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夕食後、リビングのソファで寛いでいた桐生に、ふと影が覆い被さった。テレビから視線を離し、顔を上げる。食器を洗い終わったのだろう真島がすぐ間近に立っていて、無言で桐生を見下ろしていた。
「兄さん?どうした……っ!」
言い終わらない内に真島の両手がソファに桐生を縫いつけた。三人掛けの広々とした場所も大の男が二人も横になれば窮屈だ。おまけに片側にある背もたれが邪魔をして桐生から逃げ場を奪う。真島のが完全に乗り上がった時には、桐生の身体はすっかりソファに沈んでいた。
「っ、兄さん、いきなりなんだ!」
「桐生ちゃん。エッチしよ」
「……はぁ?」
なんだその色気のない誘い方は。
桐生は思わず眉根を寄せて真島の顔を凝視した。夕食時に酒を飲んではいたが、それで酔っ払う真島でもない。けれど今の発言は普段の真島らしくなかった。いつも雰囲気作りを欠かさない彼のストレートすぎる言葉に桐生は困惑するばかりだ。
「アンタらしくもねぇ。一体どうした?」
「エッチしたら健康になるんやて。昼のテレビでやっとった」
またそんな見え透いた嘘を。そう思ったのが顔に出ていたらしい。嘘やない、と真島が真剣な目で言う。
「敬老の日特集で見たんや。長生きの秘訣はエッチやて!」
「……ほぅ?」
「俺も今年で六十やんか。桐生ちゃんも五十六や。お互い健康に気ぃ使わないかん歳や」
「それで?」
続きを促す。真島は桐生の太ももを撫でながら言葉を繋げた。
「やからエッチしよ思ったんやけど……あかん?」
手をズボンの金具に移動させた真島が、首を傾げて見つめてくる。ここまでしておいて言う台詞ではないだろうと桐生は若干の苛立ちを覚えた。その怒りと呼ぶには足りない感情をぶつけるように真島の唇を塞ぐ。重ねるだけのキスを終えて唇を離すと、真島はにやりと笑って言った。
「敬老の日ってええもんやな、桐生ちゃん」
「なにが敬老の日だ。いつもと何にも変わらねぇ」
「ほんなら俺らは、ずっと健康でおれるなぁ」
真島の話が本当ならば、そうかもしれないと桐生は思った。六十になった真島がいつまでも若々しく見えるのも納得がいく。
「どうした?桐生ちゃん」
「……いいや、兄さんの話は意外と本当かもしれねぇって思っただけだ」
真島の首に腕を回して引き寄せる。ロマンスグレーにはほど遠い黒髪が頬をくすぐる感触に、桐生は甘く微笑んだ。


(了)
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