今日から始まる島ライフ!







ボストンバッグにスーツケースにバックパック。その三つが桐生の荷物のすべてだ。
早朝のアサガオの玄関先で勇太と遥と遥勇が見守る中、春日と桐生は靴を履き、荷物と共に屋外へと出た。
「お世話になりました。今度、島にご招待しますんで!ご家族で遊びに来てください!」
玄関の敷居を越えるなり、振り返って春日が言った。木々に集っていた鳥達や微睡んでいたマメも飛び起きる大きな声が、静かな朝の空気を散らす。
「春日、うるせぇ」
朝から元気があるのは良い事だ。けれど少々、騒がしすぎる。桐生が肘で春日を小突くと「へへ、すみません」と小さな声で謝罪が返った。
「えー…改めまして、本当にお世話になりました。色々とご不安はあると思いますが、私、春日一番が責任をもって桐生さんを幸せに致しますので……」
仰々しく咳払いをして喋り出したかと思えば、何を言い出すのか。桐生は慌てて「春日!」と口にした。それ以外に饒舌な春日を止める方法をすぐには思いつかなかった。
「二人とも気をつけてね」
くすくすと笑いながら遥が言い、深々と頭を下げた。
「春日さん。おじさんのこと、どうかよろしくお願いします」
「はい!もちろん!絶対に幸せにしますから!」
これは口を挟むだけ無駄だ、と判断して、桐生は勇太と遥勇に向き直った。遥とは明け方、まだ薄暗い時刻に朝食の支度をしながら別れの挨拶をした。もっとも、遙は慣れたもので「今度は春日さんが一緒だし、居場所がわかってるだけ安心だよ」とあまり心配もしていない様子ではあったが。
「勇太、遥勇。遥を頼むな」
言うと、二人から返った「はい」と「うん」がほとんど同時に重なる。それに顔を見合わせた彼らに微笑んで桐生は続けた。
「お前らみたいな立派な男が二人もついてんだ。俺も安心してアサガオここを離れられるぜ」
「ね、夏休みは島に遊びに行ってもいい?僕、ハワイに行ってみたい!」
遥勇が首を傾げて聞く。小学生も高学年になると遊びたい盛りで寂しさを覚えるどころではないらしい。遥勇の姿に逆にこっちが寂しくなってしまいそうだと桐生は思いつつ、愛しい孫の頭を撫でた。
「ああ。夏休みと言わず好きな時にいつでも来い。なぁ、勇太」
「……桐生さん、俺に振るの止めてくださいよぉ」
「しっかり働いて、飽きるくらい海外旅行に連れてってやってくれ」
眉を下げて勇太が笑う。
「頑張ります」
「期待してるぞ」
自分なりのエールを送り春日の方を見る。ちょうど遥との話が終わったところで「それじゃあ、行ってきます!」と敬礼の姿勢をとっていた。
「桐生さんも、もう行けますか?」
バックパックを背負い直しながら聞いてきた春日に頷き、前を向く。遥と目が合うと、彼女は笑顔で「いってらっしゃい」と手を振った。まるで日頃の外出時にそうするような特別感のなさが却って桐生には嬉しかった。
「向こうについたら連絡する」
春日と共に手を振り、待たせていたタクシーへと歩いて行く。
トランク前に待機していた運転手に少ない荷物を渡すと「ご旅行ですか?」とにこやかな笑顔で尋ねられた。
「旅行ってか、引越しっすね」
後部座席に乗り込んだ春日が答える。先に座席に座っていた桐生はシートベルトを装着しながら二人の会話を聞いていた。
「へぇ、どちらに?」
「海外です。ハワイ沖の島に」
「ハワイ!良いですねぇ、そんなところに引っ越せるなんて羨ましいですよ。私の安月給じゃ無理ですがねぇ」
はっはっは、と快活に笑い、運転手はアクセルを踏んだ。桐生と春日は窓の外に目線を向け、再び遥達へ手を振った。車が走り出しアサガオ前から動き出すと、春日がバックミラー越しに運転手へ話しかけた。
「俺、そこでリゾート経営してんです。運転手さんも良かったら遊びに来てくださいよ!俺らで歓迎しますから。ね、桐生さん」
「……ああ、そうだな」
シートの上でひっそりと重ねられた手の平に驚きながら返事をする。春日の横顔に目をやると、赤く染まった頬が視界に映った。
「俺たちの島に是非、遊びに来てくれ」
春日の手に力がこもる。熱が皮膚越しに伝わってくる。その温度の心地良さに桐生は、ふと微笑んで、明日からの島暮らしに思いを馳せた。


(了)





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