へたれソファ
(どうしようかなー…)
所々布地の禿げた緑のソファと、それを眺めながら思案する男一人。
いつ買ったのかも覚えていないし、ためしに座ったり立ったりしてみれば、リズミカルにぎしぎしとうるさい。
(もうこれ捨てた方が良いんじゃないか?)
俺の仕事場の仮眠用なので、客が座ったりすることはまずないのだが、これは自分で使うにも限界だ。
その場合問題になるのは、彼女の方はこのソファをお気に入りだということだが。
(そういえば、理由は聞いたことなかったな)
「何難しい顔してるんです?」
次の瞬間、件の彼女に思いっ切り顔を覗き込まれて、思わずソファから飛び上がる。
「!?」
「うわ、びっくりした。どうしたんですか」
それはこちらの台詞だ。
「やましいことでもあるんですか…?」
「気配がなかったからだろ!」
憤慨してみせれば、心外だという顔をされる。
「いつもは気づくくせに…まあ良いですけど。なんでソファを睨んでたんですか?」
「いや、すごい軋むし生地とか汚れてるから買い替えたいなって」
「あー、たしかに。きったないですもんね」
(おや?)
もうお気に入りではないのだろうか。
「新しいの買います?」
「…いいのか?気に入ってるんだと思ってたが」
「ソファ自体は、別に…」
「じゃあ何だ?」
「………」
普通に聞いたつもりだったんだが、押し黙った彼女と、何だか察しろというような微妙な空気が流れる。
こういう時絶対に分からないのは、自分でもどうかと思うんだが、分からないものは分からない。
「ごめん、よく分からないんだが──」
「…ここにソファがあると、襲いやすいじゃないですか」
「は?何を?」
「…あなたを…」
「…?」
(んん?)
「だから、このソファが好きっていうかここでいちゃつくのが好きなんです!言わせないでください!」
顔を真っ赤にして、彼女はとんでもないことを言い放った。
「…そ…」
「そ?」
「そういう不健全なのはどうかと思う…」
「何でそこで引いちゃうんですか!!!不健全ですし恋人も辞めますか!?」
「それは嫌だ…ごめん…」
「ならもうちょっと慣れてくださいよ…ていうか」
「耳まで真っ赤ですよ」
「…すまん」
(つらい)
彼女のひとことで、このソファでの出来事をあれこれ思い出してしまって、今すごく色々な意味で辛い。
(幸せがこんなに恥ずかしいものだとは…)
「何しみじみしてるんですか…?」
「いや別に…やっぱりこのソファはとっておくか、思い入れもあるし」
彼女のせいで、この古いソファに急に妙な愛着が湧いてしまった。
「えー…折角ですし、新しいソファ買いに行きましょ」
しかし彼女は、悪戯っ子のように笑って言う。
「そんなんだと体が疲れちゃいますし。思い出はまた作ればいいんですよ」
「…そうだな」
「だからさっきから何一人でしみじみしてるんですか…」
「…最後の思い出作りでもするか?」
「はあ?セクハラですか」
「……慣れないことはするもんじゃないな」
「雰囲気を感じてください、空気を読むのは得意だったでしょ」
「こういうのは昔からダメなんだよ…」
「…新しいソファを買ったら練習が要りますね」
「頑張るよ」
どんなソファを買うにせよ、今のより長持ちはしなさそうだ。
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