09.面影
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テーブルに届いたアイスティーを一口飲むと、彼女はとめどなく話し出した。……彼女の話はめちゃくちゃ聴いたことのある人の事だったのだけれど、とりあえずはボロを出したく無くて黙って聴くことにした。
「そうね、卒業した後の話ね。私はここの、由緒正しい名門の武家に奉公に来たの。凄いのよ、御前様はここの元老院に仕えていて、なんと、王家のお姫様と親しくしていらっしゃるの。
でね、来た時は今の御前様の3代前だったかしら?当時の御前様は、金色にけぶる髪が素敵な方で、歳は私より少し上でね。
ちょうどお見合いだの何だのされていた頃で、私も候補に上がったのよね!
でも、全員断られちゃって。もちろん私も。当時なんて、今よりもっと早く結婚するのが当たり前だったじゃない?
当時の御前様、若いったってもうハタチ手前で、婚約者の1人も居ないのおかしいなって思ってたのよね。それが、居たのよ恋人が。
その恋人がまあ~綺麗な方で、夏空みたいな色の瞳が印象的だったわ。2人並ぶととっても絵になるのよ。お2人ともとっくに亡くなられたからもう見られないんだけど…いや、結局ご成婚されたから、姿絵があったわね。
今度プリムラさんにも見に来て欲しいわ。美しいんだから!
それで、そうだわ。この前、御前様が……ああ、今の御前様が、あの時みたいに恋人を連れて帰ってきたの!もう、私感動しちゃって。2人とも、その3代前のご夫妻にそっくりで!あんなに小さくて可愛らしかった坊ちゃまが、奥手だった坊ちゃまが、立派に育って、しかもあんなレディをお連れになられるなんて…!
私もう、感極まって泣きそうになっちゃってね。その坊ちゃま…ああいや今の御前様の恋人さんがカーテシーをされた時に涙を堪える為に変な顔しちゃったの…ほんっと、無礼よね、我ながら無礼すぎて死にたかったわ。驚きすぎただけなのよ…きっとわかってくれる?
そうね、私の様な使用人にも礼節を持って接してくださるんですもの、きっと怒ってはらっしゃらないでしょうけど…。
それでね、その日御前様は恋人の紹介をされに来たんじゃなくて、お家の取り潰しについて話に来たの。家を建て直すんじゃなくて、家名を返上するって事。
もちろん大反対よ。でも御前様は他に身寄りが居ないから、養子を取ってその子に家督を継がせろとか、じゃなければ取り潰すとか仰ってさ。
そしたらうちの旦那……家令なんだけど、その恋人は罪人だから別れろ、別の女にしろとか言い出して!さすがにもう、焦ったわ。何言ってんのよこの馬鹿亭主って。でもその恋人さん、嫌ですって即答したのよ。まあね、そりゃ嫌よね?でも、あまりにも毅然とした態度で言うもんだから、私思わず笑っちゃった。御前様も微笑んでたわ。
それで、そこからが本当に驚いたのだけれど。御前様が恋人さんに何かを耳打ちしたのよね。そしたら恋人さんの瞳が輝いて。比喩じゃないわよ、本当にキラキラ輝いて、それで『庇護せよ』とか『防御の令』とか言ったの。そしたらね、何とそのキラキラがうちの旦那の体に移って、奴の長年の悩みの種だった腰痛を消し去ったのよ!しかも肌にハリが出て、筋肉も張った様に見えて、久々にあの頃を思い出したわ…じゃなくて。恋人さんがまた何か言って旦那のキラキラは無くなったんだけどね。
信じられる?何でも恋人さんの声で号令を掛けると、肉体が強化も弱体化もされるらしいのよ。不思議よね…それで、うちの旦那はさっきの失言も忘れて、さっさと恋人さんと籍をいれて子供を産ませる様に言い出して。
もうほんと頭来たわ。まず謝りなさいってぶん殴ってやろうと思ってたら、御前様が立ち上がって。恋人さんの手を引いて、逃げたの。あっはは、そう、そこが1番驚いたのよね。まさかあの堅物奥手の御前様が、恋人を守る為に『逃げる』なんて。逃避行よ、逃避行。私、もうおかしくって!お2人を引き止めるどさくさに紛れて旦那を殴ったのもあるけど、なんだか胸がスッとしたわ。
…あれ、プリムラったら、笑ってるの?おかしいわよね、本当」
彼女が一旦話を区切って、アイスティーを飲んだ。
しかし、私は笑っているのではなく、怒りに震えていたのだ。希羽の突発的で考えなしな行動は、家庭教師時代に散々注意したというのに、まだ治っていなかったとは思いもしなかった。
別れろと言われて嫌ですじゃないのよ、もっとうまい躱し方があったでしょうに。うまいことすれば力を使う必要も無かったろうに。
とはいえそれはクジュラさんに乗せられた形だったから仕方がないのでしょうけど。それに、きちんと礼節は弁えているようでそこは安心した。
「はー…なんだか私の話ってより、御前様のお話ばかりしちゃったわ。ねぇ、それでプリムラはどうしていたの?何と言っても王家でしょう!?さぞや華美な世界なんでしょうね!聞きたいわ!」
「ふふ、そうねぇ…ねえ、それよりもうちのお姫様と、ギルドの話も聴いて下さらない?」
「そうよ、それそれ。もちろん聞きたいわ!」
「…うちのお姫様はそれはそれは、おてんばでね」
海都に着いた時からの事を事細かに話す。
孫娘とその幼馴染の希羽、アンドリューと一緒に海へ出た時のこと、レナーテと出会った時のこと、カスミとスミレの姉妹に出会った時のこと。
そして希羽が迷宮でとある男性に一目惚れして、先日そちらのご実家にご挨拶へ行ったことを話した時、目の前の彼女は目をまん丸にして驚いていた。
喫茶店を出る頃には日はすっかり落ちていた。市場は閉まっていたが、同じ場所に屋台が出ていて、辺りはまだまだ賑わっている。
「今日はとっても楽しかったわ!また、希羽様とうちの御前様のお話聞かせてね」
彼女はにっこりと微笑むと、握手を求めてきた。それに応じて、笑いかける。
「ふふ、こちらこそ。今度そちらに遊びに行きたいわ、貴女の旦那様にもご挨拶したいし」
「やーね、あんな旦那、いいのよ。それより希羽様に先日のお詫びと、うちの御前様に顔を見せる様に伝えといてちょうだいな。今度はギルドメンバー全員紹介して欲しいって」
「わかったわ、伝えておく。……、ねえ、最後に聞きたいんだけれど」
「何?」
「貴女、お名前なんて言ったかしらぁ?」
彼女は目を点にして、直後、この日1番の大笑いをしたのであった。
「うちの家政婦長が?」
「先生のお友達!?」
拠点にしている宿へ帰ると、ちょうど探索に行っていた希羽たちも帰還した所だった。一緒に夕食をとりながら、希羽とクジュラさんに今日有った事を話す。
「希羽、貴女、考えなしな行動はレディとして慎みなさいとあれほど口酸っぱく言い付けていたわよねぇ?」
「え!えへ」
希羽は誤魔化そうとして笑った。クジュラさんはそんな希羽を見て少し申し訳なさそうな顔をしているけれど、私はそれじゃあ誤魔化されませんからね!
「いや、あの日はどちらかといえば俺の方が希羽を振り回しっぱなしだったが」
「けれどクジュラさん、貴方はそんな人じゃ無かったんでしょう?あの子も『まさかあの御前様が』と言っていたわ。…希羽に感化されたのねぇ」
「それはそうかもしれん」
「そうだったんです?」
「全くもう!子供が出来たら、少しは落ち着くのかしらね?」
「ふふ、子供が出来るまでは今のままでいいって事?あ、いたた、ごめんなさい先生、教鞭でぴしぴししないで。しまってください」
「全くもう。クジュラさんも、希羽を甘やかしちゃダメですよ」
「善処はする」
苦笑いする希羽をクジュラさんが愛おしげに見ている。だめね、これはもう溺愛だわ。
私の孫娘の様な希羽が、私の親友のあの子にとっての曾孫の様な男の子と結ばれて、いつか子供が生まれて…そうして世代交代しながら、人の世は続いていく。
この子達の子供は、どんな子に育つのかしら。
なんだかセンチメンタルになりながら目の前のカップルを見ていると、隣に座っていたアネモネが内緒話をする様に、耳に顔を近付けてきた。
「大丈夫。おばあちゃん、まだまだ長生きするよ。だから希羽たちの子供も、わたしの子供もその子供も、しっかり見守ってね」
「まぁ…ふふ、あはは!!」
孫娘のやけに確信めいた言葉に、大きく口を開けて笑ってしまった。
そうね、まだまだ、私、生きなきゃね。この小さくて大きな流れをいつまでも見ていたいもの。
24.06.07