06.灯台
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アタシが希羽に初めて出会ったのは数年前の嵐の夜だった。あの夜のことは今でもよく覚えている。海市蜃楼に入る前のギルドであり、アタシが作った海賊団だった古巣がモンスターに強襲されて壊滅したのだ。
あの日の朝は確か清々しく晴れており、絶好の航海日和だった。数名の仲間とアタシで、アーモロードの西にあると言われる古の海賊団の沈没船を探しに、船を出していた。海はどこまでも平穏で、風は心地よく、しかし結局その日は沈没船は見つからずに帰還する事になった。仲間達は悔しがっていたが、アタシにとってはこの幸せがいつまでも続けばと思える、素晴らしい日になるはずだった。
水平線がオレンジに染まり出した頃だ。アタシはこの、太陽の光を受けてキラキラと煌めく水面が好きで、暇さえあればよく眺めていた。だから気付いたのだろう。最初は、海底の山陵か何かに光が反射しているのかと思った。海底に長い長い帯が見えたのだ。特に気にも留めず、誰にも言わないでいた。操舵手は航海士と次の日取りを話し合っていたし、他の仲間達は酒宴の真っ最中だったから。しかし、次の瞬間後悔する事になる。船を尋常じゃない衝撃が襲った。その帯が、船底を突き上げたらしい。帯だと思っていた物は何か巨大な生物の触手で、それが船を、仲間を次々と締めて潰した。アタシは震える手で銃を握りしめて、撃とうとした。けど、その触手の主を見て絶句した。
可憐な少女、だったからだ。
彼女はニコリ、と笑うと何事かを呟いた。直後、突然の雷雨に打たれて、アタシは海に投げ出された。激しい波で上下もわからない、空気に触れたと思えば雨か波飛沫かが顔に降り注いで、息もできない。そのまま意識を手放した。
「大丈夫?」
耳元で女の声がして、目を開けようとする。相変わらず雨がひどくて、瞬きしても声の主は見えなかった。
「よかった、…一旦、温かいところに行こう」
誰かにおぶわせられた。体勢が変わった為、今度は目を開けることが出来た。横を歩く声の主は、キラキラした瞳でアタシに言葉を掛ける。その瞳の輝きが、水面の煌めきに似ていて、思わず見入ってしまった。
「あなた、海に浮いていたの。それをみんなで引っ張り上げたんだけど…ねぇ、一旦うちが拠点にしている宿でお風呂入ろ?その後、ご飯でも食べて、あ、先に病院かな?あ、私たちはね、怪しくないよ。ほら、かよわい女の子3人と、…えっと、このおんぶしてるのは男で、女癖は悪いけど絶対手を出させないって誓わせるから大丈夫。ねえ、あなたのお名前は?私は希羽って言って、……」
よく喋る子だと思った。笑顔がとても可愛くて眩しくて、釣られて笑ってしまった。そして、先ほどの出来事を思い出して絶望した。叫んだと思う。突如恐慌状態に陥ったアタシのことを、希羽は必死に宥めようとして背中を撫でたり、気を逸らそうと沢山自分の話をしてくれた。でもそんなこと聞いてられなくて、ずっと泣いていた気がする。とにかく死にたい、降ろして、死ぬ、と言ったら駄目だよと言って泣いていたのが印象深かった。何でこの子が泣くんだろうと思ったら、涙も引っ込んだ。
宿屋に着き、ひとまず治療院で見てもらったが何ともなかったので放り出された。希羽がレディは丁重に扱えと文句を付けてくれたので少し胸がすいた。そのまま文句を垂れながらお風呂場へ連れて行ってくれる。「どうしてアタシだけ生き残ったんだろう」と、体を洗われながら希羽に投げかけた。希羽は質問には答えないで、泣きながら、いつかそのモンスターを私が殺すから安心してと言ってくれた。無茶苦茶な事を言うのでまた少し笑ってしまった。
そう言えば、名前は?と問われて少し逡巡した。…アタシは、あの大好きだったギルドを一生背負って生きたかった。あのまま海の藻屑にしたくなかった。だから、レナーテと名乗る事にした。…レナーテは仲間たちと決めた、船の名前だった。アタシは、レナーテ。そう名乗ると、希羽はまた瞳を輝かせて「素敵なお名前ね」と笑ってくれた。
大好きだと思った。この子は、アタシの為に涙を流してくれて、アタシの為に怒ってくれて、アタシの為に笑いかけてくれて、アタシの好きな物を褒めてくれて、アタシの涙を受け止めてくれた。好きにならない訳がなかった。
暫くして、彼女へ全てを打ち明けた。ぶちまけた。ただ、名前だけは偽って。
「と、ま、そんな感じよ」
「…俺に話しても良かったのか?」
「ふふ。クジュラさんだって、海市蜃楼の仲間じゃない?みんな知ってる事なんだから、話しておかなきゃ」
「そうか…」
「あ、レナーテって名前のことは誰にも言ってないけど。ふふ、同じ女を好きになったよしみよ」
「…なら俺もひとつ、大事な秘密を話してやろう」
「え、何!?」
「…希羽は、甘えたそうにしている時は大抵、自分の指をこんな風に合わせる」
クジュラさんはそう言って、両手の指と指を軽く合わせて動かした。たぶん子供の頃みんなやってただろう、何も無いのに何かを挟んでいる様な錯覚を感じられる、あの動きだ。義手でもあの錯覚って感じられるのかな、なんて思う。
「ってなにそれ。秘密なの?それ」
「知らなかったろう?」
「知らなかったけど」
「可愛いだろ」
「……かわいい、けど」
どっちかと言えば、希羽を思ってニコリと笑った彼の、その笑顔こそが可愛かったと思って、気付いてしまった。希羽がクジュラさんを好きな理由がわかってしまった。
本当に希羽を愛していて可愛いと思っているから出た、その笑顔が希羽を虜にしたんだな…。いや、あれ?ってことは、この人結構前から希羽の事好きだった訳?あ、違うか、この人の大切な人がもう1人いたな。そっちか。それだな。あーはいはい。
「…ムカつく」
「は?」
「クジュラさんってムカつく」
「はぁ??」
さっきの可愛い顔とは打って変わって剣呑とした瞳で睨まれる。そう、これがいつものクジュラさん。こんなクジュラさんさえ虜にする希羽が一番ムカつくけど、彼女の事はやっぱり好き。
「はー…まったく。ねえ、どうしたら希羽のこと諦められるか教えてくれない?」
「無理だな、あきらめられる訳がない。それに、そもそもそういう復讐だから、知っていても教えない。せいぜい苦しむがいい」
「くっ、やっぱりムカつく。アタシ、アンタの事大嫌いよ」
「ふ、俺もだ」
『俺もレナーテを嫌い』なのか『俺も俺を嫌い』なのか。どっちかは聞かなかったが、何となく後者なのだろうなと思う。また深いため息を吐く。
こんな卑屈に笑う奴、アタシみたいにとっとと救っちゃってよと、心の中で希羽にお願いした。
仲間で居るなら、さっきの可愛い顔のが絶対いいじゃない。
END.240531