──な部屋
何の変哲も無いマンションの、何の変哲も無いドア。
灰色で新築らしくぴかぴかとしている。
(…ここで情報の受け取り?変な話ね)
少し感じた違和感、しかし無視してしまった。
信頼できる筋だからこそ気をつけるべきだったのに。
ドアを開けたその先で、そこにいるはずのない男が、振り返って私を見た。
違和感は、嫌な予感に変わる。
「何でお嬢さんがここに…」
私の背後で、ドアの閉まる音がした。
《──な部屋》
「…開かんな」
「嘘でしょ」
正直油断していた。
聞き込みに後から合流する形で、チャイムを鳴らして誰か出ないはずがなかったのだ。
施錠していないからと部屋に入った瞬間ドアが閉まって全く開かないとは。
(電話も通じんし…)
妨害電波か知らないが、全く不自然なことにアンテナが立たず使い物にならない。
彼女の物も同様なのか聞きたいが、そちらは生憎それどころではなさそうだ。
「お嬢さん、閉所恐怖症やったよな?」
「そうだけど…!」
半狂乱の彼女をとりあえず宥めながらドアノブと錠の形状を確認すれば、何の変哲もない型だ。
ツマミも回るし、これで開かない方がおかしい。
(壊れたんか?この一瞬で?)
大体彼女がここにいる時点で作為的なものを感じないわけがないのだが。
家人はいないかと玄関の先を眺めれば、廊下の先のドアのノブに、何やらカードが引っ掛けてある。
ラミネート加工されたそれを手に取る。
その表には信じられない文字が踊っていた。
『セックスしないと出られない部屋』
(…創英角ポップ体)
明らかな狂気を感じる。
(ドッキリ企画か何かか?)
警察がそんなものに協力するとは、考えにくいが。
とりあえずドアの向こうの部屋を回り、人を探してみるがやはりというか、どこにも誰もいないようだ。
それどころか全く人のいた形跡がない。
新築同然で、家具や生活用品はある程度揃っているがどれも手付かずの様子。
窓やその他の出られそうな所をざっと見たが、どこも錠が動くだけで全く開く様子がない。
彼女には残念な知らせだ。
ついでに言えば、固定電話もなかった。
そろそろ犯罪の臭いがしてきたところでもう一度スマホを確認して、電波の気配もないのを確認する。
心を決めて、先ほどのラミネート加工されたカードを読み進める。
読めば読むほど、何というか、気違い染みていた。
裏にびっしり書かれた文字を読み終えて、溜息をつく。
玄関では、まだ彼女ができる限り冷静に玄関をこじ開けようとしていた。
冊子を玄関のクローゼットに放り込み、何食わぬ顔で戻れば、混沌とした瞳と目が合う。
彼女は、とても分かりやすく参っていた。
「…どうしよう」
彼女にも鍵開けスキルはあるのだろうが、どうやら機能しなかったらしい。
「まあ、最後の手段やな」
答えて、背後に下がってもらう。
警官の最終兵器を構えて、一発、二発と撃てば、非常に耳障りの悪い音がその分だけ響いて、やがて静寂。
「…監禁罪決定やな。ミイラ取りがミイラか…」
「冗談でしょ…」
銃弾の当たった錠前は、確かに壊れている。
その安物の下に隠れていたのは合金で出来た、遥かに立派な錠前だった。