01.騎士と姫
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「姫様…」
眠っていたはずの彼の声が聴こえて、慌てて目をやる。
体中に巻かれた包帯は、血を滲ませている。…私たちが付けた傷。
赤く染まった彼の腕を見つめながら、私は独り言のように声をかけた。
「何があったかわかりますか?」
クジュラさんはそれには答えない。
「どうして俺は生きている?」
「私と仲間が傷を癒しました」
「…質問を変えよう。どうして俺も殺さなかった?」
俺も、と言われて言葉につまる。
私たちが、彼を再起不能まで追いやったことも、彼の護るべき相手を殺してしまったことも、彼は覚えている。
「俺の刀は?」
「片方は粉々に砕けてしまって。もう片方は折れてしまったので、商会の主人に頼んで鍛え直して貰ってます。数日中には出来ると。
…あ!動いちゃだめですよ!」
「…手が。無いんだが?」
「…っ……ごめんなさい…」
クジュラさんはとても強かった。私たちが5人で掛かっても決して膝を折らずに、こちらが瀕死にまで追いやられて。
私の号令と仲間の占星術で手を凍らせてなんとか、剣を折ったのだ。
しかし、回復術は万能ではない。なんとか追い込んだ後で回復をしようにも、彼の手先はすっかり腐ってしまっていて、このままじゃ毒素が全身に回るだろう事は素人目にも明らかで。
だから、いっそのこと斬り落とした。
「お前たちは俺に…こんな状態で生きろというのか?」
彼の声が震えている様な気がする。
どんな感情が込められているのかはわからないが、私はそれを受け止めなければならない。
罪は背負いたかった。
「私はあなたに生きていて欲しいんです」
「…俺だって姫様に生きていて欲しかった。どうして姫様は殺した?彼女はどうでもよかったとでも!?」
「それは…それが世界樹のためだったから、です」
「世界樹の…?知ったことか!だったら俺も殺せ。でなければ、俺は必ずお前たちに復讐する。お前も、お前の仲間たちも、深都の連中も、全員殺す」
「それでも構いません。私たちが死んでも何も変わりませんし…あなたが、全員を殺すまで生きていて下さるなら、むしろ復讐してください」
「…何も変わらないだと?ひとりの人間を犠牲にしてまで世界樹とやらを救った、英雄の癖に…」
クジュラさんは皮肉げに笑うとそれきり黙ってしまったので、とりあえず食事の準備をしに部屋を出る。
あの戦いからは1日と少しくらい経っている。生きる意思は無くても、お腹は空くだろう。
食欲はなくとも、無理にでも胃に入れてもらえるようにスープにしよう。というかスープくらいしか作れない。
お湯を沸かして野菜を細かく切って入れて、コンソメキューブを落としただけの、簡単なスープを作った。料理なんてほぼしたことがないので味は心配であるが、いい匂いはするし仲間のレシピ通りだ。きっと大丈夫。
スープと、パンと水と念の為にロープを一緒にお盆に乗せて、彼の元へ戻った。
部屋に入るとクジュラさんは、上半身を起こして座っていた。
「あの、お食事を持ってきました」
「いらん」
「…食べさせますね。はい」
「いらないと言って…な、なんだ?何をする気だ!」
想定内だ。仕方なく、持ってきたロープで体をぐるぐる巻きにして、脚をベッドに縛り付けた。
そしてなおもジタバタする彼の鼻を摘む。彼は私の意図を察知して呼吸を我慢していたが、とうとう耐えきれず口を開いたところに無理やりスプーンを口に突っ込む。手で塞いで、飲み込むのを待つ。
「む、……んぐ」
「美味しいですか?」
飲み込んだ後で肩で息をする彼に、またスプーンを突っ込む。
4、5回繰り返したところで、鼻を摘んでいた手を離してあげた。
「普通に食べますか?」
「普通に、食べる!むせそうだし、熱くて口の中を火傷するだろうが!」
めちゃくちゃ怒っているのがなんだか可愛らしくてふふっと笑ってしまった。いや、結構危ない事してるから笑ってられないんだけど。
スープをすくって、今度は少し冷ましてから口の前に差し出した。
「はい、あーん…」
「…」
「美味しいですか?」
「うん、まあ…美味い」
「本当ですか?よかった…!あの、パンも召し上がられますか?このパン、ここの宿屋の息子さんが差し入れてくれたんですけど、すごく美味しいんです」
「…食べる」
「やったぁ!じゃあはい、あーん…どうですか!?」
「美味い」
良かった!心なしか表情も和らいでいる気がする。何だか優しげに、微笑んでいる様な。
そう思ったのに、それは勘違いだった様だ。
「…頼む。俺を殺せ」
あまりにも弱々しい声でそう願う彼に何も言えなくなる。
「俺は、大切にしていたものを失ったんだ。自分の手で彼女を不幸にしてしまった俺が、こんな風に食事を取って、味を感じてはいけない。優しさを感じてはいけない。幸せになってはいけないんだ」
幸せになってはいけない?なんで?そんなわけ、あるわけない。
でも彼にとってはそれが真理だ。
なんだろう、何を言えばいいんだろう。黙っているのも違う。
押し付けだろうと、恩着せがましくても、とにかく何か言ってあげたい。
「…グートルーネ様はあなたの幸せを願っていたのでは?」
「わかった様な口を…!」
「いえ、それはわかります。あの時、彼女は貴方が倒れたのを見てとても怒っていました。大切なあなたが傷ついたから。
大切な人が幸せじゃないと、自分も悲しくて、幸せじゃないですから。
そんな風にあなたが自分を責めていたら、あなたは幸せにはなれなくて、お姫様もずっと幸せにはなれないでしょう?」
「だったらどうするんだ?お前たちを責めながら苦しんで生きろと言うのか!?それが俺の幸せだと?」
「あなたは、幸せになって欲しいと願われたんですよ。彼女に。
私を責めてあなたが幸せなら、私を責めながら生きて欲しいし…
それで幸せじゃないなら、私があなたを幸せにしてみせます。それが私の責任です。だから、生きていて欲しいです…」
「…勝手な事を言うな…」
「すみません……あの、お食事足りましたか?他にも何か食べたいものとか、必要なものはありますか?」
「…無い。ひとりにしてくれ」
「わかりました。何かあったらその呼び鈴で呼んでください。ここ、続き部屋で、隣が私の部屋なんです。トイレと洗面台はそっちのドアですから。そうでなくとも、少ししたら様子を見に伺いますから…鬱陶しくても来ますので」
「本当に鬱陶しい」
「えへへ。じゃあ後ほど」
部屋のドアを閉めて、座り込む。
どうか、彼には幸せになって欲しい。その為に私にできることをしなきゃ。
さて。クジュラさんには何かあったら呼ぶ様に言った手前、私もここに拘束される事になるので、…そうだな、深都へ手紙を書くことにしよう。
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