4章 エバーネバーエンバーエデン

記憶の中での彼とは、多く言葉を交わした仲というわけではなく、ただ少し会話をしただけだったはずだ。
ただ、どのような人物なのか、具体的にどういった会話したのかは思い出せない。ただひとつ、記憶の中で“敵ではなかった”という記憶のみが存在している。

彼から感じ取れるのは、エルフやドラゴンとは違った異質なオーラ。
尖った耳先が特徴的な異種族の証。琥珀のような深みのある黄金色の瞳。
そこに確かにいるはずなのに、存在していないような不思議な存在感。

先ほど感じていた人の気配はこの人のものかと思い、再度魔力の反応を探ろうとするが、目の前の彼からは微細な反応しか感じ取れない。しかも、ここまで距離を詰めなければ探知できないほどのものだった。

「すみません。たまに酷い頭痛が起きる事があって…。タイミングが悪くて申し訳ないです。」

この目の前の人物が、過去の自分と深い関わりがあったことはこれまでの経験からわかりきっている。けれど、具体的に何があったのかを思い出すには時間が足りていない。

「構わないよ。こちらこそ返事もせずに失礼したね。頭痛はもう落ち着いたかな?」

「はい。もう大丈夫です。」

彼は数秒考え事をしたのちに、改まった様子でほんのりと笑み作り直してこちらを向いた。
妙な間が空いてしまったが、先ほどの何者なのか?という問いの返事を待つ。

「私の名はキュシスタ。スィノル国王にとある魔法の式について話に来たのだけれど、見ての通りの状況でね。どうしたものかと今こうして悩んでいたところだよ。」

「貴方もスィノル国王のお知り合いなんですね。」

「君のことは国王を含み、他の人たちからも聞いているよ。現国王のゼファオと、ちしからもね。」

研究に関わった者であれば、ゼファオとスィノルの名前が出てくるのはごく当たり前と言える。でも、彼の口からは研究員としてのユリアの名前ではなく、ちしの名前が出てきた事に引っかかる。
彼も自分の記憶がどこまで戻っているのか探りを入れてきているのか。
でも、今はそこを聞くべきではない。気になる衝動を抑えて、現状の把握を優先すべきだ。

「スィノルは、現在どのような状況下に置かれているかご存じでしょうか?」

「それについては、実際に見た方が早いんじゃないかな。」

そう告げて玉座の後ろにある隠し扉を開けて、研究室らしき部屋の中へと入っていく。
彼の後ろについていき、室内に入るとそこにはベッドの上で眠りについたスィノルがいた。
ただ“そこにいた“というのが正確な表現かどうかわからない。彼の体からは、生きているかどうかもわからず、そこから滲み出ている微かな魔力反応しか感じとれない。

人として当たり前に持ち得る“人の気配”というものが一切感じられなかった。

そこにいるのにいないような、曖昧な存在というのが適切な表現か。

ピシピシと鳴り響く氷の音と同じタイミングで、スィノルの体から魔力が溢れ出ては幻影のように消えていく。その繰り返し。

「これは、生きていると言って良いのでしょうか。」

「この辺り、術式を見ればわかるかもしれないよ。」

術式が見える事がさも当たり前であるかのように彼は言う。まるで全て知っているかのようだと、それを指摘するのは後にすべきか。
指し示された先、スィノルの肉体を包んでいるであろう術式に意識を集中した。

「私からすると、これを生きているとするかどうかは、判断に悩む状態かな。」

彼自身にどんな魔法がかかっているのか見ると、魔力核…いわゆる魂と呼ばれている体の中心。丁度胸のあたりにぼんやりと掠れた術式の鎖が複雑に絡んでいた。

「本来であれば、全身に巡っているはずの魔力が心臓のあたりで止まって脈動している。でも…。」

魔力反応は平坦でゆらぎはない。ただ脈動しているだけだ。
呼吸して動いていれば、魔力に揺らぎが発生して空気に流れるように動くのが通常の人間の魔力反応だ。
ただスィノルは植物状態になっている状態だ。そんな彼を生きているか?というべきかは、正直判断に悩む。
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