02.昼下がり、白昼夢
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キーンコーンカーン…
遠く、昼休みを告げる鐘が響く。
「…午前はここまで。午後は10日後に控えたビッグブリッチ攻防戦及びジュデッカ会戦のブリーフィングに先立ち、各戦場の地形概略を解説する。遅れるなよ」
そう告げて教卓に立つ私が魔道書を閉じた瞬間。
「おっしゃあ!昼休みだぜ、コラァ!!」
ナインが立ち上がって雄叫びをあげた。
他の生徒達もお昼どうする?、などと相談を始めて教室は一気に賑やかになる。
戦時中だというのに全く呑気なものだ。思わず目を細める。数ヶ月前は仕事だと割り切らなければやっていられなかったが。
…"担任"という役職もなかなか悪くない。
賑やかな教室を横切り廊下へと向かう。話し声を横目に、自身の心境の変化を少しだけ自嘲した。
彼らを愛しく思うようになったのは一体いつからだっただろうか。
見慣れた重厚な造りの扉を開け、廊下へ出ると。これまた見慣れた奴が大声を上げながらこちらへ走ってきた。
「クラサメー!クーラーサーメー!!」
頭が痛くなる。溜息が漏れた。
武官が大声を出すな。ガキみたいに廊下を走るな。仕事はどうした。
言いたいことは山ほどあるが、最早言っても意味が無いことくらい分かりきっている。日常茶飯事だ。
「おっひるご飯!一緒にたーべよー!」
「なっ?!」
彼女はあろう事か思い切りジャンプをして抱きつこうとしてきた。世界がスロー再生される。
ありえない。馬鹿なのか。受け身を一切とらないつもりで踏み切ってきている。
避けたら床に顔面を強打することは避けられないだろう。
自分の目がこの上なく大きく見開かれるのが分かる。頭痛が酷くなった気がした。
しかし花のような笑顔を浮かべるナマエを床に放り出すことは出来ず、結局は避けずに抱きとめるべく身構える。
自分でも呆れるくらい、ナマエにはめっきり甘くなってしまった。
胸に鈍い衝撃を受けながら右足を半歩後ろに下げて勢いを堪える。肺から幾らかの空気が押し出されるのが分かる。
冗談じゃない勢いで飛び込んできたナマエに、思わず舌打ちをしてしまう。
だが0組の教室がすぐ扉を隔てた後ろにあるのだ。アイツらの目の前で盛大に転ぶ、なんて失態は死んでもするものか。
私は右足だけで何とか踏み止まった。
「ナイスキャッチ!絶対避けられると思ってた!」
「…それなら飛びついてくるな」
はぁ、と溜息が漏れた。本日2回目だ。
「もっと普通にやって来られないのか?」
「はーい!」
弾んだ声で彼女は言う。これは全く反省していない顔だ。
気の抜けた返事を聞いて、少しだけ浮かんだ怒りがしなしなとしぼんでいった。
視線を下げれば、腕の中で私を見上げながらふにゃ、と笑うナマエと目が合った。
屈託のないその笑顔が、0組とは違う意味で愛おしい。ナマエには到底適わない。
自分の口元が緩んだのが分かった。少しだけ強く抱き締めたあと、腕を離した。
そういえば教室の前だった。
「ナマエは候補生の頃から何も変わらないな」
「そんなことないよ!ちゃんと成長してるし、真面目ランキングも日々更新してるよ?未だにクラサメが1位から3位を独占してるけどね!」
「ほらみろ変わっていないじゃないか」
真面目ランキング、という何年も前の話に思わず懐かしさを覚える。あの頃から変わらない無邪気さが眩しくて、少しだけ羨ましい。
軍令部長の政略争いに巻き込まれ、決死隊だなんて馬鹿げた隊を率いて、成す術なくビッグブリッジへ足を運ぼうとしている自分がちっぽけに思えた。
「ちゃんと成長してるから…じゃなくて!早くご飯食べよう!」
「あぁ」
先程の軽口への抗議をあっさり中断して、昼休みが終わっちゃう、とナマエが声を上げた。そのまま私の手を引いて大股で歩き出す。
手を引かれるまま、自分が居なくなる10日後のことがぼんやりと頭に浮かんだ。
腹の奥に、形容できない寂寥感が充満する。鉛にでもなったかのように全身の臓器が重くなった。
…死んだ者の記憶はクリスタルが忘れさせてくれる。それなのに、自分が居なくなった後のことを心配するのは意味の無いことだ。
そう結論づけて、虚無感を無理やり思考の隅に追いやった。
自分の無骨な手を引く小さくて柔らかい手が、愛おしくて堪らない。
遠く、昼休みを告げる鐘が響く。
「…午前はここまで。午後は10日後に控えたビッグブリッチ攻防戦及びジュデッカ会戦のブリーフィングに先立ち、各戦場の地形概略を解説する。遅れるなよ」
そう告げて教卓に立つ私が魔道書を閉じた瞬間。
「おっしゃあ!昼休みだぜ、コラァ!!」
ナインが立ち上がって雄叫びをあげた。
他の生徒達もお昼どうする?、などと相談を始めて教室は一気に賑やかになる。
戦時中だというのに全く呑気なものだ。思わず目を細める。数ヶ月前は仕事だと割り切らなければやっていられなかったが。
…"担任"という役職もなかなか悪くない。
賑やかな教室を横切り廊下へと向かう。話し声を横目に、自身の心境の変化を少しだけ自嘲した。
彼らを愛しく思うようになったのは一体いつからだっただろうか。
見慣れた重厚な造りの扉を開け、廊下へ出ると。これまた見慣れた奴が大声を上げながらこちらへ走ってきた。
「クラサメー!クーラーサーメー!!」
頭が痛くなる。溜息が漏れた。
武官が大声を出すな。ガキみたいに廊下を走るな。仕事はどうした。
言いたいことは山ほどあるが、最早言っても意味が無いことくらい分かりきっている。日常茶飯事だ。
「おっひるご飯!一緒にたーべよー!」
「なっ?!」
彼女はあろう事か思い切りジャンプをして抱きつこうとしてきた。世界がスロー再生される。
ありえない。馬鹿なのか。受け身を一切とらないつもりで踏み切ってきている。
避けたら床に顔面を強打することは避けられないだろう。
自分の目がこの上なく大きく見開かれるのが分かる。頭痛が酷くなった気がした。
しかし花のような笑顔を浮かべるナマエを床に放り出すことは出来ず、結局は避けずに抱きとめるべく身構える。
自分でも呆れるくらい、ナマエにはめっきり甘くなってしまった。
胸に鈍い衝撃を受けながら右足を半歩後ろに下げて勢いを堪える。肺から幾らかの空気が押し出されるのが分かる。
冗談じゃない勢いで飛び込んできたナマエに、思わず舌打ちをしてしまう。
だが0組の教室がすぐ扉を隔てた後ろにあるのだ。アイツらの目の前で盛大に転ぶ、なんて失態は死んでもするものか。
私は右足だけで何とか踏み止まった。
「ナイスキャッチ!絶対避けられると思ってた!」
「…それなら飛びついてくるな」
はぁ、と溜息が漏れた。本日2回目だ。
「もっと普通にやって来られないのか?」
「はーい!」
弾んだ声で彼女は言う。これは全く反省していない顔だ。
気の抜けた返事を聞いて、少しだけ浮かんだ怒りがしなしなとしぼんでいった。
視線を下げれば、腕の中で私を見上げながらふにゃ、と笑うナマエと目が合った。
屈託のないその笑顔が、0組とは違う意味で愛おしい。ナマエには到底適わない。
自分の口元が緩んだのが分かった。少しだけ強く抱き締めたあと、腕を離した。
そういえば教室の前だった。
「ナマエは候補生の頃から何も変わらないな」
「そんなことないよ!ちゃんと成長してるし、真面目ランキングも日々更新してるよ?未だにクラサメが1位から3位を独占してるけどね!」
「ほらみろ変わっていないじゃないか」
真面目ランキング、という何年も前の話に思わず懐かしさを覚える。あの頃から変わらない無邪気さが眩しくて、少しだけ羨ましい。
軍令部長の政略争いに巻き込まれ、決死隊だなんて馬鹿げた隊を率いて、成す術なくビッグブリッジへ足を運ぼうとしている自分がちっぽけに思えた。
「ちゃんと成長してるから…じゃなくて!早くご飯食べよう!」
「あぁ」
先程の軽口への抗議をあっさり中断して、昼休みが終わっちゃう、とナマエが声を上げた。そのまま私の手を引いて大股で歩き出す。
手を引かれるまま、自分が居なくなる10日後のことがぼんやりと頭に浮かんだ。
腹の奥に、形容できない寂寥感が充満する。鉛にでもなったかのように全身の臓器が重くなった。
…死んだ者の記憶はクリスタルが忘れさせてくれる。それなのに、自分が居なくなった後のことを心配するのは意味の無いことだ。
そう結論づけて、虚無感を無理やり思考の隅に追いやった。
自分の無骨な手を引く小さくて柔らかい手が、愛おしくて堪らない。