──な部屋
誰かの気配に、目が醒める。
(まさか本当に寝込みを襲いに来たんか?)
咄嗟に起き上がって眼鏡を掛ければ、目の前には小さな人影。
「何や、あんたか…どうしたん?」
「…………」
(嘘やん)
勢いに押されて、ソファの背に背中をぶつける。
一瞬刺されたのかと思ったが、それにしては力が入っていなさすぎる。
泣きながら懐に飛び込んできたのだと認識するのに、3秒ほどかかった。
「…こわい………」
小さく呟いて、後は嗚咽が聞こえるのみ。
まさかの事態に多少混乱しながらも、引き剥がして顔と顔を見合わせる。
混乱の見て取れる瞳が、途方に暮れたようにこちらを見た。
「何や、何があった」
「………何も、ないけど…」
「何もないなら泣くなや。泣いても出られんで」
「……分かってるけど…!」
厳しいようだが、こんな閉鎖された場所で心が折れたら負けだ。
挑発するように言えば、彼女の泣き顔が歪んで。
暗闇に浮かぶ白い指先が縋るようにスウェットを掴んでいる。
(いっそこのまま)
ちらりと胸を過ぎった誘惑が、犯人の思う壺なのはよく分かっている。
「落ち着け、とりあえず…食料も自由もある、思ったより状況は悪くない。な?」
視線を外して、なるべく落ち着かせるように囁きながらゆっくり背中を撫でれば、胸に頭を寄せてまた泣きじゃくり始めた。
やがて嗚咽も聞こえなくなり、小さな寝息に変わる。
飼い猫に膝に座られた時のように、ソファに座ったまま身動きが取れない。
汚れたスウェットを着替えたかったが、ここで起こしてさっきの二の舞は死んでも避けたかった。
何とか自由な右手を駆使して、毛布をかけ直すのが精一杯だ。
(参ったな…)
ようやくひと心地ついて、思いのほか戸惑いを覚えている自分に気付く。
彼女は犯人ではない、被害者だ。
切り捨てるわけにはいかない。
明日どんな顔で会うべきか、意外に無理をさせていたのか、本当に三日目まで保つのか。
山積する課題を抱え、今はとにかく眠りたかった。