04.しのぶ者
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「先代の当主は俺の父親だが…彼は少し前に亡くなった」
「そうなんですか…」
宿屋の希羽の部屋で、話し合う場を設けてもらった。
私たち姉妹とテーブルを挟んでクジュラ、希羽が席についている。
アネモネは部屋の前で人払いをしてくれていた。(と言ってもこの階はほぼ海市蜃楼専用のフロアなんだけど)
そうか。やはり、『クジュラ』は死んでいたんだな。私は自分で思っていたよりホッとしていた。肩の荷が降りた気がする。
「…カスミとスミレは、もしかして父を知っているのか?」
「し、知ってるというか…」
「……仇です」
「お姉ちゃん、そんなはっきり…」
「先代は、かの時代にお国のため、人である事を捨てたと聞く。誰に恨まれても仕方がない男だ。復讐というなら好きにしてくれ」
「…あなたを殺しても良いと言うのですか?」
「ああ」
あからさまな殺意をクジュラに向ける。しかし、彼は動じなかった。希羽も何も言わないで静かに彼を見つめているだけ。
「……あなたの父は、私たちの国の事を、何か言っていましたか?」
「…すまないが、どの国か、俺には知る由もない。ただ…先代が亡くなる少し前に、隠し子騒動があったんだ」
「隠し子?」
「10年ほど前だったか、先代が2人の子供と隠れて会っているという話が有ってな。用途不明な金の動きも相まって、その子供たちをこっそり育てているんじゃないかと詰められていた」
「それって…」
「俺には、見どころがある子供の相手をしてやってるだけだなんて嘯いていた。確か、1人は音もなく現れて搦手を用い、1人は優れた体術で正面から挑んでくるとか。…お前たちがその2人だったのだな」
「隠し子なんて!私たちにはちゃんと血を分けた両親がいましたし、それに、私たち、別に何も受け取ったりしてない……」
「…お姉ちゃん、待って。それは私、心当たりある」
「え?」
「これ、見てください」
スミレがテーブルの上に何の飾り気もない懐刀を置いた。
「…それ?あなた、拾ったって言ってた」
「本当は盗んだの。あの人から。変だとは思ってた。いつも手ぶらで現れるくせに、その時はこんな刀を2つも持ってたし。盗ってくれと言わんばかりに隙だらけだったし」
「……じゃあアイツがそれを用意したってこと?」
「うん。盗り損ねたからわかんないけど、もしかしたらもうひとつはお姉ちゃんの方にあげるつもりだったのかも」
「そういえば、その辺りからアイツの事見なくなったな…それをくれる前に亡くなったって事?」
「……もうひとつ、か。確かに同じ物を見た事がある」
「え!」
「生家にあったはず。後で持ってこよう」
「ちょっと待って、全部私たちの憶測ですよ?」
「先代のやりそうな事だ」
彼はそう言うと、すっとスミレの懐刀を取り上げた。
そしてあっという間に柄を外すと、私たちに見せてきた。
「…私の名前!」
「ほ、本当に…?」
刀身の方にスミレの名前が銘打ってあって。
スミレと顔を見合わす。
「じゃ、もうひと振りの方にカスミの名前が?」
希羽も目を輝かせて呟いた。
クジュラはそんな希羽を、愛おしそうに見つめている。
おい今イチャつくな。…いや、2人とも幸せそうで良いけど。
「けど、クジュラさんは…あ、先代の…は、何で私たちに懐刀を?」
スミレの疑問も尤もだ。だって、私たちは奴を殺そうとしていたのだから。こんな物、渡す意味がわからない。
クジュラが先ほどと同じく慣れた手つきで柄を戻し、スミレの前へ置いた。
「御守りとして子供に渡す風習はあるが」
「御守り?」
「いざという時の守り刀だとか、…自決にも使われるな」
自決…ああ、そう言えば目の前のこの人も、あの時懐刀で自分の事刺してたな。
それにしても、『子供』に渡すって。
「じゃあアイツは私たちを子供だと思ってたってこと?」
「さあ、真意はわからない」
「い、意味がわからない。だって、私たちのお父さんもお母さんも、アイツが奪ったのにっ、親代わりになる為に殺したってこと!?」
「お、お姉ちゃん、落ち着いて。ただの憶測だよ」
「ぐ…う………あ、アンタも!アンタも、こんな物を私に見せて、どういうつもり!?どうして、名前なんて、見せたの!?」
「…どういうつもりもない。ただ、お前たちが所有すべき物なら、お前たちに返さねば、と思っただけだ」
「事も無げに、っ…くそっ」
訳がわからなかった。何も悪くないクジュラに当たってしまうくらいには、混乱している。
スミレが私を宥めようと背中を撫でてくれる。ああ、妹にこんな姿を見せてしまって、情けない。俯いて、声を押し殺して泣くしか出来ない。
少しだけ間をおいて、希羽がそろそろ解散しようかと言って、クジュラだけを帰した。
入れ替わりに外で見張ってたアネモネが入ってきて、さっさと椅子に座る。
「希羽、ごめん、ね。私…」
「え?何が?あっ、ねえ、お茶淹れるよ。少し待っててね」
ややあって、部屋中になんともいえない…甘い、りんごのような木のような香りが立ち込めた。
「どうぞ。…正直このお茶が好きじゃなくて。消費を手伝って欲しいなって」
「ちょ、なにそれ」
「これってなぁに?」
「カモミールティーだって。貰い物なんだけど…」
貰い物を苦手だからと他の人に振る舞うのか。図太すぎて思わず吹き出してしまう。
「正直な奴」
「ふふふ。ねえどう?」
「私は好きかも」
「私も結構好き」
「わたしも」
「じゃあ袋ごとあげる〜」
「貰い物を他にやるな」
「いいじゃん。美味しく飲まれた方が、くれた人も甲斐あったってものでしょう?」
「じゃあ最初から貰わなきゃいいじゃない」
「いいのいいの、物に罪は無いんだし、厚意なんだからさ。貰えるものは貰っとくの」
「軽いなぁ」
貰えるものは、貰っとく、か。
もしこの懐刀も希羽みたいに軽い気持ちで受け取れたなら。
そもそも、『クジュラ』だって軽い気持ちでくれてたり?
はぁ…。そうかも、深い意味なんて、無いのかも。
何にせよ、アイツはもう死んだんだ。私たちの仇は…。
「…希羽、クジュラ…さんにさぁ。厚かましいの承知で、やっぱりもうひと振りの懐刀も貰えるように頼んでくれないかな…」
「ん?あはは。頼まなくても、もう取りに行ったよ。だから気に病まなくても良いんじゃないかな」
「軽いな…」
「え、い、今行ったの!?もう結構遅いよ?晩御飯どうするんだろう」
「何の心配してんのよ、お母さんじゃないんだから」
夕食を済ませてクジュラを待つ。彼はすぐに戻ってきた。
「これだ。銘も確認した。カスミの物で間違いない。…必要ないなら自由に処分するが良い」
「…受け取ります。貰えるものは貰っときます」
スミレの懐刀と全く同じに見えるそれを、クジュラから受け取る。
「そうか」
そう言ったクジュラの笑顔が、やけに清々しく見えて。
希羽は、きっとこの笑顔を好きになったんだろうなと、ふと思ったのだった。
「クジュラ、覚悟!!」
「不意打ちするなら声を出すな、静かに来い」
「やぁぁ!!!」
「お前もだ。それと視線で攻撃箇所がバレバレだ」
「ぐぅ…く、そ!」
「お姉ちゃん!ぎゃぁっ!」
「そんな腕では討ち取られる訳にはいかないな」
「どうして情けをかける!ころせ!!」
「ぅ…仇のくせに!」
「悔しいか?ならもっと強くなるんだな」
「何様なんだよ!絶対モテないだろ!!お前みたいなヤツ!」
「…妻も子供も居るが」
「子供ぼこす人間に子供が居るもんか!目つきも悪いくせに!!」
「……」
「あ、帰った」
「お姉ちゃん言い過ぎだよ。傷付いてそうだったよ」
「じゃあ勝ちじゃん」
・
・
・
「何を笑っている?」
「いや、クジュラ…さんって、父親にソックリですね」
「だとすれば余計に何故笑っているんだ」
「(お姉ちゃん、昔のこと思い出してるんだな)」
/END 24.05.17