彗星ハネムーン(IF)
「本当は電車で来れればよかったんだけどな」
「そうなんですか?私はどっちでもいいんですけど」
「はは、そうか…」
過ぎていく街並み、低く響くエンジン音。
車なんか運転するのは何年振りだろうか。
「もう事故ってもいいか、くらいの気持ちで良いよな」
「本当に事故られても困りますけど…行くんでしょう?熱海」
「ああ、ちゃんと目指してるよ」
真っ暗なはずの空は、都会の明かりにぼんやり照らされ端々が赤黒い。
あの寂れた街はまだまだ遠いようだ。
「あとどれくらいですか?」
「1時間くらいで着くはずだな」
「…うわ、いつの間にか0時回ってるじゃないですか…着いてもどこもやってないですね」
「そんなの分かってただろう?」
「まあ、そうですけど…よく行く気になりましたね」
「最近やけにあちこち行きたがるとは思ってたんだよ。今更ながら、一番近くくらいならと思ってな」
「…海があるところならどこでも良かったんですけど」
「何でだ?」
「何となく、ですよ。急に見に行きたくなりません?海」
「…分からなくはないが…」
呟いた途端、ちょうど赤信号に引っかかって止まった。
ほかの車なんて滅多に来ないのだから、突っ切っても問題無いような気もするが。
「…安全運転してくださいよ?」
「もちろん」
「…車に乗ると人が変わるタイプなんですね。意外…」
「それは多分、君のせいだと思うんだが」
「…あー、それならしょうがない…ですか?」
「聞かれても困る…」
「ですよね…」
困惑気味な雰囲気になったところで、やっと信号が変わる。
アクセルを踏み込んで、スピードを上げていく。
「…まさか本当に行くことになるとは思いませんでした、熱海」
「そうなのか?」
「行ったことないんです。暖かい所なんですよね?」
「たしかに気温は高いけどな…すごい寂れてるぞ」
「これから行くのにそれはないんじゃないですか…?」
「寂しくなりに行くんだろ?」
「え…そんな目的…?」
「ドン引きしないでくれよ…近場でそういうことできる場所ってなかなかないぞ」
「それはそうでしょうけど…もっと前向きでいきましょうよ」
「例えば?」
「……あまり思いつかないですけど」
「だろ?今君を連れて走ってるだけで充分前向きだ」
「それはただ単に約束してたからってだけでしょ」
「…まあ、それはそうだな」
「…落ち込まないでくださいよ…充分嬉しいですから」
「…なら、良いんだが」
自分の不甲斐なさを感じつつ、ドライブは続く。
「…わあ…綺麗ですね」
「…そうか?」
寝ているかのような静寂を破って、声が響いた。
「星、随分と見えるようになったじゃないですか」
「明かりが減ったからなあ」
「…あんまりテンション上がってませんね」
「見えなくてな。歳かな…」
「さらっと恐ろしいこと言いました…?」
「見えないものはしょうがないだろ」
「あんなにはっきり見えるのに…」
行く手は電灯に照らされ、星など一欠片もない。
ぼんやり浮かび上がった道路を、ただただひたすら走っている。
それでも傍らでは無邪気な声が響く。
「…熱海でもきっと、よく見えますよ。楽しみですね」
「そうだな」
「…着いたら、海に行くんですよね」
「ああ。君が行きたいって言ったから」
「…何をしに?」
彼女の声が、微かに緊張している。
「…何だと思う?」
「…星を見に?」
「…そうかもしれないな」
ふと、笑いが漏れた。
もしかしたら一つや二つは見つかるかもしれない。
「オリオン座くらいしか分からないぞ、俺は」
「それが分かればあとは教えてあげますよ。ほら今も、オリオン座の端から冬の大三角形が見つかりますし」
「ごめん、今は見えない。運転中だし…」
それに、今は雨じゃないか。
自分を騙しきれなくて掠れた声で呟けば、彼女は悲しげに微笑んだ。
そちらを見なくても確かに分かったんだ。
雨の音が今更のように襲い来る。
最初から、冷たい雨の中を走っている。
「海に着いたらどこへ行こうか」
傍らでずっと眠る彼女に、訊くように呟いてみる。
返事は聞こえない。
行く場所なんて、多分ないと分かっている。
それでも。
「星を見に行きましょうよ。今度こそ」
「…そうだな。君が行きたいなら、どこへでも行こう」
だからもう少しだけ、ドライブを続けよう。
「そうなんですか?私はどっちでもいいんですけど」
「はは、そうか…」
過ぎていく街並み、低く響くエンジン音。
車なんか運転するのは何年振りだろうか。
「もう事故ってもいいか、くらいの気持ちで良いよな」
「本当に事故られても困りますけど…行くんでしょう?熱海」
「ああ、ちゃんと目指してるよ」
真っ暗なはずの空は、都会の明かりにぼんやり照らされ端々が赤黒い。
あの寂れた街はまだまだ遠いようだ。
「あとどれくらいですか?」
「1時間くらいで着くはずだな」
「…うわ、いつの間にか0時回ってるじゃないですか…着いてもどこもやってないですね」
「そんなの分かってただろう?」
「まあ、そうですけど…よく行く気になりましたね」
「最近やけにあちこち行きたがるとは思ってたんだよ。今更ながら、一番近くくらいならと思ってな」
「…海があるところならどこでも良かったんですけど」
「何でだ?」
「何となく、ですよ。急に見に行きたくなりません?海」
「…分からなくはないが…」
呟いた途端、ちょうど赤信号に引っかかって止まった。
ほかの車なんて滅多に来ないのだから、突っ切っても問題無いような気もするが。
「…安全運転してくださいよ?」
「もちろん」
「…車に乗ると人が変わるタイプなんですね。意外…」
「それは多分、君のせいだと思うんだが」
「…あー、それならしょうがない…ですか?」
「聞かれても困る…」
「ですよね…」
困惑気味な雰囲気になったところで、やっと信号が変わる。
アクセルを踏み込んで、スピードを上げていく。
「…まさか本当に行くことになるとは思いませんでした、熱海」
「そうなのか?」
「行ったことないんです。暖かい所なんですよね?」
「たしかに気温は高いけどな…すごい寂れてるぞ」
「これから行くのにそれはないんじゃないですか…?」
「寂しくなりに行くんだろ?」
「え…そんな目的…?」
「ドン引きしないでくれよ…近場でそういうことできる場所ってなかなかないぞ」
「それはそうでしょうけど…もっと前向きでいきましょうよ」
「例えば?」
「……あまり思いつかないですけど」
「だろ?今君を連れて走ってるだけで充分前向きだ」
「それはただ単に約束してたからってだけでしょ」
「…まあ、それはそうだな」
「…落ち込まないでくださいよ…充分嬉しいですから」
「…なら、良いんだが」
自分の不甲斐なさを感じつつ、ドライブは続く。
「…わあ…綺麗ですね」
「…そうか?」
寝ているかのような静寂を破って、声が響いた。
「星、随分と見えるようになったじゃないですか」
「明かりが減ったからなあ」
「…あんまりテンション上がってませんね」
「見えなくてな。歳かな…」
「さらっと恐ろしいこと言いました…?」
「見えないものはしょうがないだろ」
「あんなにはっきり見えるのに…」
行く手は電灯に照らされ、星など一欠片もない。
ぼんやり浮かび上がった道路を、ただただひたすら走っている。
それでも傍らでは無邪気な声が響く。
「…熱海でもきっと、よく見えますよ。楽しみですね」
「そうだな」
「…着いたら、海に行くんですよね」
「ああ。君が行きたいって言ったから」
「…何をしに?」
彼女の声が、微かに緊張している。
「…何だと思う?」
「…星を見に?」
「…そうかもしれないな」
ふと、笑いが漏れた。
もしかしたら一つや二つは見つかるかもしれない。
「オリオン座くらいしか分からないぞ、俺は」
「それが分かればあとは教えてあげますよ。ほら今も、オリオン座の端から冬の大三角形が見つかりますし」
「ごめん、今は見えない。運転中だし…」
それに、今は雨じゃないか。
自分を騙しきれなくて掠れた声で呟けば、彼女は悲しげに微笑んだ。
そちらを見なくても確かに分かったんだ。
雨の音が今更のように襲い来る。
最初から、冷たい雨の中を走っている。
「海に着いたらどこへ行こうか」
傍らでずっと眠る彼女に、訊くように呟いてみる。
返事は聞こえない。
行く場所なんて、多分ないと分かっている。
それでも。
「星を見に行きましょうよ。今度こそ」
「…そうだな。君が行きたいなら、どこへでも行こう」
だからもう少しだけ、ドライブを続けよう。
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