03.余韻と微熱
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あれは紛れもなくキスだった。何度も何度も唇に残った感触を思い出しては、痺れる様な高揚感に見舞われる。
さすがに、あれがただの挨拶ってことは…ないよね?
クジュラさん本人に説明を乞いたいけど、顔を見たら思い出しちゃって何も言えなくなるだろうな…。
迷宮探索後の夜はいつもならすぐ眠れるのに、今日は色々ありすぎて眠れない。
明日は依頼の完了を報告しに行く予定だけど、私だけパスしようかな。なんか、体も熱くなってきた気がするし。
キスの場面とか、お姫様抱っことか、惚れたっていう爆弾発言とか、色んなシーンを遡って思い出しては布団の中で悶絶しているうちに空が白んできた。
トントン、とノックの音で目覚める。いつのまにか眠れていた様だ。もしかしてもうお昼前とかかな、カーテンから漏れる陽射しが暑い。しばらくボーッとしていたら、今度は荒めのノックと、おーいと言う聴き慣れた声が聞こえる。ああ、ギルドメンバーが起こしに来たみたいだ。
「はーい。準備して、今開けるから」
ドアの向こうの相手に言って、洗面台へ向かう。
なんとなく足取りが覚束ない。顔を洗って着替えてからドアを開けた。
「ごめんなさい、ちょっと体調が、悪くて…???」
ドアの向こうには期待してなかった、いやある意味期待した相手が立っていた。
それと、誰かが走っていく足音。
「…クジュラさん?えと、他のみんなは」
「希羽が起きて来ないから、カスミと一緒に来たのだが…今突然走り去った」
「そ、そうですか。すみません」
カスミというのは、うちのギルドのモンクの女の子である。どうやらクジュラさんを置いて逃げたらしかった。ピンポンダッシュをするな。気を利かせたつもりか、いや、完全に面白がっているな。
「それよりも、平気か?顔が赤いぞ」
「うっ、やっぱり…ちょっと熱っぽくて体が重いんで…風邪ひいちゃったと思うんですけど」
「そうか、なら皆にそう伝えてくる。休んでいろ」
「ありがとうございます」
割とあっさりした感じで会話が終わってホッとしたのも束の間、
「……後でまた来る」
後で!?また!!?く、来る?!!
たった3語の破壊力が凄まじい。
そして約束通りに来て下さった。他のメンバーは当初の予定通り、クエストの報告に行ったらしい。
「果物と、ゼリーと、他に食べられそうなものをもらって来た。あと冷やす用の氷と」
「ありがとうございます」
彼は腕いっぱいに看病グッズや食べ物を抱えてやって来た。
それにしても多い、調子よくてもこんな量は食べられないよ。何と言うか、意外と過保護だなぁ…。
それらを受け取ろうとしたら、病人に持たせるわけにいかないと言って部屋の中まで押し入られた。
優しくて強引なのは全く意外ではない。
「他に欲しいものはあるか?」
「いえっ、十分です!」
「そうか?何かあれば言え。買ってくる。…すまないな、しんどいだろうから、寝ていて良いぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
遠慮なくベッドに寝そべって、クジュラさんを見る。体を冷やすために、氷水にタオルを浸して搾ってくれている。
少し申し訳なく思いながらじっと見ていると、彼の伸びた前髪から覗く瞳と目が合う。
「そう言えば昨日のことだが」
「え!?」
まさか彼から昨日の話を振られるとは思ってなかったので、めちゃくちゃに狼狽える。
「…なぜ布団をかぶった?」
「さ、寒くてぇ…」
「ほう。なら温めてやろうか?」
「どうやってですか!?」
「どう?どうするのが良いんだろうか?」
「天然で返さないで下さい!」
「それで、昨日のことだが」
だめだ!このままではキスのことを話す流れに!これで言い訳とか魔が差したとか言われたら私、立ち直れない!
「突然すまなかった。よく考えればまともに気持ちを伝えてなかったことに思い至った。お前にとっては突然の事だったろう」
「そりゃ、突然でしたけど」
気持ちを伝えるって何ですか、聴きたい!聞きたくない!
「許してくれ。昨夜は、お前を帰したくなかったんだ。キスで止まっただけでも褒められて然るべきだろう」
なんかちょっと上から目線というか、尊大な物言いにキュンとする。それで褒められると思ってるの、可愛すぎる。
「…待ってください。破壊力がすごい…」
「なんのだ?」
「あなたが可愛すぎるんです!!」
「俺は別に可愛くないだろう」
「そうやって不思議そうな顔しちゃってるところが可愛いんです!」
「…で、言って良いか?」
「は…はい…」
「俺は希羽を好きだ」
「…はい、嬉しいです」
「だから、一生、側で生きさせて欲しい」
「い、一生!?」
「嫌か?」
「嫌じゃない!嫌じゃないです!」
狼狽する私を、彼はまたも事も無げな表情で見つめている。いや、少し、不満げかな?
「希羽が俺を幸せにすると言ってたろう」
「言いましたけど」
「俺の幸せがお前の幸せなんだろう」
「それも言いましたけど」
「俺はお前の側で生きていられたら幸せだと思う」
「ちょっと、もう一回待ってください。ちょっと動悸やばいです」
胸を押さえながら、上半身を起こす。そういえばひと月ほど前、クジュラさんに私の気持ちを伝えた時もこんなシチュエーションだったなと懐かしくなる。
小さく深呼吸して息を整える。
「クジュラさん」
「ん…?」
律儀に待ってくれていたクジュラさんが、小首を傾げた。そんな仕草も可愛らしい。なんだか小動物の様で…。
「クジュラさん、改めて…私もあなたを好きです。だから、その、お付き合いを…お願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
私、今めちゃくちゃ頬緩んでると思う。対して彼は少しも表情を変えない。
そこからしばらく見つめ合う。
なんだか、前からクジュラさんとはよく目が合うな。私がいつもじっとりと見つめているからかな。
…あれ?これなんかまたキスの流れじゃない?いや、流石に私、今風邪っ引きなんだから駄目だ。そもそもこんなに一緒にいたらうつしちゃう。
「あの、そういえば風邪うつるかもしれないんで…そろそろ…」
「ああ、すまない、長居をしてしまったな。また様子を見に来る」
また!様子を!!
…今度は深く眠っている可能性もあるし、と言うことで鍵を渡す。
寝顔を見られるのは色々恥ずかしいが、来訪に気付けないよりマシだ。