4章 エバーネバーエンバーエデン
2周目の自分のことは、よく覚えていなかった。
真っ黒なヘドロの海に溺れ、ずっと息が出来ずにもがいていた。気が付けば息絶えて意識もなくなり、苦しみから解放されてそのまま闇に溶け込んでいく、そんな悪夢のような中に揺蕩っていた感覚だけが残っている。
そんな自分を、暗闇の中から何とか救おうと差し伸べては悲しそうな表情でこちらを見ていた誰かの存在だけが、ほんのりと温かかった。
そこから抜け出して、次へ進むように道を作ってくれたのも、彼女たちだ。
でも、自分という存在を顕現させるために消費された代償は、あまりにも重たすぎる。
失った事を受け入れられずにいた自分の弱さに負け、自分というちっぽけな人間の為に引き延ばされてしまった今の世界。
元に戻すことは決してできない事象を、どんな手を使ってでも取り戻そうとした自分の我儘。自分たちの、このエターナルに住んでいる、これまで関わってきた人たち全員の責任だ。
自分もその一部であり、責任を取らなくてはならない。
「どうしてこうなってしまったのか、自分の弱さと傲慢さを思い出した。その上で、俺達はその責任を果たさなければならない。他責するのは簡単で、逃げるのは楽だけれど、また失った後で後悔するなら出来る限り応えたい。今はもう、そう決めたんだ。」
「正直に言うとね、私も今回でダメならもう全部諦めようって思っていたの。でも、それを許せない自分もいて、4回目のシオンを見てずっと、ずっとやり場のない感情が巡ってた。
言葉では表現できないほどの重荷を課してしまったと、罪悪感を覚えていた半面でずっと苛立ってた。私も随分我儘でしょう?」
「それも全部、俺と関連してきた人たちを守る為だったんだって、今ならわかるよ。」
「願いを持つ者同士で言葉を交わして、しっかりと見つめなおせばこうはならなかった。でもあの時の私たちは、自分のことばかりでいっぱいになっていたから、そこまで頭が回らなかったのよね。それが、皮肉にも4回目にしてようやく叶って、お互いに歩みだそうとしている。…この先、12神による修正でどうなるかは誰にもわからないけれど。」
12神が最も解消したい現象は、諸悪の根源・フェオの消滅だ。
ただ、自分たちで動いて下すことが出来ない現状で、エターナルという世界にいる誰かに指示をして行動してもらわなければならない。
「そういえば、稚紫の最初の願いって何だったんだ?」
「ああ、まだ話してなかったわね。健康な肉体を貰う、それだけ。私の魔力炉は元々形が歪で常に魔力が漏れ出ていた、そのせいで病気がちでいつも日陰で遠くを見ている事しか出来なかったから。外の世界に憧れていたの。」
「魔力炉の歪みが原因でそうなる事もあるのか。でも、ユリアが体を渡したら彼女自身死んでしまうじゃないか。俺が知る彼女は、死にたがりでも善意だけでそこまで行動する人間じゃなかった。」
「それについては、異次元の占い師と名乗る人物の力で、ユリアは自分が死ぬ運命だと知っていたから、私に体を提供する形で契約を結んでくれたの。その代わり、シオンのことを守ってあげて欲しいって言われて。一番最初は、きっと違う約束だったと思うけれど。」
「そうか、今の君は3回目の体だから、それ以前の記憶はないのか。」
「ええ。体を貰う前は魔法の国にいて、もっと早い段階でユリアと知り合っていた。その後すぐにその異次元の占い師と会って、依り代を求めて契約を結んだの。でも、ずっと罪悪感でつぶされそうだった。だって、シオンから見たら私は悪者なんだもの。悪役を演じなくてはならない自分が嫌になることくらいあったわよ。…なんていうと狡いわね、ごめんなさい。」
だからといって、記憶を封じた手前でキーとなりうる情報は開示できない。そう振舞うのが彼女としては最善だったのかもしれない。
過去では敵だったという記憶がもし万が一残っていたとしたら、敵同士である事を匂わせておいた方が記憶違いで混乱する可能性も低くなる。
「いいや。そうしてくれたおかげできっと今の自分になれているんだ。感謝しかないよ。」
「…っ。ありがとう。」
彼女はそう言って、にっこりとほほ笑んで見せた。その両目にはうっすらと涙を浮かべながら。
「皆が作ってくれたこの場を活かす為には、侵食されずにフェオに会い、対話が出来る状況を何とか作らないと、か…。」
「それについてなんだけど、ユリンの記憶共有が役に立つと思うの。」
「そうか、彼女なら過去の記憶を持っているから、対策方法がわかるかもしれない。」
「私には共有されていない記憶の奥底に、シオンにだけ伝えたい記憶があるかもしれないから。」
「彼女は今どこにいるんだ?」
「このレヒューズからのみ通れる、湖のゲートから彼女に会いに行けるの。案内するわね。」
初めてだけれど、初めてではない。1周目のユリンしか知らない自分が今の彼女に会って、平静を保って居られるか少し不安ではあった。
夢の中で見た彼女の姿は、同世代の自分たちと比べても幼い容姿で、痛々しいほど細く、色白で病的な見た目をしていた。
彼女に何を言われるのか、どんな言葉をかければよいのか、不安がないわけではなかった。
それでも、彼女に。ユリンと会って話さなければならない。
真っ黒なヘドロの海に溺れ、ずっと息が出来ずにもがいていた。気が付けば息絶えて意識もなくなり、苦しみから解放されてそのまま闇に溶け込んでいく、そんな悪夢のような中に揺蕩っていた感覚だけが残っている。
そんな自分を、暗闇の中から何とか救おうと差し伸べては悲しそうな表情でこちらを見ていた誰かの存在だけが、ほんのりと温かかった。
そこから抜け出して、次へ進むように道を作ってくれたのも、彼女たちだ。
でも、自分という存在を顕現させるために消費された代償は、あまりにも重たすぎる。
失った事を受け入れられずにいた自分の弱さに負け、自分というちっぽけな人間の為に引き延ばされてしまった今の世界。
元に戻すことは決してできない事象を、どんな手を使ってでも取り戻そうとした自分の我儘。自分たちの、このエターナルに住んでいる、これまで関わってきた人たち全員の責任だ。
自分もその一部であり、責任を取らなくてはならない。
「どうしてこうなってしまったのか、自分の弱さと傲慢さを思い出した。その上で、俺達はその責任を果たさなければならない。他責するのは簡単で、逃げるのは楽だけれど、また失った後で後悔するなら出来る限り応えたい。今はもう、そう決めたんだ。」
「正直に言うとね、私も今回でダメならもう全部諦めようって思っていたの。でも、それを許せない自分もいて、4回目のシオンを見てずっと、ずっとやり場のない感情が巡ってた。
言葉では表現できないほどの重荷を課してしまったと、罪悪感を覚えていた半面でずっと苛立ってた。私も随分我儘でしょう?」
「それも全部、俺と関連してきた人たちを守る為だったんだって、今ならわかるよ。」
「願いを持つ者同士で言葉を交わして、しっかりと見つめなおせばこうはならなかった。でもあの時の私たちは、自分のことばかりでいっぱいになっていたから、そこまで頭が回らなかったのよね。それが、皮肉にも4回目にしてようやく叶って、お互いに歩みだそうとしている。…この先、12神による修正でどうなるかは誰にもわからないけれど。」
12神が最も解消したい現象は、諸悪の根源・フェオの消滅だ。
ただ、自分たちで動いて下すことが出来ない現状で、エターナルという世界にいる誰かに指示をして行動してもらわなければならない。
「そういえば、稚紫の最初の願いって何だったんだ?」
「ああ、まだ話してなかったわね。健康な肉体を貰う、それだけ。私の魔力炉は元々形が歪で常に魔力が漏れ出ていた、そのせいで病気がちでいつも日陰で遠くを見ている事しか出来なかったから。外の世界に憧れていたの。」
「魔力炉の歪みが原因でそうなる事もあるのか。でも、ユリアが体を渡したら彼女自身死んでしまうじゃないか。俺が知る彼女は、死にたがりでも善意だけでそこまで行動する人間じゃなかった。」
「それについては、異次元の占い師と名乗る人物の力で、ユリアは自分が死ぬ運命だと知っていたから、私に体を提供する形で契約を結んでくれたの。その代わり、シオンのことを守ってあげて欲しいって言われて。一番最初は、きっと違う約束だったと思うけれど。」
「そうか、今の君は3回目の体だから、それ以前の記憶はないのか。」
「ええ。体を貰う前は魔法の国にいて、もっと早い段階でユリアと知り合っていた。その後すぐにその異次元の占い師と会って、依り代を求めて契約を結んだの。でも、ずっと罪悪感でつぶされそうだった。だって、シオンから見たら私は悪者なんだもの。悪役を演じなくてはならない自分が嫌になることくらいあったわよ。…なんていうと狡いわね、ごめんなさい。」
だからといって、記憶を封じた手前でキーとなりうる情報は開示できない。そう振舞うのが彼女としては最善だったのかもしれない。
過去では敵だったという記憶がもし万が一残っていたとしたら、敵同士である事を匂わせておいた方が記憶違いで混乱する可能性も低くなる。
「いいや。そうしてくれたおかげできっと今の自分になれているんだ。感謝しかないよ。」
「…っ。ありがとう。」
彼女はそう言って、にっこりとほほ笑んで見せた。その両目にはうっすらと涙を浮かべながら。
「皆が作ってくれたこの場を活かす為には、侵食されずにフェオに会い、対話が出来る状況を何とか作らないと、か…。」
「それについてなんだけど、ユリンの記憶共有が役に立つと思うの。」
「そうか、彼女なら過去の記憶を持っているから、対策方法がわかるかもしれない。」
「私には共有されていない記憶の奥底に、シオンにだけ伝えたい記憶があるかもしれないから。」
「彼女は今どこにいるんだ?」
「このレヒューズからのみ通れる、湖のゲートから彼女に会いに行けるの。案内するわね。」
初めてだけれど、初めてではない。1周目のユリンしか知らない自分が今の彼女に会って、平静を保って居られるか少し不安ではあった。
夢の中で見た彼女の姿は、同世代の自分たちと比べても幼い容姿で、痛々しいほど細く、色白で病的な見た目をしていた。
彼女に何を言われるのか、どんな言葉をかければよいのか、不安がないわけではなかった。
それでも、彼女に。ユリンと会って話さなければならない。
