七夕記録
「何や、他の皆さんはええんですの?」
「面倒見きれないし…」
隣を歩く刑事に、おざなりに返す。
あの後当然のようにテーブル席は飲み比べの場と化した。
(予想される惨状の後処理はノーサンキュー)
さっさと帰るが吉と判断して、今帰途についているのだが。
「…何でついてきたわけ?」
「こんな深夜に外出るお嬢さん放っとけるわけないやろ~、非番とはいえ警察官ですもん」
「……不審者にしか見えないんだけど」
「こりゃまた辛辣なお言葉で」
ついてきた男は糸目にメガネ、まったくもって意図が読みづらい。本気で不審だ。エセ関西弁だし。
(…まあいいけど)
距離にしてほぼ100メートル、探偵社はもう目の前だ。
「そういや、日和さんは何書いたんです?短冊」
「は…?」
「何か書いてたやろ、俺は見ましたで」
「…あなたみたいなのが、寝床に土足で入ってきませんようにってね」
「…おや?土足で踏み込まれてる自覚はあったんやな」
不意の一言に、足が止まる。
「…今、何て?」
「いやあ、申し訳ないとは思いつつなあ。怪盗騒ぎも気にはなるんやけど…実のところ」
こちらを向いた男は、笑っていなかった。
「俺、あんたに興味あるんや。もちろん、刑事としてな」
「…は?」
「冗談や。しかし星ひとつ見えませんなあ」
とぼけた顔で、平然と男は取り繕う。
「ここらで大丈夫やな?」
いつの間にか目の前は事務所だった。
「…ああ…お見送りありがとう」
「勝手にやったことやし、お礼はええんやで」
「…おやすみなさい」
それだけ言って、ガラスのドアを閉める。
怪しく笑った彼は素直に踵を返していなくなった、けれど。
(…何故?)
口説かれたわけではない。
あの男の目に宿る明確な『興味』。
あれは、私の過去を、掘り起こしに来たのだろうか。
(……紅茶に毒でも入れるようかな)
なんて、ね。