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──な部屋

「それでな。色々考えたんやけどあんたの提案、穴だらけやで」
「え?」

玄関での最後の定例会議、半ば決まったものと思っていたのだが。
少し斜に構えつつ、淡々と語る刑事の台詞を聞く。

「まず第一に、合意のない性行為は違法やろ、18歳以上でも」
「そりゃね…」
「どんな形にしても、ここを出るつまり向こうに録音データを取られるちゅうことや。その場合例えば昨日みたいのは…まあアウトやろなあ」
「…へー。ダメなの、あれでも」
「まあな…つまりあんたが18だろうが20だろうが、やるからには見せつけなあかんってことでな」
「…はあ???何を???」

ちょっと何を言っているのか分からない。

「まあ、そうなるよな。俺でもそう言う」
「見せつけるも何もそんな事実存在しないでしょ」
「せやな」
(せやなじゃない)
平然とした顔で彼は続ける。

「第二にな。あんたから確認を取るのに、言質しかないやろ」
「言質?」
「あんたがそうするって保証がない」
「…そんなことないでしょ」
「あんた自分の立場忘れたんか?」
珍しく呆れたような顔をされた。
「俺が免職されて一番喜ぶのは、あんたやろ」
「………」
軽く突き放すように言われて初めて気付いて、言葉を失う。
あまりに間抜けな失言だ。
(…そこまで油断してた?嘘でしょ)

「まあ、そんな感じや。そんで俺が出した結論なんやけど」
まだ自分の考えに気を取られていたし、彼があまりに自然に前に一歩出て来たので、つられるように一歩退がる。
「タイムリミットはあと数時間てとこやろ。提案ももろたことやし、折角やからもうちょい仲良うなってみようかと思ってな」
「…?」
「もちろん無理強いはせんけどな」

言いながら当然のように距離を詰めてくる彼に押されて退がれば最終的に土足の場所も踏み越えて、背中に冷たいドアが触れる。

「俺は暇、あんたも暇。万一向こうで何かするにしたって、予行練習は必要やろ」
「…それって」
「ここならできる。なーんも聞こえんからな」
ひやりと金属質な冷たさを感じる背中のドアに、彼の右手が優しく触れて、もしやこれは壁ドンだろうか。
息が触れそうな近さ、彼は結局変わらず笑顔。
無駄な威圧感に気圧されそうになる。

「…今、ここでしろって?」
「言ったやろ、無理強いはせんて。嫌なら部屋に戻れば良い、そこでは何もできん」
「……」

それは確かにそうだ。
壁ドンと言っても拘束されているわけじゃないし、逃げるのに十分な隙間はある。
実際にここから離れることも可能だろう。
(…ふーん)

しばらく考えて、結局そのまま黙って目を閉じる。
一瞬の空白を置いて、近づいて来る気配。
そのほんの少しの油断を狙って、肩を捕まえ身を乗り出した。

「痛っ…!」

舌に残る、柔らかな感触。
噛まれた方の耳を押さえながら睨む顔は、間違いなく素だ。
そして私は多分、してやったりという顔をしている。

「…どういうつもりや」
「これで言い訳できないでしょ。手酷くされたら訴えてやるから」
「…ええ度胸やな…」
手を離したそこには、くっきりとした歯型。
所有と行為の証だ。

「…お望み通り、優しゅうしてやる。泣くほど焦らしたるからな…どこまで耐えられるか、見物やな」
素のままで笑う顔は、完全に悪人だった。
本気で言っているのがよく分かって、小さく唾を飲みこむ。
勿論、楽しみで。

「…健全育成条例には引っかからなくても、動物愛護法に引っかかるんじゃない?」
「あんたは人間やろ。俺もな。だから交われる」
上着を脱ぐ彼と戯言に興じながら、背中をドアに預けて、髪に触れる手を受け入れる。
もう獲物を狙うような雰囲気は残っていなかったけれど、今のがずっと真剣に見えるのはどうしてだろうと、髪から耳に移る手を感じながらぼんやり思う。
そのまま顔を包むようにして自然に傾けられて、目を閉じた。





同時に聞こえたのは、耳慣れない金属音。
傍らで彼が嘘やろ、と呟く。
珍しく、本当に珍しく私も全く同じ気持ちだった。

「ドアノブが…」
ドアから離れてそちらを凝視すれば、がちゃがちゃと揺れて明らかに外側で何かを試している。

そして次の瞬間、待ち望んだはずの展開はやって来た。

「状況確認!」
「クリア!」
「2名確認!」

すなわち、ドアが開いて眩しく明るい光の中、完全装備の機動隊とか、鬱陶しいほどの人々の気配とか、遥か後ろの方から聞こえる親愛なる飼い主の声とか。


開いた世界の中、振り返ればこんなはずじゃなかった、という顔で上着を抱えたまま呆然と見ている彼がいて、それは少しだけ、面白いなと思った。





「それにしても無事で良かった…」
「本当ですよ…心配したんですからね…!」
5分は同じ台詞を聞いているが、多分あと3日くらい聞くことになるんだろう。
とりあえずの搬送中の救急車で、すこぶる元気なせいでさっきから説教と労いと安堵の声をループで延々と聞かされている。
傍らで刑事はぼんやりとして、聞いているかも怪しいが。
(全然寝てなかったものね…あ)
大事なことがひとつ。
「…敬慈、私昨日で20歳だから」
「は?急に何だ…?」
「だから、昨日で20歳。よろしくね」
「どういう意味かさっ…ぱ、り…」

「…あの?所長?日和さんもそれって…」
困惑する左崎さんの隣で休みなしに喋っていた口を閉じて、敬慈は刑事の方を見て、そっと笑った。
「なあ八海、話があるんだ。3時間くらい」
「ああ?何か誤解されとります?解くにしても診察とか聴取とか終わるまで待ってください、3時間くらい」
不穏な笑みに臆さず、眠いなりに不敵に笑って返している。
私のために争わないで(棒)なんて言おうか迷っていたら、何か察した顔で見ていた左崎さんに、くしゃりと頭を撫でられた。

「…お疲れ様でした」

優しい声でそう言われて初めて、涙がひとしずく、落ちた。
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