今日から始まる島ライフ!
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珍しい相手からの着信に動揺しながらも応答すると「やっほー一番!元気してる?」と朗らかな声が聞こえてきた。まるで半年以上もの空白など存在していなかったように、向田紗栄子は春日を置いて話し始めた。
「ナンちゃんから聞いたわよ。桐生さんと島暮らしするんですって?なぁんで私に言わなかったわけ?水臭いじゃない!」
春日は戸惑いつつも「わ、悪かったよ。サッちゃん」と姿の見えない紗栄子に向かって何度も頭を下げた。こんなやり取りも久しぶりだと目を細めて彼女の声に耳を傾けていると、記憶の底に埋まっていた紗栄子との思い出が次々と浮かび上がってくる。一年にも満たない短い交際期間だったが、どこを切り取っても楽しい思い出ばかりで満ちていた。
「タイミング見て言うつもりはしてたんだ。でもサッちゃんも忙しいかと思ってよ」
「忙しいのは確かね。もう決める事が多すぎて頭がパンクしそうよ」
「結婚式の準備って大変なんだなぁ」
「そーよ。指輪とウェディングドレス決めるだけじゃないんだから」
そこで春日は「あっ!」と声をあげた。
「そうだよ!指輪!」
「ちょっ、と……一番、声大きすぎ!指輪がどうしたのよ?」
「実はさ……」
帰り道をゆっくりとしたペースで歩きながら春日は事情を話した。桐生への変則的なプロポーズから盛大な宴席について。指輪を探している理由に差し掛かる頃には、アサガオへと続く砂利道の上を歩いていた。
「ねぇ、一番」
春日の話に楽しげに相槌を打っていた紗栄子が、不意に声のトーンを変えた。
「ちょっと思ったんだけど、桐生さんは指輪が欲しいって言ってるの?」
「……えっ」
手ぶらで帰る後ろめたさから牛歩になっていた足を思わず止める。
「それは……言ってねぇ、けど」
「やっぱり!もー、成長しないんだから!突っ走る前にちゃんと相手を見なさいよね。私の時もそうだったでしょ」
「うぅ、その話は耳がいてぇよ。サッちゃん……」
自らの過去の過ちを思い返す。紗栄子に告白した時、彼女が本当に欲しい言葉を言ってやれなかった。あれから春日は様々な事を学んだ。そのつもりだった。しかし紗栄子に言わせれば、恋愛面はてんで成長していないらしい。
春日はがっくりと項垂れて送話口から流れる紗栄子の声に耳を傾けた。
「一番はさ、なんでも真剣に取り組むじゃない?そこは良いところだと思う。だから周りが見えなくなっちゃうってのもわかってる。けど恋愛は一人だけでするものじゃないし、相手をちゃんと見てあげないと」
紗栄子の言い分はまったくもって正論だ。聞いていると霧が晴れたように頭の中がすっきりとしてくる。
「……サッちゃん、ありがとうな。俺、舞い上がっちまってたみたいだ。少し冷静になれたぜ」
「まぁ、気持ちはわかるけど。せっかくのプロポーズだもん、せめて花束くらいは欲しいわよねぇ」
「そうなんだよなぁ。言葉だけじゃカッコつかねぇって言うか……」
ふと、春日に閃きが走った。止めていた足を動かし、急ぎ足でアサガオの目の前に広がる海へ向かう。
「一番?ねぇ、どうしたのよ?」
紗栄子が応答しなくなった春日に呼びかける。けれど春日はそれどころではなかった。とても良い解決策を思いついたのだ。一か八かの賭けではあるが、起死回生の大逆転を狙うにはもうこれしかない。
「サッちゃん!おかげでどうにかなりそうだぜ!」
「え?何よそれ、ちょっと、一番!?」
浜辺の砂を踏んだ春日は早々に紗栄子との通話を終わらせると、下着以外の衣服を手早く脱ぎ去った。その上にスマートフォンを置き、簡単な準備体操をして海に駆け出す。十月の夜風に身体を震わせながら暗い水中に消えゆく春日には、紗栄子が鳴らす着信メロディの音は届かなかった。