04.目覚めた眠り姫
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大損害を出しながらも勝利を収めたビッグブリッジ突入作戦から2日。
たくさんの人が、亡くなったらしい。
──昼ご飯って、こんなにも味気なかったっけ。
辛くもジュデッカ会戦を無傷で生き残った私は事後処理でバタバタとしている仕事場から適当な言い訳をして抜け出し、のうのうと魔道院を歩いていた。
違和感を感じ、はて、とひとりごちる。サボり癖は今に始まったことではないけれど、こんなに人目をはばからず白昼堂々と仕事をサボれていたっけ。いつも"誰か"から烈火のごとく怒られていた…ような。
「ナマエ君!」
背後から突然かけられた呼び声に驚いて振り向く。
声の正体は白衣を着てメガネをかけた長身の男性…カズサ・フタヒトだった。
「カズサ」
「やっとみつけたよ」
薬品の匂いを周囲に漂わせながら、君の放浪癖には困らされてばかりだ、とこぼしつつ近づいてくる。
彼は候補生時代の同期で、武装研の主任という立派な肩書きを持つ人物で、数少ない古くからの友人のひとりだった。
しかし、いつもの余裕綽々といった態度で飄々としている彼はそこにはいなかった。少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、軽く息を乱して私を探し回っていた様子。
一体どうしたというのだろう。
「どうしたの?何かあった?」
敢えて曖昧な質問を投げかける。だって聞きたいことが山ほどあった。
どうして私を探していたのか。あの貴方が切羽詰まるような用事とは何なのか。どうして寂しそうな顔をしているのか。…サボっている私を叱り飛ばしていたのは、貴方だったか。
最後の質問だけは私の中に答えがある気がした。たぶん、否だ。
「あぁ、君に今すぐ渡したい物があって」
そういってカズサは白衣のポケットから慎重に白い紙を取り出した。
「それは…手紙?」
「そう。ある人に頼まれていたみたいなんだ。」
「…頼まれていたみたい?覚えていないってこと?」
「そういう事になるね。誰か…まあ十中八九は差出人だろうけど、誰かからビッグブリッジ作戦が終わったら君に必ず届けるよう頼まれていた、みたいなんだ」
そういう事、つまり、依頼主は死んだということだ。"覚えていない"のにキッチリ私に手紙が届いているあたり、忘れる事を考慮して準備しておいたのだろう。
どうしても渡したいという強い信念をひしひしと感じた。
思わず眉間に皺を寄せてその手紙を受け取る。はたしてそんな大切な人がいたっけ。
いたとしても忘れてしまっているし、もう関係ないのでは…と冷静に切り捨てる自分に少しだけ嫌悪感が湧いたのはなぜだろう。
「なんだか、どうしてもはやく渡さなきゃいけないと思ったんだ」
それだけ告げると、カズサはそれじゃあね、と白衣を翻して去っていった。
廊下にひとり取り残された私はどうしようかとひとりごちた。
今仕事場に戻っても面倒なだけだ。ひとまずリフレで紅茶でも飲んでひといきつこうか。
そしてこの手紙でも開けてみよう。
真っ白で何の変哲もない手紙は、私の手の中で異様なまでの存在感を放っていた。読まずにゴミ箱へ落とすのも、読まずに埃を被らせるのも、はばかられる程に。
数分後。
サボっていることがバレないようリフレの隅っこの席に陣取り、注文したアールグレイをひとくち飲んだ。
候補生の数が少ないために隅に座ったところで焼け石に水状態だったが気にしない。上司が来ないことを祈るのみだ。
半分ほど飲んだ後、さて、と問題の手紙を机の上に置いた。
手紙を目の前にすると妙に心がざわめいた。何か大切なことを忘れているぞ、と言わんばかりに寂寥感が滲んだ。
正直、怖いと思った。こんなにも心をざわめき立たせるこの白が、気味が悪いとも思った。
捨ててしまえばそれで済む話だけれど。
死者の記憶が無いこの世界で、死者からの手紙に悩まされるなんておかしい話だけれど。
心の底で、"誰か"が吼える。読んでくれと、泣き叫んでいる。捨てないでと、無かったことにしないでと、懇願している。
それに急かされるように封を切った。
中にはたった数文字の簡素な文章と、送り主の名前だけが記されていた。
1度読む。
何かがすとんと抜け落ちていたことに気がついた。
読み返す。
抜け落ちていた穴は大きすぎて、最早私自身が原型をとどめていなかったことに気がついた。
もういちど読み返す。
穴から寂寥感が溢れ出て、私の心を雁字搦めにしていくのに気がついた。
ぬるくなったアールグレイを勢いよく煽り、弾かれたように駆け出した。
目的地は、共同墓地。
──差出人は、恋人だった、らしい。
たくさんの人が、亡くなったらしい。
──昼ご飯って、こんなにも味気なかったっけ。
辛くもジュデッカ会戦を無傷で生き残った私は事後処理でバタバタとしている仕事場から適当な言い訳をして抜け出し、のうのうと魔道院を歩いていた。
違和感を感じ、はて、とひとりごちる。サボり癖は今に始まったことではないけれど、こんなに人目をはばからず白昼堂々と仕事をサボれていたっけ。いつも"誰か"から烈火のごとく怒られていた…ような。
「ナマエ君!」
背後から突然かけられた呼び声に驚いて振り向く。
声の正体は白衣を着てメガネをかけた長身の男性…カズサ・フタヒトだった。
「カズサ」
「やっとみつけたよ」
薬品の匂いを周囲に漂わせながら、君の放浪癖には困らされてばかりだ、とこぼしつつ近づいてくる。
彼は候補生時代の同期で、武装研の主任という立派な肩書きを持つ人物で、数少ない古くからの友人のひとりだった。
しかし、いつもの余裕綽々といった態度で飄々としている彼はそこにはいなかった。少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、軽く息を乱して私を探し回っていた様子。
一体どうしたというのだろう。
「どうしたの?何かあった?」
敢えて曖昧な質問を投げかける。だって聞きたいことが山ほどあった。
どうして私を探していたのか。あの貴方が切羽詰まるような用事とは何なのか。どうして寂しそうな顔をしているのか。…サボっている私を叱り飛ばしていたのは、貴方だったか。
最後の質問だけは私の中に答えがある気がした。たぶん、否だ。
「あぁ、君に今すぐ渡したい物があって」
そういってカズサは白衣のポケットから慎重に白い紙を取り出した。
「それは…手紙?」
「そう。ある人に頼まれていたみたいなんだ。」
「…頼まれていたみたい?覚えていないってこと?」
「そういう事になるね。誰か…まあ十中八九は差出人だろうけど、誰かからビッグブリッジ作戦が終わったら君に必ず届けるよう頼まれていた、みたいなんだ」
そういう事、つまり、依頼主は死んだということだ。"覚えていない"のにキッチリ私に手紙が届いているあたり、忘れる事を考慮して準備しておいたのだろう。
どうしても渡したいという強い信念をひしひしと感じた。
思わず眉間に皺を寄せてその手紙を受け取る。はたしてそんな大切な人がいたっけ。
いたとしても忘れてしまっているし、もう関係ないのでは…と冷静に切り捨てる自分に少しだけ嫌悪感が湧いたのはなぜだろう。
「なんだか、どうしてもはやく渡さなきゃいけないと思ったんだ」
それだけ告げると、カズサはそれじゃあね、と白衣を翻して去っていった。
廊下にひとり取り残された私はどうしようかとひとりごちた。
今仕事場に戻っても面倒なだけだ。ひとまずリフレで紅茶でも飲んでひといきつこうか。
そしてこの手紙でも開けてみよう。
真っ白で何の変哲もない手紙は、私の手の中で異様なまでの存在感を放っていた。読まずにゴミ箱へ落とすのも、読まずに埃を被らせるのも、はばかられる程に。
数分後。
サボっていることがバレないようリフレの隅っこの席に陣取り、注文したアールグレイをひとくち飲んだ。
候補生の数が少ないために隅に座ったところで焼け石に水状態だったが気にしない。上司が来ないことを祈るのみだ。
半分ほど飲んだ後、さて、と問題の手紙を机の上に置いた。
手紙を目の前にすると妙に心がざわめいた。何か大切なことを忘れているぞ、と言わんばかりに寂寥感が滲んだ。
正直、怖いと思った。こんなにも心をざわめき立たせるこの白が、気味が悪いとも思った。
捨ててしまえばそれで済む話だけれど。
死者の記憶が無いこの世界で、死者からの手紙に悩まされるなんておかしい話だけれど。
心の底で、"誰か"が吼える。読んでくれと、泣き叫んでいる。捨てないでと、無かったことにしないでと、懇願している。
それに急かされるように封を切った。
中にはたった数文字の簡素な文章と、送り主の名前だけが記されていた。
1度読む。
何かがすとんと抜け落ちていたことに気がついた。
読み返す。
抜け落ちていた穴は大きすぎて、最早私自身が原型をとどめていなかったことに気がついた。
もういちど読み返す。
穴から寂寥感が溢れ出て、私の心を雁字搦めにしていくのに気がついた。
ぬるくなったアールグレイを勢いよく煽り、弾かれたように駆け出した。
目的地は、共同墓地。
──差出人は、恋人だった、らしい。