今日から始まる島ライフ!
3
「それで結局、気づいたことってのは何だったんだ?」
遥と遥勇が買い物に行っている間、春日と桐生は居間に卓袱台を運び込み、座布団を並べる作業に取り組んでいた。プロポーズ騒ぎの後、今はそれぞれの住まいで暮らしているアサガオの子供達に遥が呼びかけた結果、全員が急遽集まる事になったのだ。その為に二人して夜の祝いの席の準備を進めているところだった。
「ああ、そういや言ってなかったっすね。すんません、俺も気が動転しちまって」
「しょうがねぇ。なんせプロポーズの後だしなぁ?」
「からかわないでくださいよぉ、桐生さん」
眉尻を下げた春日を笑って桐生は台所へと向かった。その後を追いながら春日は口を開いた。
「そうそう。さっきの続きですけど、時間の流れが違うんすよねドンドコ島って」
「……どういう意味だ?」
「いや、もう本当にそのまんまの意味で。あの島だけの時間が流れてるっていうか……」
そんな事があり得るのだろうか。確かにドンドコ島は不思議な島だ。見たことのない虫や魚が生息しているし、喋る恐竜と雪男もいた。けれど、時間の進み方が違うだなんて。オカルトじみた話をでっち上げてからかった仕返しをしているのだろうか。そう思いながら冷蔵庫から麦茶ポットを取り出し、振り返ったついでに春日を見る。
「どうかしました?桐生さん」
「……なんでもねえ。お前も飲むか?」
「いただきます!にしても、本当に参っちまいますね。プロポーズだなんて。遥さんの手前、認めちゃいましたけど……」
「それにしちゃあ顔が赤かったじゃねぇか」
あれは!と春日が慌てる。桐生から渡された麦茶入りのグラスの水面に波が起きた。
「ちょっと緊張してただけですって。気合い入って力んじまってたんです。桐生さんに俺から頼み事すんの勇気いるんで」
「頼み事なぁ」
でも、やっぱりあの言葉は遥が言った通りプロポーズに近しいものがある。桐生が思い出し笑いをすると、春日は拗ねたように唇をとがらせた。
「俺はただ、ドンドコ島が桐生さんにとって良い環境なんじゃないかって思って言ってみただけなのに……」
「良い環境?そりゃ自然あるしも空気も良いが、沖縄だって同じようなもんだろ」
言いながらグラスを手に居間へ戻る。春日は桐生の隣に座ると麦茶を一口飲んで話し始めた。
「さっきも言った通りドンドコ島は時間がこっちと違うんですよ。島で一週間過ごして戻ってくると二日しか経ってねぇなんて事が何回もあったんです」
嘘だろ、と思わず桐生は呟いていた。それが本当なら正真正銘のオカルトだ。慣れてしまっているのか春日は何でもないような口ぶりで言うが、世界各国の科学者がひっくり返りそうなレベルのとんでもない事を口にしている。
「だから島に住んだら普通に過ごすより桐生さんともっと長く一緒に居られるんじゃねぇかと思ったんです。俺も横浜から完全に離れるわけにはいかないんで、あっちと行ったり来たりにはなっちまいますけど……まぁ、遥さん達のこともあるし無理にとは言わないんで、気長に考えてもらえたらなーって」
頭を掻きながら照れくさそうに春日は笑った。その屈託のない笑顔を見ていると島の異常さも些細な話に思えてくる。世の中には分身ができる人間だっているのだ。時間の流れが違う島もあるだろう。そう結論づけて深くは考えないようにした。
「そうだな……すぐには答えが出せそうにないが考えておく。だが、遥達はどうする?すっかり俺とお前を送り出す気でいるぞ」
「そこは素直に謝りましょう。元はと言えば俺の所為だ。ちゃんと始末はつけますよ」
そんな会話をしていると玄関の方から「ただいま」と声が聞こえてきた。遥と遥勇を迎えに桐生が立ち上がると、春日もテーブルにグラスを置いて席を立った。
「遥さん許してくれっかなぁ」
「べつにプロポーズのままでも良いぜ。答えは待ってくれるんだろ?」
「き、桐生さん……!」
まるで熟れたトマトのように赤くなった春日の顔を笑って、桐生は玄関へと足を向けた。