今日から始まる島ライフ!
8
「んで思ったんですよ。プロポーズなのに指輪もなしじゃカッコつかねぇって。で、アーケード街まで行ってみたんですけど夜中だから店開いてねぇしで困ってたらサッちゃんから電話きて……」
自室で風呂から上がった春日の髪を拭いてやりながら、桐生は黙って話に耳を傾けていた。こんな夜更けではドライヤーも使えない。春日のボリュームのある髪の毛についた水分をバスタオルに吸わせきるのは、なかなか時間が掛かりそうだった。
「あ、サッちゃんも元気でやってるみたいでしたよ。式の準備で大忙しみてぇで」
この話がどうやって海に入った理由に繋がるのか。早く本題に入れ、と言いたくなるのを堪えて続きを待つ。
「良いすよねぇ、結婚式。早めにスーツ買っとかないとな。一応、喪服はあるんですけど……」
「じゃあ、それで良いだろ。喪服も礼服の内だ。ネクタイとシャツに気をつけりゃどっちでも使える。知らなかったか?」
「そうなんすね。でも、せっかくのサッちゃんの晴れ舞台だ。新しいスーツでビシッと決めてぇな。桐生さんも新調します?なんなら一緒に……」
「春日」
話を遮ると、春日が「どうしました?」と見上げてくる。
――ああ、やっぱりだ。
僅かに下がった眉尻を見て桐生は確信した。春日はわざと話を横道に逸らしている。肌寒い秋の夜に海に入った事を叱られると思っているのだろうか。
桐生は、ふっと笑って水分を吸ったバスタオルを春日の頭から離した。
「なんで海に入ったんだ?」
これは助け舟だ。こちらから聞いてやれば春日も切り出しやすくなる。怒らないから言ってみろ、と付け加えると、ようやく待ち侘びた回答を聞く事ができた。
「……こいつを探してたんです」
部屋に入ってからずっと握りしめられていた春日の右手が開かれる。眼前に差し出された手の平の中央には、小さな白い粒が一つきり乗っていた。少し歪んだ雫の形をした艶のあるそれに桐生が視線を落とすと、照れ臭そうに春日は笑った。
「真珠です。こんな小せぇやつしか見つけられなかったけど……指輪の代わりって事で受け取ってください」
「指輪って。お前、そんなこと気にしてたのか」
「そんなことじゃないですよ。少なくとも俺にとっちゃ。そりゃ、最初はプロポーズってつもりじゃなかったし、カッコつかねぇ形にもなっちまったけど……」
それでも、と一拍おいて春日は続けた。
「桐生さんとドンドコ島で一生添い遂げるって決めたんだ。だから、俺の本気を知ってほしいと思ったんです。もちろん、カッコつけてぇってのが半分ですけど、何にでもいつだって
いびつな真珠を摘みあげ、春日は桐生の手を取った。
「俺の想い、受け取ってください」
電灯の光を吸い込んだ瞳が綺麗だ。真っ直ぐに射抜いてくる春日から目が離せない。
中途半端に開いた手の中に真珠が乗せられる。そっと握り込むと、春日は「よっしゃあ!」とガッツポーズで喜びを表した。
「あー、緊張した!」
畳の上に身体を投げ出して寝転び、気が抜けたように脱力する姿に笑いが込み上げる。忙しい奴だな、と口元を緩ませていると、天井を見つめていた春日がぽつりと呟いた。
「好きですよ、桐生さん」
いつにない真面目な面持ちで、けれど視線は天井に定めたまま春日は言う。
「愛してます。本当に、どうしようもないくらい好きだ」
桐生は春日ほど感情表現に長けていない。ストレートな物言いをすると言われる事は多々あるが、気持ちを伝えるとなるとまた毛色が違ってくる。
なんと返すべきかわからずに沈黙を保った。春日はそんな桐生をさほど気にも留めずに言葉を重ねる。
「……サッちゃんに言われたんッすよ。全然成長してねぇって。指輪にこだわる前に桐生さんをちゃんと見てやれって……。そう言われてもやっぱり突っ走って、こんな時間まで海潜って心配かけちまった。悪いとは思ってます。反省もしてる。真珠探してる途中で帰ろうかって何度も考えた。でも、俺の本気は言葉だけじゃとても伝えきれねぇ」
春日の身体が動く。こちらを向いた姿勢で横になった彼は「これで少しは伝わりました?」と目を細めて微笑んだ。
その頬に指先を伸ばし、触れる。言葉よりも行動で示さなければ、と桐生は思った。春日の大き過ぎる愛情には言葉だけでは釣り合わない。今なら海に飛び込んだ春日の気持ちが理解できる。きっと、胸を占める想いに突き動かされたのだ。惜しげなく愛を紡ぐ唇を塞ぎたい衝動に駆られた、桐生のように。
「……春日」
触れるだけの口づけを終えて春日を見下ろす。
「き、桐生さん!」
狼狽えながらも伸ばされた腕に引き寄せられる。春日の上に倒れ込んだ桐生に厚い胸板が押しつけられた。
「もう、マジで勘弁してくださいよぉ。……抑え効かなくなっちまう」
「初夜までお預けか?」
「そういう事です」
見つめ合い、二人して笑う。
夜の静寂を壊さぬようにと、また唇が重なり合った。