05.おやすみ宝箱
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暑くて長い夏はゆるゆると過ぎ去って、残暑が秋を連れてきた。
冷の月、10日。
手紙が空けた"誰か"の穴は、未だ塞がらない。
ふ、と目が覚めた。下にはふかふかの布団。
うつ伏せの状態のまま、視線だけを斜め上に向ける。窓からは月が覗いていた。
妙に窮屈な身体に視線を落とす。布団と不釣り合いな武官の制服が映った。
あぁ、そっか。
帰ってきてから何もせず倒れるように寝たんだった。
ぐっと顔を起こして時計を見れば、22時過ぎを指していた。
手紙を受け取った後のここ2ヶ月間、仕事に身が入らない。最近は特に酷くて毎日上司に怒られてばかりだった。
そういえば、鬼の形相の上司に「もう今日は早退しろ」と言われたんだっけ。そこからの記憶が曖昧だけれど、自室のベッドに倒れていると言うことはふらふらとここまで歩いてきたんだろう。
今日の昼過ぎの出来事すらあやふやで、自分が如何に不安定な状態にあるかを思い知らされる。その原因は分かっている。
割り切って進め、と吼える私と、穴ぼこの心ではしっかり立ち上がれない現実にサンドイッチにされている。修復しようにも傷口が大き過ぎて簡単には直せない。応急手当すらままならない。
肉が剥き出しのその穴から自分がぐずぐずと腐っていく、そんな気がした。
情けない。立ち上がらなきゃ。
でも、足が動かない。
喉が乾いた。そういえば昼から何も口にしていなかった。
さながら油の切れたブリキのおもちゃのような動作で起き上がる。身体の代わりにベッドが軋んだ。
ベッドに腰掛ける。視界に姿鏡が映る。その中の自分と目が合った。
髪はボサボサでクマがひどい。目が死んでいる。顔色が悪い。
ほら、やっぱり腐ってる。まるでゾンビだ。
苦笑いが零れた。
テーブルに視線を移す。水差しを探す。
中身は空だった。
なにか飲み物が飲みたい。でも動く気力がない。
もういいや、寝よう。
ベッドにもう一度沈みこもうとしたとき。テーブルの上のCOMMが電子音を立てた。
「こんな時間に誰……」
COMMが鳴るということは仕事関係の連絡だろう。しかも急を要する重大なもの。
正直出たくはないが、上司の怒声が耳にこびりついている。
今出来る最大速度でテーブルまで這うように歩き、耳に当てる。正規の位置に装着することすら面倒だった。
「こちらナマエ。どうぞ。」
所属も言わなければ緊張感も無い、過去最高に適当な受け答え。これは怒られる。
しかし帰ってきたのは「あ、やっと出た」なんて気の抜けた言葉だった。
「あー、ナマエ君?ボクだよ。カズサ。元気?…じゃ、ないよね」
「……は?」
ぼやけた頭では思考が追いつかない。
「今から僕の実験室に来てくれるかな?」
「……」
作戦で使用するCOMMで(おそらく)プライベート連絡をしてくる職権乱用、間の抜けた受け答え、私のCOMMに直接通信を入れている不思議、疑問は考えたらキリがない。
今の頭では無理だ。思考を放棄した。
「別にとって食おうと言う訳じゃないよ。ちょっと見せたいものがあって」
黙りこくる私を不審に思ったのかカズサは慌てて言葉を紡いだ。
「今回は被験者のお願いでもないよ。明日の仕事にも響かないって約束……も多分出来る、かな。エミナ君もいるよ」
「ナマエ、いらっしゃいな。カズサは私が見張っているから安心して?」
遠くでエミナの声が聞こえた。小さくカズサの苦笑も聞こえる。
昔と変わらない同期たちのやりとりがなんだか温かかった。涙が出そうになった。
ぐっと堪えて、呟いた。
「…美味しいお茶を淹れてくれるなら」
「とびきりのアールグレイを準備しておくよ」
冷の月、10日。
手紙が空けた"誰か"の穴は、未だ塞がらない。
ふ、と目が覚めた。下にはふかふかの布団。
うつ伏せの状態のまま、視線だけを斜め上に向ける。窓からは月が覗いていた。
妙に窮屈な身体に視線を落とす。布団と不釣り合いな武官の制服が映った。
あぁ、そっか。
帰ってきてから何もせず倒れるように寝たんだった。
ぐっと顔を起こして時計を見れば、22時過ぎを指していた。
手紙を受け取った後のここ2ヶ月間、仕事に身が入らない。最近は特に酷くて毎日上司に怒られてばかりだった。
そういえば、鬼の形相の上司に「もう今日は早退しろ」と言われたんだっけ。そこからの記憶が曖昧だけれど、自室のベッドに倒れていると言うことはふらふらとここまで歩いてきたんだろう。
今日の昼過ぎの出来事すらあやふやで、自分が如何に不安定な状態にあるかを思い知らされる。その原因は分かっている。
割り切って進め、と吼える私と、穴ぼこの心ではしっかり立ち上がれない現実にサンドイッチにされている。修復しようにも傷口が大き過ぎて簡単には直せない。応急手当すらままならない。
肉が剥き出しのその穴から自分がぐずぐずと腐っていく、そんな気がした。
情けない。立ち上がらなきゃ。
でも、足が動かない。
喉が乾いた。そういえば昼から何も口にしていなかった。
さながら油の切れたブリキのおもちゃのような動作で起き上がる。身体の代わりにベッドが軋んだ。
ベッドに腰掛ける。視界に姿鏡が映る。その中の自分と目が合った。
髪はボサボサでクマがひどい。目が死んでいる。顔色が悪い。
ほら、やっぱり腐ってる。まるでゾンビだ。
苦笑いが零れた。
テーブルに視線を移す。水差しを探す。
中身は空だった。
なにか飲み物が飲みたい。でも動く気力がない。
もういいや、寝よう。
ベッドにもう一度沈みこもうとしたとき。テーブルの上のCOMMが電子音を立てた。
「こんな時間に誰……」
COMMが鳴るということは仕事関係の連絡だろう。しかも急を要する重大なもの。
正直出たくはないが、上司の怒声が耳にこびりついている。
今出来る最大速度でテーブルまで這うように歩き、耳に当てる。正規の位置に装着することすら面倒だった。
「こちらナマエ。どうぞ。」
所属も言わなければ緊張感も無い、過去最高に適当な受け答え。これは怒られる。
しかし帰ってきたのは「あ、やっと出た」なんて気の抜けた言葉だった。
「あー、ナマエ君?ボクだよ。カズサ。元気?…じゃ、ないよね」
「……は?」
ぼやけた頭では思考が追いつかない。
「今から僕の実験室に来てくれるかな?」
「……」
作戦で使用するCOMMで(おそらく)プライベート連絡をしてくる職権乱用、間の抜けた受け答え、私のCOMMに直接通信を入れている不思議、疑問は考えたらキリがない。
今の頭では無理だ。思考を放棄した。
「別にとって食おうと言う訳じゃないよ。ちょっと見せたいものがあって」
黙りこくる私を不審に思ったのかカズサは慌てて言葉を紡いだ。
「今回は被験者のお願いでもないよ。明日の仕事にも響かないって約束……も多分出来る、かな。エミナ君もいるよ」
「ナマエ、いらっしゃいな。カズサは私が見張っているから安心して?」
遠くでエミナの声が聞こえた。小さくカズサの苦笑も聞こえる。
昔と変わらない同期たちのやりとりがなんだか温かかった。涙が出そうになった。
ぐっと堪えて、呟いた。
「…美味しいお茶を淹れてくれるなら」
「とびきりのアールグレイを準備しておくよ」