このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

お持ち帰りif

「…何やってるんだ」
「……にゃあ」

雨の音にかき消されそうな鳴き声。
どこからツッコめばいいのか分からないが、とりあえず猫耳をした少女がうちの軒下で丸まってこちらを見ているのは確からしい。
服は濡れているし、髪の先からは雫が滴っている。
「……とりあえず、入れ」
「ありがとう」
彼女の思う壺なのは感じたが、ここで若い女性を雨空の下に追い払うほど不親切にはなれない。
何より明らかに彼女の元気がなかった。
(あいつ、何やったんだ?)
とうとう秘書の彼女とくっついて調子に乗って、無意識にでも彼女を邪険に扱ったのだろうか。
(…いかにもやりそうだ)
いい加減にそういうところは直してもらいたいのだが。

傘立てを所定の位置に置いて中へ戻ればカウンターの一番端に彼女はちょこんと座っている。
(…所定の位置とは違うな?)
いつもの右から二番目には、生憎の先客。
(今日は客がいる方だからな…)
気分の問題もあるのだろうが、そこに座っている彼女を見るのは何だか新鮮だ。

「…拭いた方が良いんじゃないか」
まだ綺麗なタオルを出して渡せば、黙って髪を拭き始める。
いつにも増して無表情で、余裕のなさが見て取れた。
しばらく言葉をかけるべきではなさそうだ。
(何か温まるものでも作るか…)
まあ、それくらいの義理はあるだろう。


「ホットワインだ」
軽い音を立てて目の前にワイングラスを置けば、スマホを見ていた視線がようやくこちらを向く。
しばらく迷うようにグラスを見て、そっと取り少しずつ飲み始めた。
(相当重症そうだが…大丈夫なのか?)
客もいなければ話くらいは聞けたのだが、生憎それなりに忙しい時間帯だ。
他の注文を受けたり、涼宮に指示を入れたりしている間に5分程経ち、ふとカウンターの端の席を見れば人が増えている。
先程の、右から二番めの客だ。

(…あー…)
何かを察して、他の仕事に専念することにする。

彼女のグラスが空になるよりも先に、件の客が会計にやって来た。
「…今日は早いんだな」
「ちょっとな。持ち帰りの仕事があってなあ」
「仕事?」
「仕事や」
ちらりと彼女を見れば、最後の一口を煽っている。
この常連の男の企みは見え透いていた。
「このバーで女を引っかけるのはやめろって言わなかったか」
「最近やっとらんかったやろ…今日はな。ちょい違うんや」
妙に真面目なトーンだが、やっていること自体は同じだ。
「…保護者には連絡を入れるが、いいな?」
「それくらいしてやった方がええやろなあ」
からりと笑う男の方にダメージはなさそうだ。
寧ろやってやれ、という雰囲気すら感じて肩をすくめる。
会計を終えた彼と入れ違いに、猫耳の彼女がカウンターを離れて会計の方に来た。

「ホットワインは気にするな、雨笠につけておく」
「…ありがと」
相変わらず元気はなさそうだが、それでも少しだけ笑って、彼女はそのまま彼の後に付いて店を出ていった。

前から薄々感じてはいたが、実際にそれを目撃すると何も言えないものだ。
妙にわびしい気持ちでその後姿を見つめる。
(…あいつ、何で懲戒処分にならないんだろうな)

「あの男、何で懲戒処分にならないのかしらね」
テーブルから飛んできた声に、少し笑った。
1/1ページ