08.血統
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
家政婦長は家令よりも古株で、俺の曽祖父の代からこの家に仕えている。彼女は俺と希羽を見るなり何やら頬を染め口元に手をやったが、すぐに咳払いをして深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、御前様。そちらのご婦人は?」
「婚約者の希羽だ」
「はじめまして。希羽と申します」
希羽はスカートの裾を少し摘んで、腰を落として挨拶をした。家政婦長は一瞬ぎょっとしてすぐに取り繕った。
「すぐにお部屋へ案内致します」
「…変でしたか?」
希羽が小声で俺に聞く。挨拶をするなとは言わないが、身分は弁えた方がいいと返す。家の者には異国の姫君であるとは伝えていたので、身分の上の者が下の者へ膝を折った事に驚いたのだろう。
「貴方様が、御前様のご婚約者様でございましょうか」
部屋へ入り席へ着かされると、既に臨席していた家令がようやく口を開いた。家政婦長は入口で目を伏せて立っている。
「はい。希羽と言います」
「希羽様、とお呼びしても?」
「構いません」
「して、こちらへ赴いて頂いた訳を話しましょう。希羽様、御前様と、離縁なさってください」
「嫌です」
即答だ。笑顔で即答した。禍根は残したくないと言っていたのはどこのどいつだ。小さく笑う声が聞こえたのでそちらを見ると家政婦長が肩を震わせていた。
「俺も希羽と離れるつもりは無い」
「彼女と彼女のギルドは大罪を犯したと聞き及んでおります。…罪人と縁を結べば、この家はどうなるとお思いですか?」
「取り潰すと言っている」
「それはいけません。御前様には、他の女性と子を成し、家を相続させねばなりません」
「無理だ。希羽以外は愛せない。たとえ他の女を娶っても子供は作らない。どうせ養子を取る事になるのだから、家を存続させたいなら最初から養子を取ってその子に継がせろ。それと誰に吹き込まれたのかは知らないが、希羽と希羽が率いる海市蜃楼は罪人ではなく、英雄だ」
「英雄ですと?」
「今に彼女たちが迷宮を完全踏破する。そうなれば、他の家々も彼女たちを欲しがるだろうな?特に希羽は類稀なる血を持っている」
「類稀なる血、と言うのは、亡国の王族である、と言う事ですかな?」
群雄割拠のこの時代、王族の血などそこら中に溢れている、と嘲笑った家令に、希羽の力を見せる様に言う。
「…希羽、やって見せてくれないか?」
「はい。その方、自らを庇護せよ!」
彼女が魔力を込めて言葉を紡ぐと、家令の体が淡く光った。庇護の号令は、リジェネの効果があったはずだ。
「…?なんです、体が熱くなってきましたが」
「防御の令!」
「む、長年の腰の痛みが、引いてきたような?それどころか、なんというか急に体が若返ったような……これは一体?」
「彼女の血族の声には、他人の体を操作する力がある」
「操作…?」
「筋肉を膨張・収縮させたり、血流を操って代謝を上げたり、とかですね」
と、そこまで言うと家令は血相を変えてこちらを見た。
「…我々の様な武家がこの声の力を手に入れればどうなるかわかるだろう?」
「それは…!」
「その方、頭が高い。私を誰だと心得る」
「むむ!?」
希羽の号令で、確かに若返っていた家令の肉体が元に戻った。弱体の術で強化を打ち消したのだ。
「あ、あ…し、…まことに、失礼致しました。奥様」
「まだ結婚していませんよ」
「いいえ!是非とも、今すぐにでも籍を入れて、後継ぎを産んでください!!」
「い、いえ、私たちはいずれアーモロードを去るつもりで」
「何ですと!?聞き捨てなりませんな、お二方にはずっとこの地に留まって頂かなくては!少なくとも後継ぎが独り立ちするまでは。これ以上の妥協点はござりませぬぞ」
「え、えっと…クジュラさん?どうしましょう」
希羽が俺に顔を寄せて小声で聴いてくる。
「仕方がない。希羽、帰ろう」
「え!?ひゃわっ」
「ご、御前様!?」
希羽の手を引いて、家令や家政婦長の制止を振り切って走って屋敷を出る。門扉を通って暫く走ったところで、止まった。
「…すまなかった。とんでもない話の流れになってしまったが、どうか気を悪くしないでくれ」
黙って息を整えている希羽に謝る。少し首を振って、暫くした後彼女は笑い出した。
「ふ、あはは!全然気にしてませんよ。あのタイミングで帰るなんて。クジュラさんって結構大胆ですよね。あれだけ熱望されてますし、今すぐ頑張って子供作っちゃいますか?」
最後の方はいたずらっぽく笑いながら、耳打ちしてきた。
「迷宮を踏破するまでは、とお前が言ったのだろう」
そう言う行為はしているが、いつも避妊はしている。希羽がどうしても迷宮の真実を自分の手で暴きたいと言うのだから仕方がない。
「ふふ、そうでした。……あの、ありがとうございます」
「何がだ?」
「だって、海市蜃楼を英雄だなんて。私、クジュラさんに助けられっぱなしですね」
それは、俺の方なのに。
「希羽には命を救われた。お前こそ、居場所をくれた。礼を言わなければならないのはこちらの方だ」
「クジュラさん…」
「…今更だが、改めて言おう。俺と結婚してくれるか?」
「はい。幸せにします」
瞳を煌めかせてニッと笑う彼女にまた口付けようと…したところで、周りに人が集まっている事に気付いた。好奇の目で我々を見ている。流石にばつが悪くてまた希羽の手を引いて走る。
口々に声援を受けるが、無視をする。ただ「お前が幸せにしろ!」などと言われた事にだけは「当たり前だ」と返してさっさと逃げた。
/END.2024.10.09