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「月が綺麗ですね」
綺麗な声に、振り向けば彼女は微笑んでいた。
その時多分自分の顔は真っ赤で、明白過ぎるその反応にも彼女はただ微笑んでいて。
自分は何と返したんだったか。
(確か、あぁとかえぇとか言葉ですらない変な呻き声だったような)
当時彼女とそんな関係になるなんざ夢にも思わなかったので、ただただ浮ついて狼狽えていた。
だから彼女の言葉の意味を、正確に図ることはできなかったのだ。
(それも狙いだったのだろうか)
死んでも良いわと、その一言は今でも頭に響く。
惚気でも、冗談でもなく、それは助けを請う言葉だっただろうのか。
それから暫く後、彼女が死んだのも月の綺麗な夜だった。
その時からずっと、満月を見るたびに、俺の手は月にも、どこにも、届かないのだとふと思う。


「月が綺麗だな」
何の気なしに呟いた一言に、彼女は感慨もなくたしかに、と答えた。
月が明る過ぎて、星が見えないのは残念ですけど、なんて呑気に続けるので、思わず笑う。
「…君は死んでも良いなんて言わないだろうな」
「…はあ?そりゃそうですよ、相手が可哀相じゃないですか」
「一緒に死にたいって意味かもしれないぞ」
「…真っ平御免ですね」
いつもの彼女らしく、鮮やかに斬り捨てる。
「はは、それも相手が可哀相だ」
「そんなことないですよ…」
語る彼女を、俺と月はただ見ている。
「一緒に死ねないなら、一緒に生きようとするしかないでしょ。その方が綺麗ですよ」
「…綺麗?」
「綺麗な生き方、です。個人的な拘りなんでしょうけど」
そんなものがあるとは知らなかった。
酒席帰りだからか、彼女はいつもよりよく喋る。
「だから私がもし言うなら、死にたくない、です」
「…俺も今度からそう言おうかな」
「普通に伝わらないと思いますけど」
「そうだな…」
愛している、君と生きたい。
正しい愛の言葉。
君と交わし損ねた言葉。
正しく言えたなら、月にも手が届いたのだろうか。

冷たい光を振り仰いでも、答えは出ない。

ただ、いつかそう伝える彼女は、あの時の俺たちよりも美しいのだろう、きっと。
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