犬系王子と尾行演習
「愛理さんは、どうして雨笠探偵社で働くことになったんですか?」
キラキラと幻想的な照明には似つかわしくない質問。
夕食に立ち寄ったレストランで急にそんなことを聞かれて戸惑う。
「え?えーと……涼宮くんは、どうして?」
借金をカタに仕方なく…とは言えないので、聞き返してみる。
「僕ですか?僕は、そうですねー」
同じことを聞いておいて、同じように言いよどむ彼は、なんだか面白い。
ところがほのぼのした気持ちは次の一言に打ち砕かれた。
「…ちょっと、路頭に迷ってまして」
「…路頭に?」
「はい。路頭に」
(ええ…?)
思わず聞き返してしまった。
「ろ、路頭にって…何で」
「一時期だけなんですけど。色々あって」
(色々)
一言で片付けられた。
「それで途方に暮れてた時に、マスターに拾われたんです。マスターは、僕の命の恩人なんですよ!」
「へ、へえ…すごいね…?」
としか言いようがない。
「すごいでしょう!あの人は僕に、仕事も住む場所もくれたんです。だから僕はマスターのためなら、何だってできますよ!」
「それって…安城さんのことだよね…?」
「そうですよ、意外ですか?マスター、見た目は怖いですもんね」
「いや、優しいのは知ってるけど…」
「そうですか!愛理さんは常連さんですもんね」
彼は嬉しそうに言う。
「長く通えば、マスターが優しいのはみんなわかると思います。自慢の上司です」
(…自慢の上司)
「…いいな、そういうの。うちの上司と交換してくれないかな」
余計な本音がぽろっとこぼれる。
「所長さん、そんな厳しい人でしたっけ?」
「厳しくはないよ…むしろ逆」
「あはは…ちょっとふざけた人ですよね」
「そうなんだよね」
今日私を突然送り出した時の、腹立たしい笑顔を思い出す。
「何というか…今のところ、ただのふざけた人としか評価しようがなくて」
「ああ…」
「勝手に人のテリトリーに入り込んできたくせに、何も教えないんだからずるいよね…本当」
「………」
真剣そうに聞いていた彼が、おずおずと口を開く。
「…いっそ辞めちゃって、うちで働くのはどうですか?随時バイト募集してますよ?」
「ええ?急だね」
「急ですけど、真面目です」
きりりと言われて、何だか申し訳なくなる。
「…心惹かれるけど、それは無理かなあ…辞められるならさっさと辞めてるし」
「やっぱり、辞められないんですか?」
「色々あってね」
「…相談してもらえば、僕でよければ何か力になれるかも…」
「そう?じゃあ、そのうちに」
今度は私が笑って返す。
気持ちはとても嬉しい。
しかし彼が路頭に迷ったのもおそらく経済的な理由だろう。
同質な問題だからこそ、彼にはちょっと荷が重そうだ。
「…あ、エレクトリカルパレード、始まったね」
「本当だ!きれいですね!」