安城糸音、平成最期の夏休み
──何か忘れている気がする。
その不確かで不安な感覚は、夏ごとに心を揺らして。
『…姉さん?』
そして弟が心配そうにこちらを見る顔も、いつからかその感覚と共に思い出されるようになっていた。
(…一体何を忘れてるっていうのかしら)
忘れられない過去だって、気を重くするには十分なのに。
それでも気になる忘れた過去は、一体どれほど大切な記憶だというのか。
「これ、君のご両親で合ってるか?」
「…随分と若いが、合ってる。白黒写真って…どこで手に入れた?あと何で顔から上だけなんだ…?」
「色々とな。じゃあこっちは」
「…死体遺棄騒ぎか…また随分と古いものを持ち出してきたな」
その印刷された切り抜き記事には、ほどほどに大きな見出しで《山中から子どもの白骨死体?》と書かれていた。
もっとも地方紙でこの扱いだし、その後本物ではないと判断されたらしくこれ以降の情報は途絶えていた。
が、その出土地点はまさに彼らの本家の裏山だ。
まさか、住人の間で話題になっていないはずはないだろう。
「あ、覚えてるんだな。とっかかりになるかな〜と思ったんだが」
「結構な大騒ぎだったからな…姉さんも多分覚えてると思うぞ」
「そうか…本人は今日は来てないんだな?」
「雨が降ってないだろう」
「あ…そうだった。極端な雨女だよな…ああ」
「…何だ?」
「いや。君にも当然秘密はあるんだろうなと思ってな」
嫌味に笑って見せれば、彼は軽く溜息をついて片付けを再開する。
(…何も言う気はないか。まあそうだよな)
機嫌も損ねてしまったことだし、この時点でこの話について聞き出すのは難しいだろう。
「それで、何か分かった?」
『死体遺棄騒ぎの話をされた』
「…小二の時の?随分と昔の話を持ち出してきたのね」
『覚えてるよな?』
「大人たちが騒いでたのと、結局何も教えてくれなかったことはね」
『…だよな。俺もそれくらいしか覚えてない』
「…それ以外は何もなさそうね?」
『みたいだな。現地調査をしてくれるそうだ』
「ええ…?色くん、それ本当に頼んで良かったの…?」
『若干後悔してるが…まあ、何かしらは掴んでくるだろう。小学生の頃まで遡られるとは思わなかったが』
「そうね…」
挨拶と共に電話を切り、小さく溜息をつく。
「…小学生の頃、ね。普通ほとんど忘れてるものじゃないの?」
そう呟いたその瞬間、窓を風が叩く。
暗いと思えば、外では雨が降り出しているようだ。
(…そう、雨)
土砂降りに遮られた視界、頭から叩きつけてくる雨と、犬の吠え声、手を染めたのは真っ赤な血。
がつんと頭を殴られたような気がした。
手にしていたはずのスマホが滑り落ちて、床に叩きつけられる。
(…何、今の)
額を押さえてスマホを拾おうとしゃがんだまま、立ち上がる気になれない。
(…本当に調べるべきだった?)
不安だ、ひたすらに。
思わず弟の番号を押しそうになる手を押し留めるように、握りしめた。
その不確かで不安な感覚は、夏ごとに心を揺らして。
『…姉さん?』
そして弟が心配そうにこちらを見る顔も、いつからかその感覚と共に思い出されるようになっていた。
(…一体何を忘れてるっていうのかしら)
忘れられない過去だって、気を重くするには十分なのに。
それでも気になる忘れた過去は、一体どれほど大切な記憶だというのか。
「これ、君のご両親で合ってるか?」
「…随分と若いが、合ってる。白黒写真って…どこで手に入れた?あと何で顔から上だけなんだ…?」
「色々とな。じゃあこっちは」
「…死体遺棄騒ぎか…また随分と古いものを持ち出してきたな」
その印刷された切り抜き記事には、ほどほどに大きな見出しで《山中から子どもの白骨死体?》と書かれていた。
もっとも地方紙でこの扱いだし、その後本物ではないと判断されたらしくこれ以降の情報は途絶えていた。
が、その出土地点はまさに彼らの本家の裏山だ。
まさか、住人の間で話題になっていないはずはないだろう。
「あ、覚えてるんだな。とっかかりになるかな〜と思ったんだが」
「結構な大騒ぎだったからな…姉さんも多分覚えてると思うぞ」
「そうか…本人は今日は来てないんだな?」
「雨が降ってないだろう」
「あ…そうだった。極端な雨女だよな…ああ」
「…何だ?」
「いや。君にも当然秘密はあるんだろうなと思ってな」
嫌味に笑って見せれば、彼は軽く溜息をついて片付けを再開する。
(…何も言う気はないか。まあそうだよな)
機嫌も損ねてしまったことだし、この時点でこの話について聞き出すのは難しいだろう。
「それで、何か分かった?」
『死体遺棄騒ぎの話をされた』
「…小二の時の?随分と昔の話を持ち出してきたのね」
『覚えてるよな?』
「大人たちが騒いでたのと、結局何も教えてくれなかったことはね」
『…だよな。俺もそれくらいしか覚えてない』
「…それ以外は何もなさそうね?」
『みたいだな。現地調査をしてくれるそうだ』
「ええ…?色くん、それ本当に頼んで良かったの…?」
『若干後悔してるが…まあ、何かしらは掴んでくるだろう。小学生の頃まで遡られるとは思わなかったが』
「そうね…」
挨拶と共に電話を切り、小さく溜息をつく。
「…小学生の頃、ね。普通ほとんど忘れてるものじゃないの?」
そう呟いたその瞬間、窓を風が叩く。
暗いと思えば、外では雨が降り出しているようだ。
(…そう、雨)
土砂降りに遮られた視界、頭から叩きつけてくる雨と、犬の吠え声、手を染めたのは真っ赤な血。
がつんと頭を殴られたような気がした。
手にしていたはずのスマホが滑り落ちて、床に叩きつけられる。
(…何、今の)
額を押さえてスマホを拾おうとしゃがんだまま、立ち上がる気になれない。
(…本当に調べるべきだった?)
不安だ、ひたすらに。
思わず弟の番号を押しそうになる手を押し留めるように、握りしめた。