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一睡茶


「思い通りの夢が見れるお茶?ありがちだなあ」
「何がだ。勝手に見るな」
「すまんすまん、たまたま見えたんだ」
当然のようにカウンター越しに覗いてくる男を手で追い払い、包みを開ける。
先程馴染みの老婦人が旅行の土産に置いていったものだ。
『一炊茶』とよく分からない名前に、紺色を基調とした怪しい光の飛ぶパッケージ。
(また妙な物を…)
彼女の土産はいつも独創的だが、今回が一番かもしれない。
能書きを一応読めば、用法まできちんと書いてある。
(一回二包、250ml…やけに細かいな)
この通り作って飲めば眠りに落ちて、その晩は見たい夢を見ることができるのだという。
「本当にそうなら今頃話題騒然だろ。パチモンだな」
「当たり前だろう…だから乗り出して来るなって」
「すまんすまん」
随分前にやってきて随分呑んでいるだけあって、だいぶ面倒くさいその男を制止しつつ、包みをしまおうとすれば更にうるさい。
「折角だし一杯飲んでみたいなー」
「何でお前に淹れてやる義理がある」
「だって気になるだろ、本当なら相当面白いぞ」
「さっき自分で嘘だと断定してただろうが」
「それとこれは別だ。やってみないと分からないだろ」

「色くん、淹れてやれば?その男絶対飲むまでうるさいわよ」
「姉さんまで…」
遅い夕食中のいつものテーブルから声が飛んで来て、この男の肩を持つとは何事か、とまで考えて合点がいった。
「……飲みたいのか、姉さんも」
「まあね。調べたら効果はともかくデトックスには良いみたいよ」
「デトックスには興味ないが夢には興味あるな」
「分かった分かった。淹れればいいんだろう…」


何だか妙に静かだ。
「睡眠効果はあったのか…」
雨笠の方は一杯飲み干したところで、姉さんはコップ半分で死んだように眠ってしまった。
まだ飴色の液体が揺れる湯のみと食器を片付けながら、息を確認してしまうくらいには二人とも深く眠っているようだ。
(酒との飲み合わせとか、ないよな)
今軽く調べた限りではそんなこともないようだが、それにしてもよく眠っている。
改めて用法を確認してみて、目が点になる。
(…一包500mlじゃないか)
勿論茶に副作用などあるわけもないが、バーテンとしてはあるまじき失敗だ。
この二人が万が一見たい夢を見ているとしたら、相当楽しいことになっているだろう。


***


「マスター、どうします?この人たち」
涼宮の目線の先には、テーブルとカウンターでそれぞれ熟睡している二人。
「…姉さんは連れて帰る。こいつは…どうしような…」
カウンターに全体重を預けているこの男は実に幸せそうな寝顔を晒して、いくら揺すっても全く起きる気配がなかった。
(まさか寝てても迷惑だとは)
「ゴミ捨て場にでも放り投げますか?」
あくまで冷静な涼宮の提案に思わず同意しそうになるが、ぎりぎりのところで思い留まる。
「凍死されても困るからな…あと今回に限っては俺のせいとも言えなくもない」
「いつもの迷惑から考えれば全然チャラだと思いますけど…。すぐそこですし、日和さんに連絡入れて事務所に放り込んできます」
「…ああ、それが一番いいな。頼む」
タクシーを頼むのも馬鹿らしい距離だ。


「…あの、マスター。日和さんがそのお茶一袋くれないかって」
「…は?何でだ?」
保留を鳴らして受話器を置いた涼宮の一言に、片付けの手を止めて振り返る。
「所長さんにそういうのが効くの、珍しいんですって。面白いから本人と一緒に持ってきてほしいそうです」
「何に使う気だ…まあ、構わないが。ただの茶だしな…」


***


「あれ、今日はお二人だったんですね。愛理さんは帰らなくて良いんですか?」
「知らないの?人身事故で電車止まってるのよ」
「え、そうなんですか!?」
「ついさっきだからね…しかも私の最寄り…もう今日帰るのは諦めた」
「それはお疲れ様です…はいこれ、頼まれた物です」
「…涼宮くん、力持ちだね」
「これくらい軽いですよー!じゃああと、この人は4階まで担いでドアの前に置いておきますね!」

「細いのに頼もしい…」
「ドアの前に放置したら、風邪引きそうだけどね」
「自業自得…って言いたいところですけど風邪引かれたら明日仕事で困りますし、あとで毛布でもかけときます。ところでそれ何ですか?」
「お茶。飲む?」
「はあ。淹れてもらえるなら飲みますけど…?」
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