今日から始まる島ライフ!







二時を過ぎた。
自室に入ってから長いこと時計を睨んでいた桐生はとうとう痺れを切らして立ち上がった。そのうち帰ってくるだろうと思っていたが、さすがに遅すぎる。何度も電話を掛けても繋がらないのもあって、じっと座って待つのも限界だった。
「何やってんだ、アイツ……」
帰ってこない春日への不満をこぼしながら薄手のカーディガンを羽織る。夏場以外の夜間の外出は必ず上着を。できれば夜に出かけるのは控えて欲しいです、心配ですんで。と季節が巡ってくる度に言う癖に、本人はこの無頓着さだ。自分の事はそれほど心配されないとでも思っているのだろうか。だとしたら大きな間違いだ。そう心の中で呟いてサンダルを履く。
懐中電灯を手に外へ出ると、さっそく夜風が頬を撫でに寄ってきた。それから逃げるようにして歩みを進めると、庭の端で微かな金属音がした。
「起こしちまったか……」
音の方へ顔を向ける。そちらへ歩いて行くと「ワン!」と元気な鳴き声が耳に届いた。
「マメ、静かにな。少しだけ出てくる」
言葉が通じたかは定かでないが、マメは鳴くのを止めて体を伏せた。前足に顔を乗せ、向かう方角に鼻先を向けるマメに見送られてアサガオの敷地外へ出る。まずは公道に沿って歩いてみようかと思い、暗い夜道の先を懐中電灯の灯りで照らした。サンダルに踏みしめられる砂利と波の音を聞きながら歩いて行く。
「……ん?」
いくらも進まない内に桐生は足を止めた。暗闇の向こう側から、何かがやってくる。湿った音が近づいてきている。幽霊の類は信じない桐生だが、過去にそういう物に遭遇した経験もあって思わず身構えた。すぐ側の海では毎年、水難事故が起きている。つい三ヶ月前にも誰かが溺れて亡くなったと人づてに聞いた。
正体不明の『何か』を探る為に、桐生は懐中電灯の灯りを最大出力に切り替えた。緊張の面持ちで眩い光を武器に待ち構える。やがて暗闇から、のそりと現れたのは――。
「春日!」
その姿を捉えた瞬間、声を出していた。
「あっ……桐生さん」
「お前、こんな時間までどこに居たんだ。電話もでねぇし、心配かけやがって……!」
桐生が詰め寄って言うと、春日は気まずそうに視線を逸らした。首裏を掻きながら言葉を探しているらしい春日の頭から爪先までは、水にでも浸かったようにぐっしょりと濡れていた。けれど雨に降られていないのは明白だ。足元の乾いた地面がその証明だった。
「えっと……ちょっとした野暮用で……。すみません、もう寝てると思ってぇ……」
適当な言い訳が見つからなかったのか、しどろもどろで話す春日に桐生は呆れて溜息を吐いた。
「とにかく帰るぞ。いくら沖縄でも夜にそんな格好してたら風邪引いちまう。まさか海にでも入ったのか?」
アサガオへと引き返しながら冗談めかしてそう口にする。十月の夜に海に飛び込むバカはいない。そもそも春日にそんな事をする理由もないだろう。だが、海に入る以外で濡れ鼠になる状況も思いつかなかった。
「あの、桐生さん……」
「なんだ?」
「ちゃんと話すんで、怒らないで聞いてくれます?」
――本当に海に入ったのか。
桐生は再び、呆れ果てた。




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