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──な部屋

「…いい加減にせえよ」
「…んえ…?」
「そんなに会いたいか」

浮き上がる感覚、雑に抱き上げられたのだと気づくまでに少しかかって反応が遅れた。
ベッドに殆ど落とすように降ろされ、呻く間も無く覆い被さってきた彼と目が合う。

「な…何」
「そんなに会いたいか、って聞いとんのや」
顔は笑っている、けど、明らかに声に滲むのは怒り。
「誰に…」
「所長さんに決まっとんやろ。寝言で呼ぶくらいやもんな?」
「…何のことか分からないんだけど」
「…まあええわ。気が変わった、昼の続きや」
(は…?)
起き上がろうとすれば問答無用で顎を掬われ、彼の顔が近づいてくるので空いた左手で押し返した。
「…何すんねん」
「いや意味不明だから、とりあえず状況を…」
「だから、続きや。何かもう全部面倒でなあ」
「何それ…」
「馬鹿みたいやん。距離測って、気い使って…あんたと俺はそんな関係か?違うよな」
打って変わって砕けた口調、彼を留めていた左手は遠慮なく絡め取られて壁に縫い付けられる。
「ちょっと待っ…」
「いいや、待たん。一刻も早く出たいんやろ」
「免職になってもいいわけ…?!」
「ああ、もうそういうのはいいわ。そんなことよりこっちのがずっと楽しそうや」
(そんな馬鹿な)
そんなに簡単に諦められるなら、とっくにこうなっていた。
(何で今更…)
何が原因かは知らないが、彼は今、明らかに様子がおかしい。
何とか止める方法を必死に考えれば考えるほど焦って、頭が真っ白になる。

(…でも、彼とこんな形で体を重ねるのは嫌)
咄嗟にはっきりと、そんなことを思う自分に気付いて驚く。
その間にもするりとその手が太ももを撫で上げて、小さく声が漏れた。

「…ちょっとは乗り気になったか?」

あくまで愉しそうに私の弱いところを探る彼は、一番重要なことには気付かない、振りをしている。
私が嫌がっているのを気付いていて、それでも続け
るつもりなら。
(諦めるしかない…昔と、同じ)
鍵のかかる部屋に、薄ら笑いの大人達。

「…さあね。好きに使えば?」

棒読みで、答える。
(せめて、矜持だけは)
声が震えないよう感情を押し殺して。
大丈夫、すぐ終わる。

次の瞬間傍からすごい音がして、思わず身を強張らせた。
壁を彼が殴った音、らしい。

「…馬鹿か、俺は」

長い沈黙、吐き捨てるような声。
彼が降りてベッドが軋んで、そしてそのまま足音はドアの向こうへ消えた。
ドアを強く閉める音がして、ベッドの上に一人残される。


(…雨音)

全て過ぎ去って静かすぎる部屋に、かすかに聴こえる。
くしゃくしゃのシーツに涙が落ちるのに気付いたのは、それから更にしばらく経ってからだった。
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