犬系王子と尾行演習
「カッコつけといて結局スーツじゃないのね」
「いや、ここでスーツは絶望的に浮くだろ」
「私も来ることになってるし…」
「社内イベントみたいなものだしな。というかやっぱり、一人だと浮くだろ」
「別にいいんじゃない?一人ディズニーを楽しむ人間のふりでもしてれば」
「うーん、それはあっという間にボロが出そうだ…」
不穏な会話を交わしつつ、5メートルほど先の2人組を追いかけている。
今のところ平和に遊園地を楽しんでいる2人には、全く気づかれていないようだ。
今はちょうど、彼がピンクのチュロスを半分にして彼女に渡したところだった。
「…仲良さそうだな?案外お似合いなんじゃないか?」
「……」
ちょっとした会話の続きのつもりだったのだが、隣を歩く飼い猫は返事をしない。
ただ、何となく意味あり気にこちらを見つめられる。
遊園地に合わせて付けたマリーを模した猫耳が、よく似合っていた。
「…何だ?」
「いいの?」
「何が?」
意図を図りかねて聞き返した俺と彼女の間に、白々しく風が吹いていった。
「…聞きたいことは山ほどあるんだけど…」
「聞けばいいじゃないか」
「今はいいや…ねえ敬慈、いつの間にか2人がいない」
「…おや?」
この一瞬の間に、前方の彼らの姿が消えていた。
曲がれる道は通っていないので、引き返したのでなければ加速したとしか考えられないが。
「もしかして捲かれたかな…」
「かもしれない」
「…こういうことになるから、尾行中に喋ってちゃダメなんだ。覚えておくといい」
「もしかしてそれ、自分で自分に言ってる?」
「勿論だ」