08.血統
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家の敷居を跨ぐのは随分と久しぶりに感じる。元老院に籍を置いてから、いや、先代が亡くなって家督を継いで以降は戻ってなかったはず…ああ、いや、確か一度、カスミの懐刀を取りに来たことがあったな。
出迎えに来た家令は、白髪混じりの黒髪を後ろに撫で付け洋装を纏っていた。彼が取り乱した姿を見た事もなかったが、家督を放棄する事と、養子を迎えその子に家督を継がせる事を告げると流石に狼狽した。正気かと詰られ、家政婦長も呼ばれて散々説得された。彼らの説得の中で、結婚すると言えば希羽の事を根掘り葉掘り問いただされ、今後のことは跡取りを作ってから決めろなどと正論を用いられた挙句、話は彼女を連れて来てからだと言われた。
拠点にしている宿屋に戻り、早速希羽へことのあらましを話す。
「でしょうね!」
家での経緯を話すと希羽は言い捨て頭を抱えた。
「絶対ごちゃつくと思ってました」
「…嫌か?」
「一生一緒に居るんですよね?なら行かない訳にはなりません!」
結婚が嫌かと言う意味で訊いたのに、家に出向くのが嫌かという意味で捉えた様だ。
「…というか跡取りって…仮にですけど、子供が出来たら、私たちの旅に連れていって良いんですか?それとも海都に置いていかなきゃならないってことですか?」
「その辺りも話し合うだろうな」
希羽が率いるギルド・海市蜃楼は…この国の姫君であり俺の主君であるグートルーネ様を殺した。希羽と婚姻を結べば俺自身もこの海都に居られないだろう。
やはり、我が家は撤廃する他ない。それに希羽と一緒になれないのは、今更考えられない。
「クジュラさんは、どうしたいんですか?」
「俺は前にも言った通り、お前と一緒になりたい。もちろん子供も。その為なら家を捨てる覚悟もある」
「……嬉しいですけど、馬鹿ですね」
くすりと笑う彼女を抱きしめる。何故かこちらの頭を撫でられるので、嬉しい様な悔しい様な、複雑な気分になった。
次の日に改めて、今度は希羽を伴って家へ行く事にした。ギルドのメンバーにも説明したが、全員が何とも言わず黙っていた。希羽曰く「きっと私たちが決めた事に従うつもり」らしい。
さて、出発の時間に彼女の部屋のドアを叩くと、希羽は先日のデートの時とはまた違った格好で出迎えてくれた。先日のは全体的にフワフワした花の様な印象だったが、今日は何というか、清楚で自然体な印象だ。髪は緩く結んでいる。また歩いてるだけで男から注目を浴びそうだなと若干辟易する。また睨みを効かせるしか無いか。
「よく似合うな。今日は清楚な雰囲気だ」
「クジュラさんのお家の方に気に入られる様にしなきゃと思って」
キリッと言ってのけた彼女が可愛くて、笑ってしまう。家と縁を切る訳だから、気に入られる必要はないのに。
「言い忘れていたが、家に血縁者はもう居ない」
父は数年前、母は俺が幼い頃に亡くなった。兄弟も居ない。家の外に父の縁戚の者は居るから、養子を取るならそちらからになるだろう。
「だとしても、です。使用人たちもいるのでしょう?長く仕えている者もいるんじゃないですか」
「使用人にも気を遣うのか?平和主義者だな」
「……これ以上、禍根は残したくありません」
希羽の歩みが止まった。俯いていて表情は見えないが、何を思っているかはわかった。
「……俺は、お前を恨んではいない。元老院の婆様も、誰もお前らを恨んでなど、無いと思う」
本心からそう言った。今でももちろん、姫様のことを考えると遣り場の無い憤りは感じるが、だからと言ってアレは…異形の姿に変貌した彼女はもうどうしようもなかったとしか、考えたくない。
「……恨みが無いなら私たちへの復讐のつもりのこの関係も成り立たなくなりますよ?」
「嫌な言い方をするな。元々お前を奪えた時点で、海市蜃楼への復讐は遂げられた。遂げた時点からはもう、単にお前が好きで一緒に居る」
海市蜃楼の面々は、愛情の程度は様々だが全員が希羽を愛している。彼ら彼女らにとって、希羽からの愛を受け取ったのが自分では無くこの俺だという事実は、全員の胸に何かしらの楔を打ち込めたことだろう。
「それじゃあギルドに加入した当初から私のこと好きだったみたい」
「もっと前から、ずっと好きだ」
「もうっ!行きましょう!」
照れて再び歩き出した希羽の後を追う。そのうち振り返って真っ赤にした頬に手を当てながら「やっぱり腕を組みたいです」などと言うので、抱きしめたい衝動を抑えながら腕を差し出した。
家に着くと希羽の表情が緊張を帯びたものに変わった。最悪説得出来なくても、家は勝手に取り潰せば良いと伝えると静かに首を振って言った。
「駄目ですよ。貴方にとっての居場所なんですから、ずっと在るべきです」
「…俺の居場所は…」
じっと希羽を見つめると、彼女も輝く瞳で見つめ返して来る。
「もし私が死んで、海市蜃楼も無くなったらどうするんですか?居場所は多い方が良くないですか?」
「そうならない様に俺がお前と海市蜃楼を護る」
「ふふ、そうでしたね」
目を細めてはにかむ彼女へ口付ける。
「び、びっくりした!外では、やめてください!しかも実家の真ん前で…」
「ああ、いや、つい」
「…なんでクジュラさんが動揺してるんですか」
「いや、本当に……気付いたらしていた」
「うぅ…」
顔を覆って悶える希羽の背中に手を添え、門扉を通って玄関へ入る。すぐに女中が出て来て、家政婦長を呼びに行った。