小さな恋の物語
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気まずいことこの上ない。
春空の下、私は闘技場の前で行ったり来たりを繰り返していた。
一昨日、些細なことでエイトとケンカしてしまった。
きっかけがなんだったかなんて忘れてしまった。
それ程くだらないことだったと思う。
ただ、一昨日の私はこれでもかと言うほど虫の居所が悪かった。今思い出してもあの大人気のなさはどうかと思う。
はじめは頭に血が上ってしょうがなかったのだけれど、時間が経つにつれて冷静になり。自分がどれだけ酷い事を口走ったかを自覚した途端、頭のてっぺんまで上り詰めた血液たちがさぁっと音もなく下がっていったのが記憶に新しい。まさに血の気が引くとはこの事だ。
謝らなくちゃと思って、きっと彼が稽古に励んでいるだろうこの場所へ慌ててとんできた来たのだけれど。
どうしてもこの扉があけられずにウロウロしている。
これじゃあまるで不審者だ。私の意気地なし。
「…やっぱだめだ」
はぁ、とため息と共にひとりごちる。
闘技場の重苦しい扉を背にして来た道を振り返り、遠く噴水のほうを見ればちらほらとピンク色の花が見えた。
もうすぐ桜の咲く季節だ。
去年の今頃、桜が綺麗だとはしゃぐ私に君が向けてくれた笑顔をふと思い出す。
一緒にいることが当たり前になりすぎて忘れてしまっていた。
エイトと一緒にいないと、こんなにもこんなにも寂しいんだ。
胸の奥がきゅうと音を立ててしぼんでいくみたいだ。
「ごめんね」
俯いてぽつりとこぼしてみた。
けれど拾って貰うべき人は扉の向こう。
厚い扉が阻むから小さな声では届かない。
「ごめんね、私───」
ぎい、と。突然、背後の扉が開く音がした。
誰かが出てきたのだろうか。予想外のタイミングに未だ心の準備が出来ていない私の喉はひゅっと音を立てた。
振り向こうとした、次の瞬間。
背中に小さな衝撃を感じた。
後ろから私のお腹に回された逞しい腕を見た。
朱色が視界の隅で踊った。
大好きな、においがした。
「ナマエ、」
ぎゅうっと彼が腕に力を入れたのが分かった。
「え、エイト…?」
「…」
エイトは何も言わずまた力を強めた。
こんなに強く抱きしめられたのは初めてだ。
私は驚いたやら嬉しいやら恥かしいやらで表情をころころさせるしかできなかった。
「…ごめん」
エイトの口から漏れた小さな声は私の鼓膜を揺らした。
謝るのは私の方だ。
「私こそ、ごめんね…」
私の謝罪はこんどこそ届けるべき人の心に届いてくれた。
エイトは返事のかわりにさらに強く抱きしめてくれた。
痛い程、強く。
「ねぇ、苦しいよ」
「うるさい」
「苦しいってば」
「…もう離さないからな」
「大好きだ」
あぁ、どうしたって私は君に首ったけなんだ。
たった一言でこんなに幸せになれるなんて。
だからどうか、ずっと一緒にいられますように。
今年もあの噴水のそばで一緒に笑っていられますように。
さくらさくら、弥生の空は。
(今日も澄み渡っています)
春空の下、私は闘技場の前で行ったり来たりを繰り返していた。
一昨日、些細なことでエイトとケンカしてしまった。
きっかけがなんだったかなんて忘れてしまった。
それ程くだらないことだったと思う。
ただ、一昨日の私はこれでもかと言うほど虫の居所が悪かった。今思い出してもあの大人気のなさはどうかと思う。
はじめは頭に血が上ってしょうがなかったのだけれど、時間が経つにつれて冷静になり。自分がどれだけ酷い事を口走ったかを自覚した途端、頭のてっぺんまで上り詰めた血液たちがさぁっと音もなく下がっていったのが記憶に新しい。まさに血の気が引くとはこの事だ。
謝らなくちゃと思って、きっと彼が稽古に励んでいるだろうこの場所へ慌ててとんできた来たのだけれど。
どうしてもこの扉があけられずにウロウロしている。
これじゃあまるで不審者だ。私の意気地なし。
「…やっぱだめだ」
はぁ、とため息と共にひとりごちる。
闘技場の重苦しい扉を背にして来た道を振り返り、遠く噴水のほうを見ればちらほらとピンク色の花が見えた。
もうすぐ桜の咲く季節だ。
去年の今頃、桜が綺麗だとはしゃぐ私に君が向けてくれた笑顔をふと思い出す。
一緒にいることが当たり前になりすぎて忘れてしまっていた。
エイトと一緒にいないと、こんなにもこんなにも寂しいんだ。
胸の奥がきゅうと音を立ててしぼんでいくみたいだ。
「ごめんね」
俯いてぽつりとこぼしてみた。
けれど拾って貰うべき人は扉の向こう。
厚い扉が阻むから小さな声では届かない。
「ごめんね、私───」
ぎい、と。突然、背後の扉が開く音がした。
誰かが出てきたのだろうか。予想外のタイミングに未だ心の準備が出来ていない私の喉はひゅっと音を立てた。
振り向こうとした、次の瞬間。
背中に小さな衝撃を感じた。
後ろから私のお腹に回された逞しい腕を見た。
朱色が視界の隅で踊った。
大好きな、においがした。
「ナマエ、」
ぎゅうっと彼が腕に力を入れたのが分かった。
「え、エイト…?」
「…」
エイトは何も言わずまた力を強めた。
こんなに強く抱きしめられたのは初めてだ。
私は驚いたやら嬉しいやら恥かしいやらで表情をころころさせるしかできなかった。
「…ごめん」
エイトの口から漏れた小さな声は私の鼓膜を揺らした。
謝るのは私の方だ。
「私こそ、ごめんね…」
私の謝罪はこんどこそ届けるべき人の心に届いてくれた。
エイトは返事のかわりにさらに強く抱きしめてくれた。
痛い程、強く。
「ねぇ、苦しいよ」
「うるさい」
「苦しいってば」
「…もう離さないからな」
「大好きだ」
あぁ、どうしたって私は君に首ったけなんだ。
たった一言でこんなに幸せになれるなんて。
だからどうか、ずっと一緒にいられますように。
今年もあの噴水のそばで一緒に笑っていられますように。
さくらさくら、弥生の空は。
(今日も澄み渡っています)
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