04.しのぶ者
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「お姉ちゃん、希羽、嬉しそうだったね」
「…うん」
今度は、先ほどの様子を思い出す。希羽の部屋に皆が集められ、何事かと思いきや、希羽とクジュラのお付き合いの報告だった。
希羽ははにかみながらクジュラの腕を取っていて、クジュラは黙ったままだったけれどいつもより優しい瞳で希羽を見つめていて、…何というか、お似合いだった。
皆、思い思いの反応で2人を祝福していたし、私も心からのお祝いの言葉を送ったけれど。
「ねえ、いいのかな…」
「どうしようもないじゃん。だって、希羽とくっついた男は死ぬんでしょ?」
「…でも、希羽は…絶対悲しむよね」
「……しょうが、ないじゃん…」
私たちは2人で昔の寝ぐらで天を仰いでいる。
海市蜃楼に入る前は、港の倉庫郡の一角で、大昔に倒産した会社のコンテナを勝手に借りて暮らしていた。
誰も来ないので秘密の話をする時は今でもここに集まるようにしている。
しょうがないんだ。私が希羽とクジュラの仲を応援していたのは、彼女たちに幸せになってもらいたいからでは無かった。
私はずっとクジュラのことを殺すつもりでいたんだ。
……群雄割拠のこの時代、最早ありふれた話だろうが。
私たちの故郷はアーモロードから少し東にある、小さな国だった。
山と海に囲まれ、土地は痩せており潮流の関係で漁もそこまで盛んではなかった我が国には、ひとつだけ他を抜きん出た特産物があった。
優れた運動神経を持ち、諜報と暗殺を生業とする殺人集団。
スミレのようなシノビの者たちだ。
ある時、ひとりのシノビが捕えられた。とある国の姫を亡き者にせんとした罪で。
かの者は長きにわたる凄惨な拷問にも耐え、終ぞ主人の名は答えなかったという。
大変に立腹したある国は、見せしめとしてそのシノビの祖国を焼き討ちにする事を決めた。
ある国とは、アーモロード。
アーモロードの軍を率いてやってきた男は、まさに鬼神が如き強さで私たち姉妹の、家を、両親を、故郷を、全てを奪った。
鬼神はクジュラという名前だった。
私たち姉妹は当然復讐に燃えた。しかし何度挑んでも、鬼神は倒せなかった。彼は強かった。
…あの時、白亜ノ森の深奥でクジュラを追い詰めた時。あの時のことを、このひと月ずっと悔いていた。
止めを刺すチャンスだったのに、希羽を悲しませたくなくて、クジュラへ気功術を使ってしまった。
その後も怪我まみれの彼を殺すチャンスはいくらでも有ったのに、私が希羽を悲しませてしまうことが…どうしても怖くて、棒に振った。
希羽がクジュラを好きな限り、私には、彼を殺せないかもしれない。
なら、希羽の運命に任せてしまおう。彼女の恋人は死んでしまうというあの運命に、とそう思った。そして何食わぬ顔で、自分の運命を嘆く希羽を慰めるんだ。
我ながら最低のクズだな。
深くため息を吐いたところに、私でもスミレでも無い声が響いて、体が固まった。
「無駄」
ここには誰も来ないはずなのに。
声の方を見ると、アネモネが何でもお見通し、と言うような顔で入口に立っていた。
確信めいた話は何もしていないから聞かれても大丈夫だけど…
「なんだか思い詰めて見えたから、跡、つけて来た。…無駄よ」
「よ、よく着いて来れたね?…何が、無駄なのかな?」
「あなた達の考えていることは、知ってる。彼女と彼の運命は書き換わった」
「え…?」
「つまり、クジュラは死なない」
「なっ…だって、アネモネの占いは、絶対で…書き換わるってなに…そんなことがあるの?」
「クジュラが持っていた刀」
「刀…?」
「わたしたちが壊した刀。あれが彼の運命を強制的に変えていた。壊したから、戻った」
「な、なにそれ」
「そして、希羽の運命。あれは、…わたしたちとは違う」
「違う…??」
「彼女の運命はとても強い物。彼女の運命こそ、祖国の運命。だった」
「なに言ってるか、わかんないよ…?」
「…彼女は姫、王太子。いずれは国を先導する運命を持っていた。でもね」
「でも…?」
「なくなっちゃった。祖国」
「…は?な、何で!?」
「もともと戦時中だったの。先日、敗戦して全部なくなっちゃった。わたしたちはたまたま4人で亡命していたから助かってしまったけれど」
「な」
「それは良い。置いといて」
「よ、良くないよ…?だ、だって…そんな…」
「良いの。…ようやく、希羽は普通の女の子になれるの」
「…」
「2人の運命は、やっぱりひとつだった。結ばれていた。それを壊そうとしても、無駄」
「…そんな」
「じゃあ復讐はどうすればいいのよ!」
「…わたしたちも、クジュラの大切なものを奪った」
アネモネの悲痛な呟き声に、息を飲む。それはわかっている。私たちは、グートルーネ姫を殺した。
けど、それとこれとは別だ、と私が言う前に彼女は続けた。
「…だからどうという訳ではない。復讐するのはあなたたち次第」
「ねえ、お姉ちゃん。私、…もう良いよ」
「スミレ!?」
「だって。やっぱり、希羽のことも大切だもん。
お姉ちゃんだってそうでしょ?希羽といると楽しい。全部忘れられるって、言ってたじゃない」
「…そうだけど…」
「希羽が大切に想っているあの人のこと、私も大切に思いたい。…亡くなった里のみんなには、申し訳ないけど…私やっぱり…今、大切なものを大切にしたい」
「……スミレ…」
全てを失った私たち2人を、何も聞かずに受け入れてくれたのが希羽だった。
気功術や盗みをして何とか稼いで、たまに盗み損ねて返り討ちに遭ったり、道端で寄り添って朝が来るのを待って、泥水を啜って。
毎日そんな風に生きて来た私たちに、ある日彼女が手を差し伸べてくれた。
キラキラした瞳で、私の気功術やスミレの忍術を褒めてくれた。怪我や傷の応急処置をして医者に診せてくれた。帰る家を与えてくれた。
私がスープを作ってみせると今まで食べた何よりも美味しいと泣きながら言ってくれた。
海市蜃楼に入れてくれて、迷宮へ連れ出してくれた。
私たちを大好きと言ってくれた。
そんな希羽が、好きになった人。
「……私だって…ただ普通に応援したいよ。他ならぬ希羽の恋路だから」
「…お姉ちゃん」
「けど…やっぱりクジュラは憎い」
私たちの大切なものを、何の感情も無く奪い去った。
あの時のあの顔は忘れられない。彼が私たちを覚えていないのも、私たちがまだ幼かったからとは言え、余計に憎い。
いつか希羽の優しさに絆されたクジュラを殺す。最初は、そのつもりだった。だから2人を応援して、くっつけようとしたし。
もともとクジュラも希羽のこと見てるみたいだったし、イケると思ってた。
…なのに、このひと月、クジュラに触れてみて、絆されたのは私の方だったのか?
そもそも希羽が愛したあの人が、本当に私たちの平穏を壊したの?あんな優しい顔をしているくせに、裏ではあんな非道な事が出来るというの?
そこへ、遠慮がちな声が飛んでくる。