今日から始まる島ライフ!







時が止まった。ように桐生は感じた。
春日は頭を下げたまま小刻みに震えて動かない。桐生もどこが旋毛だかわからないモジャモジャ頭を見つめて固まっていた。
しん、と静まり返った室内に足音が近づいてくる。廊下の板張りをスリッパで駆ける音だ、と桐生は春日に視線を落としたまま、そう思った。
「おじさん?何かあったの?」
音の主は遥だった。居間から離れた洗面所まで届くほどの大音量だ。きっと外にも漏れているのだろう。桐生は苦い顔をしながら不安気に居間を覗き込む遥に向き直った。
「なんでもない、気にするな。洗濯の邪魔して悪かったな」
「プロポーズみたいな言葉が聞こえたけど……」
飛ぶ鳥も空から落ちそうなほどの大声を響かせた後では、気のせいを貫き通すには無理がある。かといって咄嗟に誤魔化す言葉も浮かばない。運良く浮かんだとしても手遅れかもしれなかった。遥には恋愛感知センサーが搭載されている。桐生がいくら隠しても彼女の高性能なセンサーは必ず恋愛の臭いを嗅ぎつけた。春日との関係を数度の来訪だけで言い当てた実績を持つ遥だ。聞かれた時点で逃げ道はないも同然だった。
「ようやく春日さんと結婚する気になったんだ」
「結婚っ……遥、春日は島で一緒に暮らさないかと言っただけで」
「それってどう考えてもプロポーズじゃない。ね、春日さん?」
畳に額を擦り付けていた春日が、そろりと顔を上げた。
「あ、はい……えっと…そう、ですね……」
「ほら、やっぱりプロポーズ!」
遥が目を輝かせて無邪気な子供のように飛び跳ねた。騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にかやって来ていた遥勇が、少女の頃に逆行した母親を目を丸くして見つめていた。
「お母さん、どうしたの?」
「嬉しい事があったのよ!今日はお祝いしなくっちゃ!遥勇も手伝い頼むからね」
うん、と遙の勢いに気圧された遥勇が頷く。その視線が桐生と春日に移る。
『一体なにがあったの、おじいちゃん』
目は口ほどに物を言う。そんな諺が桐生の頭に浮かびあがった。





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