今日から始まる島ライフ!
空港にて
「おっ、と。桐生さん、ちょっと電話出てきます」
フライト時間を待つ間、空港の免税店で暇を潰しているとポケットの中でスマートフォンが震えた。振動の種類で電話だと判断した春日は、手に持っていた土産物を売り場に戻し、店外へと足を向ける。
「誰だっと、って……サッちゃん!?」
歩きながら着信相手を確認すると、画面には紗栄子からの通話だと示されていた。その名前を目にした瞬間、喜色満面だった春日の顔は見る間に青褪めた。真珠を取りに海に入った後、紗栄子から何回も着信があったと知ったが、かけ直すにはあまりにも時間が遅い為に翌日にしようと思ったのだった。それを、今の今まで忘れていた。
おそるおそると着信ボタンを押す。
「あー!一番!ようやく繋がった!アンタ、私がどれだけ心配したと思ってんのよ!何かあったかと思ったじゃない!!」
予想通り、紗栄子の声が春日の鼓膜を盛大に揺らした。
「ご、ごめんって!あの後さぁ、色々あったんだって!」
「それにしたって連絡くらい入れられるでしょ!?」
「いや、ほんと、すんませんでした……」
「桐生さんも出てくれないし!本当に心配したんだから!」
ひとしきり言い終わったらしい紗栄子の言葉が途切れる。ややあってから、はぁと呆れたような溜息混じりの声が耳に届いた。
「まあ、とにかく無事で良かったわ」
「おう!無事だし安心してくれよ。……っと、そうだ。俺、サッちゃんにお礼言いたかったんだよな」
「お礼?なんのよ?」
「ほら、俺が指輪の事で悩んでた時に花束くらいは欲しいって言っただろ。あれで良い解決策が見つかったんだ」
へぇ、と紗栄子が相槌を打つ。
「俺、あん時は海にいたんだけどよ、サッちゃんの言葉で指輪じゃなくても気持ちは表せるって気がついたんだ」
「……ちょっと待って一番。なんかすごい嫌な予感がするんだけど」
「おかげで真珠を桐生さんに渡そうって思いつけてさ!本当に――」
感謝してるぜ!と春日は続けたかった。けれど、紗栄子がそれを許してはくれなかった。
「あっんた……ねぇ!!沖縄でも十月よ!?海でずっと真珠探してたわけ!?」
紗栄子の剣幕に春日は思わず肩を竦めた。普段からハキハキと喋る彼女が怒ると凄みがある。直接顔を見なくても、その恐ろしさはダイレクトに春日を震え上がらせた。
「え、あ?ご、ごめんなさい……?」
桐生にも海に入った事を咎められた。けれど紗栄子のはレベルが違う。心底から怒っているのだと電波を通して伝わってくる。どうしてそこまで、と思っていると落ち着きを取り戻した声で紗栄子は言った。
「……一番に何かあったら桐生さんどうすんのよ。プロポーズしたんでしょ?これから二人でやってこうって時に何やってんのよ」
返す言葉もなかった。黙っていると、紗栄子が優しい声音で笑った。
「でも、桐生さんは一番のそういうとこが好きなのかもね。お似合いだわ、アンタたち」
「サッちゃん……」
「心配かけたお詫びにご祝儀は弾んでよね!」
もう怒っていないと知らせるように言い放った紗栄子に、春日は顔色を明るくして口を開く。
「もちろんだぜ!島にも招待すっからな!新婚旅行はうちに来てくれよ!」
「それは遠慮しとくわ。新婚が新婚の邪魔するなんて聞いたことないし。それに行き先は憧れのパリって決めてんのよ。パリってね、ブランドの宝庫なの。前からずっと行ってみたくって……」
そこからはずっと紗栄子の話だった。パリについて延々と語り、満足したらしい彼女は「じゃあね、一番」とあっさりと通話を終わらせた。春日は嵐のような紗栄子に目を瞬かせ、スマートフォンをポケットに戻した。ともあれ機嫌が良くなったのは確かだ、と桐生の下へ向かう。
「お待たせしました。サッちゃんから電話で」
「紗栄子か。なんだって?」
「俺と桐生さんはお似合いだって言ってました」
「そうか」
素っ気ない返事をして桐生は別の商品棚へと移動した。けれど春日はそんな態度にも笑顔を崩さなかった。桐生の照れ隠しはわかりやすい。そう思って、愛しい背中を追いかけた。
(了)
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