煩悩を引き出して、清めるためのものだって。よく分からないけど完全に新興宗教ね」
「ああ…なんかそんな気はしてたんだ」
「敬慈の煩悩、何だったの?」
「あんまりちゃんと覚えてないんだよな」
「今までのパターンから考えて、そこまで動じないのは逆に怪しい」
「はは。あり得ないものを見たんだよ、言っても信じないさ」
「…何で嬉しそうなの」
「さあな」
***
雪は未だ、止まない。
一瞬感じた温もりは融けて消えて、彼女の立っていた場所には白いアイリスの花が残る。
紫、青、黄色と色とりどりのそれが、点々とドアの向こうへ続いていた。
(…あくまでも、建物に入れと)
跪いて、拾う。
瑞々しい手触りを、潰れないように手の中に収める。
百合の花束も、未だ捨てられやしないけれど。
(あの茶、やっぱり偽物か)
夢の中ですら、全く思い通りにはいかない。
特に、彼女の言動は。
(…ありがとう)
小さく呟いて、次の花を拾いに中に入って、ドアを閉めた。