小さな恋の物語
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今日の魔導院は朝からなんだかテンションが高い。
それもそのはず、今日はクリスマスなのだから。
女子寮から教室のある講堂へと早足で歩く。
吐き出した息が真っ白になって空気に溶ける。おぉ寒い、だなんておばあちゃんみたいな言葉が口をついて出た。ノリツッコミをしてる暇も無いほど取り敢えず寒い。とびきり寒い。"寒い"に占領されて他の事が一切排除されてしまっている自分の脳の容量に苦笑いしながら、噴水広場を横切り正面玄関を開ける。
扉をくぐれば思わず感嘆が漏れた。エントランスのあちこちには朱を基調として金の刺繍の入った豪華な飾りが所狭しと並んでいる。天井を仰げば、魔法で作ったのだろうか、光の玉がいくつも浮かんでいた。白く温かい光が刺繍をきらきらと輝かせていて、まるで星空のよう。そうか今日はクリスマスだ。毎年この時期の魔道院は息を呑むほど綺麗に飾り付けられる。周りを見渡せばたくさんの候補生が同じように天井を見上げていた。
同じようにこの光景を見ていたいけれど、早く行かないと1限が始まってしまう。人の合間を縫って0組の教室へと向かった。
「みんなおはよー!」
勢い良く扉を開ける。バーンと派手な音を立てて木製の扉が壁にぶつかった。しまったクイーンにまた怒られる。青ざめた私と眉をひそめたクイーンの視線もぶつかった。美人が怒るととても怖い。
いつものように私の言い訳タイムが始まるかと思いきや、それはドタドタと足音に掻き消される。視線を向ければ満面の笑みでシンクちゃんがこちらへ向かって走ってきていた。頭に被ってるサンタ帽の端がぽんぽんと跳ねる。
「ナマエ、メリークリスマース!」
「わっ」
助走をそのままに彼女が飛びついてきた。なんとか倒れまいと踏み止まれば、ぎゅうと抱きしめられる。ふわっと花の香りがした。
「シンク、メリークリスマス」
「これナマエにあげるねー」
そういって彼女は私におそろいのサンタ帽をくれた。
かぶってみてー、と破顔される。言われる通りに帽子をかぶれば、似合うよー、とこれまた満面の笑みで褒められた。なんだか嬉しくて照れくさい。
シンク越しにクイーンを見れば、しょうがないですねと言わんばかりに苦笑していた。よかった。どうやら今日は見逃してくれるみたいだ。
教室を見渡すと、0組ほぼ全員が同じ帽子をかぶって壁や窓をクリスマス風に飾り付けをしていた。みんなすごく楽しそう。教室の隅で喧騒を鬱陶しそうに眺めているサイスも被っていた。ん?サイスも?
信じられない。もう一度彼女に視線を送る。やっぱり彼女の頭には赤い帽子が鎮座している。信じられない。信じられない!シンクが被せたのだろうか。そうだとしたらサイスはどんな弱みを握られたのだろう。シンクが意外としたたかな子であるのは知っていたけれど。
「シンク、ありがとう。この帽子かわいいね」
「いいよー」
えへへ、と笑うシンクちゃん。恐ろしい子…!
「あれ、そういえば」
飾り付けで盛り上がっているジャック達をみて、ふと疑問が浮上する。こういうイベントに真っ先に参加しそうなナインの姿が見当たらない。
「ナインは?」
「えーっとぉ…ないしょー」
昨日彼は何か言っていただろうか。眉間に力を込めて思い出そうとしても何も出てこない。今朝COMMでモーニングコールは入れたし、しっかり覚醒するまで耳元で騒ぎ倒したから寝坊はしていないと思うけれど。今朝の彼はいつにも増して寝起きが悪かったし、もしかしてあれから二度寝でもしたのだろうか。だったら私の今朝の労力は無駄になってしまう。これはリフレでフレンチトーストでも奢ってもらわないと割に合わない。悶々と考えを巡らす私を見ていたずらっぽくシンクが笑ったとき、始業のチャイムが鳴った。
「…なんだこれは」
それがクラサメ隊長が教室に入ったときの第一声だった。
隊長はいつも朝の機嫌が最悪だけれど、今日はいつもを下回るそれだった。声色が氷点下だ。外の気温にも負けていない。
「だって隊長ー、今日はクリスマスだよー?」
教室中に充満した空気を読んでか読まずか、ジャックが間延びした声で答える。隊長はそれに鋭い一瞥を返した。ジャックは呑気にひゃあ怖い、だなんて呟く。さすがジャック、心臓が鋼鉄で出来ているに違いない。
隊長が教卓に立つ。その教卓は色とりどりに飾られてファンシーだ。不機嫌顔の隊長とは余りにもチグハグで思わず吹き出してしまいそうなのを必死に堪えた。こんな寒い日にブリザガは食らいたくない。
教室を見回すと、ふと気がついたように言った。
「ナインはどうした」
0組全員がにやっと笑った(ような気がした)、そのとき。
「メリークリスマスだぜ、コラァッ!」
扉を蹴っ飛ばして、全身サンタの格好をしたナインが教室へ入ってきた。
瞬間。
私達は背筋が本当に凍りそうな程の冷気に襲われた。
---
昼休み。
私はナインと2人で裏庭にいた。今日の日差しはぽかぽかと暖かい。太陽が昇りきって寒さはいくぶんか柔らかいでいた。
隣に座るナインはまだサンタ姿で、その裾はところどころ凍りついている。朝何が起こったかなんて思い出したくもない。あれは氷河期だった。
私の隣に座るナインは、先程から昼ごはんのサンドイッチをむしゃむしゃと食べながらしかめっ面をしている。眉間にこれでもかと刻まれたシワとサンタの格好がとんでもなく不釣り合い。
「ねぇナイン。いつまでその格好してるの?」
「あぁ、俺まだやることあんだよ」
はて、と小首を傾げる。
「やること…バイト?」
「んなわけねーだろ!」
全力でつっこんでくれた後、彼はサンドイッチを一気に平らげた。そうして何かを言いかけるように口を開いて、けれども言葉をつまらせた。あー、だか、えー、だか意味の無い音を言いながら居心地が悪そうに何度か口をパクパクさせる。終いには顔を真っ赤にして頭をガリガリと掻きながらそっぽを向いた。そんないつもと違う様子に少しだけ驚く。さながら水槽の中の金魚のようだ。いつもの猪突猛進、イノシシのような彼はどこへやら。
そんな彼を見つめて二の句を待っていると、小さな、小さな声で。
ぽつり、と音が滑り落ちた。
「ナマエに、プレゼントがあんだよ」
そしてまたそっぽを向いた彼は、今度は耳まで赤くなっていた。ほらよ、と差し出された右手には綺麗にラッピングされた小さな箱が乗っている。これまたナインとは不釣り合いなほど可愛らしい包装のプレゼントだった。私のために時間を割いて選んでくれたのだろうか。女の子の多い雑貨屋で、ナインがひとり真剣に買い物をする姿を想像してしまう。そんな彼がなんだか愛おしくて、背中がむずむずとした。
「…ありがとう」
大きな手のひらが私の頭をくしゃっと撫でた。
恥ずかしがり屋な私の彼氏は。
聖なる夜に
(真っ赤な頬のサンタクロース)
それもそのはず、今日はクリスマスなのだから。
女子寮から教室のある講堂へと早足で歩く。
吐き出した息が真っ白になって空気に溶ける。おぉ寒い、だなんておばあちゃんみたいな言葉が口をついて出た。ノリツッコミをしてる暇も無いほど取り敢えず寒い。とびきり寒い。"寒い"に占領されて他の事が一切排除されてしまっている自分の脳の容量に苦笑いしながら、噴水広場を横切り正面玄関を開ける。
扉をくぐれば思わず感嘆が漏れた。エントランスのあちこちには朱を基調として金の刺繍の入った豪華な飾りが所狭しと並んでいる。天井を仰げば、魔法で作ったのだろうか、光の玉がいくつも浮かんでいた。白く温かい光が刺繍をきらきらと輝かせていて、まるで星空のよう。そうか今日はクリスマスだ。毎年この時期の魔道院は息を呑むほど綺麗に飾り付けられる。周りを見渡せばたくさんの候補生が同じように天井を見上げていた。
同じようにこの光景を見ていたいけれど、早く行かないと1限が始まってしまう。人の合間を縫って0組の教室へと向かった。
「みんなおはよー!」
勢い良く扉を開ける。バーンと派手な音を立てて木製の扉が壁にぶつかった。しまったクイーンにまた怒られる。青ざめた私と眉をひそめたクイーンの視線もぶつかった。美人が怒るととても怖い。
いつものように私の言い訳タイムが始まるかと思いきや、それはドタドタと足音に掻き消される。視線を向ければ満面の笑みでシンクちゃんがこちらへ向かって走ってきていた。頭に被ってるサンタ帽の端がぽんぽんと跳ねる。
「ナマエ、メリークリスマース!」
「わっ」
助走をそのままに彼女が飛びついてきた。なんとか倒れまいと踏み止まれば、ぎゅうと抱きしめられる。ふわっと花の香りがした。
「シンク、メリークリスマス」
「これナマエにあげるねー」
そういって彼女は私におそろいのサンタ帽をくれた。
かぶってみてー、と破顔される。言われる通りに帽子をかぶれば、似合うよー、とこれまた満面の笑みで褒められた。なんだか嬉しくて照れくさい。
シンク越しにクイーンを見れば、しょうがないですねと言わんばかりに苦笑していた。よかった。どうやら今日は見逃してくれるみたいだ。
教室を見渡すと、0組ほぼ全員が同じ帽子をかぶって壁や窓をクリスマス風に飾り付けをしていた。みんなすごく楽しそう。教室の隅で喧騒を鬱陶しそうに眺めているサイスも被っていた。ん?サイスも?
信じられない。もう一度彼女に視線を送る。やっぱり彼女の頭には赤い帽子が鎮座している。信じられない。信じられない!シンクが被せたのだろうか。そうだとしたらサイスはどんな弱みを握られたのだろう。シンクが意外としたたかな子であるのは知っていたけれど。
「シンク、ありがとう。この帽子かわいいね」
「いいよー」
えへへ、と笑うシンクちゃん。恐ろしい子…!
「あれ、そういえば」
飾り付けで盛り上がっているジャック達をみて、ふと疑問が浮上する。こういうイベントに真っ先に参加しそうなナインの姿が見当たらない。
「ナインは?」
「えーっとぉ…ないしょー」
昨日彼は何か言っていただろうか。眉間に力を込めて思い出そうとしても何も出てこない。今朝COMMでモーニングコールは入れたし、しっかり覚醒するまで耳元で騒ぎ倒したから寝坊はしていないと思うけれど。今朝の彼はいつにも増して寝起きが悪かったし、もしかしてあれから二度寝でもしたのだろうか。だったら私の今朝の労力は無駄になってしまう。これはリフレでフレンチトーストでも奢ってもらわないと割に合わない。悶々と考えを巡らす私を見ていたずらっぽくシンクが笑ったとき、始業のチャイムが鳴った。
「…なんだこれは」
それがクラサメ隊長が教室に入ったときの第一声だった。
隊長はいつも朝の機嫌が最悪だけれど、今日はいつもを下回るそれだった。声色が氷点下だ。外の気温にも負けていない。
「だって隊長ー、今日はクリスマスだよー?」
教室中に充満した空気を読んでか読まずか、ジャックが間延びした声で答える。隊長はそれに鋭い一瞥を返した。ジャックは呑気にひゃあ怖い、だなんて呟く。さすがジャック、心臓が鋼鉄で出来ているに違いない。
隊長が教卓に立つ。その教卓は色とりどりに飾られてファンシーだ。不機嫌顔の隊長とは余りにもチグハグで思わず吹き出してしまいそうなのを必死に堪えた。こんな寒い日にブリザガは食らいたくない。
教室を見回すと、ふと気がついたように言った。
「ナインはどうした」
0組全員がにやっと笑った(ような気がした)、そのとき。
「メリークリスマスだぜ、コラァッ!」
扉を蹴っ飛ばして、全身サンタの格好をしたナインが教室へ入ってきた。
瞬間。
私達は背筋が本当に凍りそうな程の冷気に襲われた。
---
昼休み。
私はナインと2人で裏庭にいた。今日の日差しはぽかぽかと暖かい。太陽が昇りきって寒さはいくぶんか柔らかいでいた。
隣に座るナインはまだサンタ姿で、その裾はところどころ凍りついている。朝何が起こったかなんて思い出したくもない。あれは氷河期だった。
私の隣に座るナインは、先程から昼ごはんのサンドイッチをむしゃむしゃと食べながらしかめっ面をしている。眉間にこれでもかと刻まれたシワとサンタの格好がとんでもなく不釣り合い。
「ねぇナイン。いつまでその格好してるの?」
「あぁ、俺まだやることあんだよ」
はて、と小首を傾げる。
「やること…バイト?」
「んなわけねーだろ!」
全力でつっこんでくれた後、彼はサンドイッチを一気に平らげた。そうして何かを言いかけるように口を開いて、けれども言葉をつまらせた。あー、だか、えー、だか意味の無い音を言いながら居心地が悪そうに何度か口をパクパクさせる。終いには顔を真っ赤にして頭をガリガリと掻きながらそっぽを向いた。そんないつもと違う様子に少しだけ驚く。さながら水槽の中の金魚のようだ。いつもの猪突猛進、イノシシのような彼はどこへやら。
そんな彼を見つめて二の句を待っていると、小さな、小さな声で。
ぽつり、と音が滑り落ちた。
「ナマエに、プレゼントがあんだよ」
そしてまたそっぽを向いた彼は、今度は耳まで赤くなっていた。ほらよ、と差し出された右手には綺麗にラッピングされた小さな箱が乗っている。これまたナインとは不釣り合いなほど可愛らしい包装のプレゼントだった。私のために時間を割いて選んでくれたのだろうか。女の子の多い雑貨屋で、ナインがひとり真剣に買い物をする姿を想像してしまう。そんな彼がなんだか愛おしくて、背中がむずむずとした。
「…ありがとう」
大きな手のひらが私の頭をくしゃっと撫でた。
恥ずかしがり屋な私の彼氏は。
聖なる夜に
(真っ赤な頬のサンタクロース)
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