一時保管所



冬の日



真夜中の冷えた空気が吐く息を白く染め上げた。冬の突き刺すような冷気が吹きつける度に、寒さと痛みがさらけだされた肌の部分から体温と感覚を奪ってゆく。
コートの下に厚手のトレーナーを着込んでマフラーを巻いてもまだ寒い。年々と冬の厳しさが増してきているのは、きっと気のせいではないだろうと桐生は思う。隣を歩く冴島だって去年までは平気な顔をして過ごしていたのに、今年はくたびれたミリタリーコートの前をしっかりと閉めて、フードを被ったその上からマフラーを巻くという防寒ぶりだ。北海道の豪雪に耐えた男が寒さに震えているのだから、それが何よりもの証明だった。
「なぁ冴島。いい加減、そいつじゃ寒いだろう」
ずいぶんと前に桐生が見繕ってやったミリタリーコートでは、この寒さは乗り越えられないだろう。そう思って冴島に新しい物を買ってはどうかと提案する。返ってくる答えは分かりきっていたけれど。
「俺はこいつが気に入っとるんや。買い替える気なんてあらへん」
「言うと思ったぜ。けど、そいつもそろそろ限界だろ。来週くらいに見に行かないか」
「……いらん」
冴島は頑固者だ。桐生も頑固だと言われがちだけど、多分、冴島の方が上をいっている。さっきだって、夜の営みの最中の良いところでゴムを切らしていることに気がついた冴島は、桐生がそのままで大丈夫だと言ったのに買いに行くの一点張りでまるで聞かなかった。だから仕方なしに桐生もついて来たのだけれど、冷たい夜風のせいで溜まった熱はすっかり散ってしまっていた。コンビニから自宅へと帰っても、その気になれるかどうかは怪しいところだ。でも冴島の帰りを熱を持て余しながら一人待っていたとしても結果は同じだろう。淡泊とは違うけれど、熱しやすく冷めやすい。あまり自覚はないが桐生はそういう性質らしかった。
「しっかし、ほんまに寒いなぁ」
話の矛先を変える為にか冴島がわざとらしく大きな声で言った。その声に呼び寄せられるように、一層、鋭さのある寒風が吹きすさぶ。二人の間を駆け抜けていった後に冷気の残滓ざんしがこれでもかと撒き散らされた。
「今の風すごかったな」
コートのポケットに入れていても冷えるばかりの両手を吐息で温める。温もるそばから、また奪われる。そんな事を何回も繰り返していると。
「桐生、手ぇ貸しや」
冴島側の右手をとられてミリタリーコートのポケットに引き込まれた。かじかんだ手を冴島の指先が労わるように優しくさする。
「手袋くらいしてきぃや。えらい冷とうなっとるやないか」
「つけたり外したり面倒くさいから嫌いなんだ」
「そんなくらいで面倒くさがるな」
どう言われようと手袋は苦手だ。冴島がうるさいから買っただけのそれは、ほとんどを引き出しの中で過ごしている。
「俺には冴島がいるから手袋なんて必要ないんだ。これで十分、温かいからな」
「片手しか温まらんやないか」
「それでもいいんだ」
人目を気にしてか外では距離を取りがちな冴島がポケットの中だけではこっそりと手を繋いでくれる。それも桐生が手袋をしない理由の一つだった。言えば冴島は途端に恥ずかしがってしまうから、黙っておく。年甲斐もなく、とは桐生も思うが好きなのだからしょうがない。愛とは時に人を愚かにする。四十年以上を生きてきた人間さえ、いとも簡単に。
「冴島、コンビニでおでん買おうぜ」
「……ええけど目的忘れてへんよな」
「ああ、覚えてる。けど腹減っちまった」
「色気のないやっちゃなぁ」
桐生の発言を咎めるつもりだったのだろうか。冴島に包まれている右手が、ぎゅう、と強く握りしめられた。
雨と雪が混ざるように。熱と熱の境が判らなくなってしまうように。
「冴島の手、あったかいな」
伝わる温度とこのまま一つになってしまいたい、と願って笑った。



(了)
6/8ページ
    スキ